私が生きていた頃
第1話 いつも通りの日常
ピピピ……ピピピ…
セットしておいた目覚まし時計のアラーム音が部屋に響く。
布団の中から腕を伸ばし、それを止める。
カーテンの隙間からは朝日が差し込み、外からはスズメの鳴き声が聞こえる。
いつも通りの朝。
なんの変哲もない、いつもの朝。
「ふあーあ」
穂峰水奈は眠そうにあくびをした。
なぜ朝というのはこんなに眠いのか、昨日の夜は遅くまで本を読んでいたからだろうか。
しかし眠いからといってこのまま布団の中にいるわけにはいかない。
水奈はなんとか布団をまくり上げ、身体を起こした。
身に着けているピンク色のパジャマは年頃の少女らしい。
「さて、着替えなきゃ」
水奈は部屋にあるセーラー服を見た。
水色のセーラー袖、スカートは明るめの青色だ。胸には赤いリボンが付く。
水奈はこの制服が気に入っていた。
最近では主流のブレザータイプではないけれど、これだって十分可愛い。
これを着て歩く姿は、誰もが見る女子高生そのものだろう。
「今日は、英語と数学と……」
水奈は時間割を確認し、通学鞄であるリュックサックに教科書を詰めた。
「朝ごはん、食べなきゃ」
二階の自室から階段を降りれば、味噌汁の匂いが漂った。
洗面所で顔を洗い、身だしなみを整える。
キッチンに入ればダイニング式のテーブルで両親が朝食の支度をしていた。
テーブルにはピンク色でチェック模様のテーブルクロスがかけられている。
「お父さん、お母さんおはよう」
テーブルではワイシャツにネクタイをつけた父親が新聞を読んでいた。
母親は、コンロの前でお椀に味噌汁を注いでいる。
「あら、いつもは少し眠そうなのに、今日ははっきりとしてるのね。なんかいつもと違うわ」
「新しい化粧水開けたの、初めて使うやつだから」
ドラッグストアで買った新作だ。それを初めて使うということで、肌は気持ちよかった。
「身だしなみに気を遣うとか、水奈もいつの間にか大人の女性になってきてるんだな」
「大人の女性って、私いつまでも子供じゃないよ。もう高校生だよ」
父親から見れば、娘はいつまでも小さい頃のままなのだろう。
父は娘の少しずつ大人になっていく姿が寂しくもあり、また嬉しいのだろう。
「水奈、なんか嬉しそうね」
「今日、予約しておいた本の発売日なんだもん。電子書籍では配信されないやつだったから、学校の帰り道にすぐに受け取りに行かなきゃ」
それはお小遣いを貯めた千八百円もする書籍だった。
水奈は本を読むことが大好きだ。
「じゃあ、お父さんもカンパしちゃおうかな」
「わーい、ありがとう」
父はたまにこうして臨時の小遣いをくれる。
父は自分の財布を開き、水奈に千円札を渡した。
「まったく、あなたったら娘には甘いんですから」
母親はそんな様子を見て笑っていた。
「今度また皆で温泉にでも行くか。水奈も勉強ばかりで疲れているだろう」
「いいわね。たまの休みにみんなで旅行、いいかも」
「うん、楽しみ」
一人っ子である水奈は両親に愛されている。
こういったどこにでもある平凡な家庭が、また幸せの象徴だろう。
高校に入学したばかりの頃は新品だった制服も、今ではすっかり着慣れている。
「水奈。はい、お弁当」
朝食の時間が終わると、母親が布に包んだ弁当箱を水奈に渡す。
母親はいつも必ず弁当を作ってくれる。
母と父と娘、三人分の弁当を毎朝早起きして作っているのだ。
母も忙しい仕事ではあるが、それでも家事も手を抜かない。
「ありがとう。いつも悪いね」
もう少し、自分も家のことを手伝わねば、とも思う。
弁当を受け取ると、水奈は通学鞄を持って玄関を出ようとした。
その姿を見送る際に、母親が言った。
「水奈、もう少しお友達を作る努力をしたら」
水奈はあまり友人の多い方ではないので、両親は少しだけ心配もしている。
現に今通っている学校では、水奈は友人の話を両親にしたことがない。いないのだから、話題にもできない。
学校生活のその部分に触れられるのは、少し嫌だった。
「いいよ。私このままで。お父さんとお母さんがいればいいもん」
友人はいなくとも、自分のことを愛してくれる両親がいる。それだけで十分だと。
「あなたにも魅力はあるのに、きっとあなたと仲良くなりたい子だっているんじゃないの?」
「はいはい。頑張ってみますよっと」
水奈は軽く受け流し、玄関のドアを開けた。
「いってきます」
水奈はいつも通りに家を出た
水奈は同じ学校に親しい友人というものがいない。
休日にどこかへ出かけることは少ない、どこか退屈な日常だった。
ドラマや映画のように、何か大きな出来事でもないかと期待はするが、現実の高校生活とはただ学校と家の往復なだけだ。
高校生の為に自由に使えるお金も少ないし、やはり友人がいないということは、ドラマや漫画のような青春を送ることもできない。
「あーあ、早く大人になりたいなあ」
大人になれば、仕事に打ち込んで友人の有無を気にしなくてよくなるかもしれない。
水奈はそういった想いもあって、早く大人になりたかった。
学校では退屈な日常が始まる。
今日も学校に登校すると、水奈は教室の自分の席で本を読んでいた。
周囲には次々と登校してきて教室に入って来る生徒達で賑わっていた。
「おはよー」「昨日のテレビ見たー?」といった声が聞こえる。
水奈はそのクラスメイト達とは誰ともしゃべらず、ただ一人本を読む
同じ学校に仲の良い友人もいない水奈は、授業以外の時間ではただ本を読んでいる。
周囲は女子高生らしくおしゃべりに夢中になっている女子も多いが、水奈はそういったクラスメイトの女子グループとはつるんでいない。
仲の良い友達が欲しい、とは思うものの、自分のような地味な女子高生と友人になりたいと思う者もあまりいないのだろう。
水奈は入学以来、すぐにクラスで孤立した。
友人がいなくても、愛してくれる両親がいるのならまあいいか、とは思った。
朝のホームルーム前のおしゃべりというものもしないのだ。
しばらくして、担任教師が教室に入ってきた。
「ホームルーム始めるぞー」
こうして今日も、一日が始まる。
「今日は大事なものを配る。なくすなよー」
そう言ってあるプリントが配られる。
進路希望調査だった。今後の進路を決める大事なものだ。
大学か短大に進学するのか、専門学校かそれとも就職か、そういった将来に希望することを書くのだ。
水奈の学校は進学校だ。早い段階で進路を決める為に、こういったものは今後の学生生活において重要になってくる。
「今後に関わる大事なことだからなー。よく親御さんと相談して書いて提出するように」
早速クラスでは生徒達の不満そうな声が挙がった。
一限目の授業が終わり、休み時間になると周囲の生徒達は進路希望調査についての話題をする者が結構いた
。
「俺、将来何したいとかわかんねーし」
「こんな早くからもう卒業後のことなんて決められるかっつーの」
「とりあえず私は大学に行こうかな」
「うちの親、こういう進路とか認めてくれるかな」
それぞれが家庭の事情や個人の思うこともあり、悩んでいる者も多かった。
その点、水奈は将来やりたいことがあった。
今日は帰ったらそのことを家族に相談しようと思った。
家に帰り、水奈は風呂を沸かして入浴したのちに宿題を始めた。
夜になると、両親が帰って来る。水奈はその間、宿題や入浴などを済ませておく
。
自室で宿題に集中していると、玄関から母親の「ただいま」という声が響いた。
母親は仕事から帰ってもすぐに夕飯の用意をする。
水奈は今日、大事なことを話さねば、と思っていた。
「お父さん、お母さん、今日ね、進路希望調査が配られてきたの」
夕食後、今日配られた進路希望調査のプリントをテーブルに出した。
「水奈の学校はもうこんなに早くそんなことを決めるのか」
父親はその紙を見ながら、水奈に質問した。
「水奈は将来何かやりたいこととかあるのか?」
やはりまずはその質問だ。しかし水奈の答えは決まっ
ていた。
「私ね、文学部のある大学へ行きたい」
水奈は本を読むことが大好きだ。文章を書くことも、読むことも好きである。
なんなら自分で小説を書きたいという憧れもある
文化を勉強し、研究する。この国についてよく知りたい。それはきっと将来の役に立つ。
それならばそういったものを勉強できる文学部へ行きたい。
そういった場所で勉強することはまさに自分には合っていると思う。
現に水奈は成績優秀で特にそういった方面については才能も見える。
それこそ、この進路ならばまさに自分にはうってつけだと。
「いいんじゃないかしら。やりたいことが決まってるのなら。水奈にはきっとぴったりよ」
母親は水奈の進路希望を肯定した。
「いいだろう。将来のことを考えているとは素晴らしいことだ。水奈の行きたいところへ行きなさい。応援するよ」
「ありがとう」
両親はすんなりとその進路でいいと認めてくれた。
自分は幸せだ、こうしてやりたいことを応援してくれる両親がいるし、友人はいなくとも生活は満たされている。この些細な時間こそがきっと幸福というものなのだろう。
水奈は部屋に戻ると、進路希望調査を記入した。
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