魔物を説得

「いえいえ! 礼には及びませんよ、お嬢様って、何?」



 顔が近い。少しドキッとするな少女は俺の顔をじっと見つめて、恍惚とした表情を浮かべていた。なんでこんな間の抜けた顔をしているのは分からないが、とにかく可愛い。べらぼうに可愛い。きっとこの娘も、偉い貴族のお嬢様なのだろう。そして俺もどういう訳か上品なベストを着ていて少し貴族っぽいので、話しかけても安心だと判断した、そんなところかな。



「素敵…」



「へっ?」



「あっ! すみません!」



 少女は慌てて俺から距離を置いた。別に近くにいてくれてもいいのに。あと今、何か素敵なワードを呟かなかったか。異世界転生後の俺って、イケメンなのか? 早く鏡が見たい。転生前が弱者男性だったので、イケメンだったら嬉しい。『説得男子』だ。そんな言葉ないけど。



「でも! せめてお名前だけでも…!」



「名乗るほどのもんじゃあございません」



 カッコつけて言ったが、自分の名前を知らないだけだ。ここで適当に答えて、後々この人と貴族の家同士のなんちゃらで繋がっているとかになってくると、話がややこしくなるだけである。だから我ながら、的確な返答だと思う。



「お礼は結構ですが、ご自宅までお見送りさしあげましょう。また変な輩が襲ってくるとも限りません」



「本当でございますか! 心強いです、ありがとうございます!」



「お家はどこですか?」



「あの森を抜けたところにあります」



 げ。絶対モンスター出る。森には絶対モンスターがいる。俺には魔法も何もないため、襲われたらなす術がない。最悪スライムくらいだったら素手でぶん殴るしかない。ファンタジー要素ないけれど、仕方ない。



「森はモンスターが出るので、一緒に行きましょう」



「ありがとうございます! お優しいのですね!」



 少女の顔がぱあっと輝く。俺は危うく一目惚れしそうになった。というか、していない自信はない。

 森は、現代日本と同じかそれ以上に綺麗な場所だった。ゆっくり川釣りでもしたいところだが、何が出るか分かったものではないので、そんなことは考えないことにした。




「おい! そこで何をしている!」



「ハッ!?」



 目の前に現れたのは、小さいスライムだった。そしてどうして言葉が話せるのかは疑問である。




「おい、今喋ったの、お前か?」



「な、何!? お前、オイラと話ができるのか?」



「あのぅ、1人で何を仰っているのですか?」



「え、だってこのスライムが何をしてるんだとかって…」



 少女は不思議そうに俺を見つめる。言っている意味がわからないようだ。ははーん。わかったぞ。これも俺のスキルだ。『説得』の効果は、魔物に対してもきっと適用されるのだ。確かにそれなら便利かもしれない。



「お前、オイラ達の縄張りを荒らすつもりなら、殺すぞ」



「やめてくれ。殺さないでくれ」



 俺ははっきりと言った。



「何故ならば、俺とこの娘は、お前達の縄張りを荒らす気は一切ないからだ」




 少女は恐怖で固まったまま、じっと俺達のやりとり、というか少女からみたら俺のスライムへの呼びかけの様子を見ていた。スライムもスライムで、緊張の糸が解けたように穏やかな表情になった。




「話がわかるニンゲンでよかった。ならオイラも殺さねえ。達者でな」



「はーい。バイバーイ」



 俺は手を振り、スライムを姿が見えなくなるまで見送った。



「すごい! すごいすごい! 魔物とお話ができるんですね!」



「ええ。一応。僕の能力です」


 少女は、目を輝かせていた。

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