輝く原石 [2]


 背番号16番。潜在能力だけで見れば異常な高校生。

 だが――。


「トラップもパスも滅茶苦茶だな」


 まるで素人。いや、明らかに素人そのものだ。


「はっはっは。当然じゃ。彼はこの春からボールを蹴り出したんだからの。去年までは中学で演劇部だったそうだ」

「それがどうして、サッカー部に」

「最初はサッカー部の人数合わせでお呼ばれしていたようだが、まぁ、単純にハマったのだろう」


 キッカケなんていつどこでやってくるのかわからない。

 始めた時期が大いに影響することもあるが、彼の場合、それは潜在能力ですぐに埋め合わせることができるだろう。


「よくまあ、見つけたものだ」

「Mr.スカウトマンに褒められると照れるのぉ。なぁに、ちょっとした偶然さ。ある用事で宇良高に足を運んだとき、たまたまサッカーの練習をしている彼の動きを見て驚いたのさ」


 高校生ともなれば、多少のテクニックを披露したところで驚くことはない。

 サッカー通の爺さんが驚くということは、やはり俺の見ているの才能が優れているということか。


「このまま“無名校の一員だった”、で終わらせたくないの。君も彼の活躍を見たいだろ?」

「そりゃまぁ」

「一緒にチームを作らないか? 彼の成長を間近で見るため。そして、彼を中心に最強のチームを作ろう」

「はい? いきなり突飛めいた話を振ってくんなよ、爺さん」

「君と親交を深めている間に、ワシは密かにこの熱い想いを抱いておったのだ。そのキッカケもまた、あの16番の子が作ったものだが」


 はは……。この爺さんの目ときたら、本気も本気じゃないか。

 勘弁してくれ。俺はもう――。


「過去に何があったのかは詮索をせん。だが、ワシのボルドちゃんに乗せてやったのだ。少しぐらい真剣に考えてくれても、罰は当たりはせんだろ」


 ボルドちゃんの力はどうやら強大なようだ。

 考えるだけならと、俺は断ることなく頷くのだった。


「三日後の同じ時間、ワシは君をここで待っている」



――◇◇◇――


 自宅に帰ると、玄関口でいきなりのハイキックが飛んでくる。俺の左耳にスレスレに触れたのは、金髪ショートヘアの妻、果澄カスミの脚であった。


「おい、今日は鈴葉すずはの遊び相手になるって約束だったよなぁ?」

「げっ、忘れてた」

「大人のテメェは約束を忘れて遊びほうけ、子供の鈴葉は父親と遊ぶのを心待ちにして待ちぼうけ。この意味がわかってんのか?」

「す、すみませんでしたぁぁああ!」


 妻はスルメイカを咥え、俺の髪の毛を掴む。

 男勝りの彼女はあらゆる格闘技に通じていて、喧嘩では到底俺に勝ち目はない。

 彼女は強いのだ。


「なにか良いことあった?」

「え」

「その子供みたいな目、四年ぶりに見た気がするよ。どこかで面白い奴を見つけたようだね」


 そして、妻の勘は鋭い。

 彼女の前では隠し事ができない。

 これでも嘘は得意なほうだと自負しているのだが。


「ああ。将来が楽しみな高校生だ。ド素人のサッカー部員だったけどな」

「それで?」


 彼女の「それで?」の圧にいつも負け、喋るつもりがなかったことまで口に出してしまうのが通例。


も目を付けていたみたいで。一緒に彼の成長を見届けてみないかって」

「ぶふっ、新手のナンパかよ」

「わ、笑うなよ。まぁ、チームを作りたいから協力をしてくれって感じだったな」

「わかった、頑張れよ」


 妻は軽かった。

 だが、彼女の言葉にはいつも芯が備わっている。


「まだやるかどうかなんて」

「やりな。つうか、やれ」


 あ、はい。思わず勢いで頷くところだった。


「もう少し考えさせてくれ」

「あのね、わたる。四年前のことは事故だったの。渉はなにも悪くない」


 渉というのは俺の名である。


「杉野くんのことは残念だったと思う。だけど、それで渉が今も苦しんでどうなるっていうの? 鈴葉も物事の良し悪しがわかってきた年齢。あの子はパパが“サンタクロース”を生業にしているって未だに信じているのよ。あぁ、尊くて可愛い愛娘」


 そういえば娘に仕事を聞かれて、適当に誤魔化したことがあったけな。


「不安? またMr.スカウトマンになることが」

「……」


 果澄は俺の首に腕を巻き付けて顔を寄せる。

 ピュアな学生ならドキドキものだ。


「失敗を恐れるな。どんなときだって私や鈴葉は味方よ。家族の失敗を一々気にするわけない。そこまで渉に興味を持っていないから、私たち」

「おいっ」


 今度は空いているもう片方の腕を俺の首に回し、果澄は額と額をくっ付ける。

 これにはさすがの俺も心がそわそわとする。


「潜在能力があるのに、それを引き出せずに埋もれていった人たち――今も苦しんでいる人たちがいることを多く知っている。渉のそれは、そんな人々を助ける素敵な才能よ。もし、本当にその才能と決別したくなったら、そのときは私も一緒に考える。――だから頑張りなさい、Mr.スカウトマン!」


 パチンと俺の背中を強く叩いた果澄が額を離す。

 目と目が合うと、果澄は微笑んだ。


 妻は男勝りでスルメイカ臭くて、攻撃的で――実際に物理攻撃を仕掛けてくるような恐ろしい女だけど。

 だけど彼女はとびきり美しく、その笑顔は俺の心に安心感を与えてくれるのだった。


「あーあ。時間を持て余す日々とはお別れかぁ」

「パパァ? パパー!」


 玩具に集中して遊んでいた5歳の鈴葉が、ひょっこりとリビングルームから顔を出し、玄関口に立つ俺に飛びついてくる。


「我が天使よ。これからパパはちゃんと働くからな」

「サンタ?」


 しばらくはそういう設定にしておこう。

 まずは誇りをもってスカウトマンと名乗れるよう、自分の仕事に集中をする。



――◇◇◇――


 三日後。


「フリーランスだ。専属契約はしない」

「その心は?」

「チームの崩壊を防ぐため、とでも言っておく」

「では、随時、報酬制としよう」

「そちらの条件は?」

が高校三年生になる目処に合わせ、土台を二年で作り上げる」


 二人の間に、16番の選手をこの段階でスカウトで引き入れる考えはなかった。

 まだサッカーを始めて間もない彼へアプローチをかけても警戒をされる。

 それだけじゃない。チームでサッカーをする楽しさ、悔しさ、勝利への渇望。今は同年代の人間と共に体験させることが大切だと考えたからだ。


 彼はまだサッカーを知ったばかりの雛鳥に過ぎない。幼い頃からボールを蹴ったサッカー少年たちとは扱いが違ってくる。

 俺たちは慎重に慎重を重ね、未来のスターを育てる覚悟だった。


「いや、一年で土台を作る。そして、二年目でJSOリーグの上位チームと互角の戦力に持ち込む。二年後、16番が自らが望んでプレイしたいと思わせるチームを作っておくことが大切だ」

「そんな急速に可能なのか?」

「俺を誰だと思っている。伝説の“Mr.スカウトマン”だぞ」

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