Mr.スカウトマン~最強の眼識を持つ男~

アダムスイヴス

プロローグ

輝く原石[1]

 しがない高校サッカーの試合。

 ポカパカと陽気に眠気を誘われ、試合の経過などどうでもよかった。


「誰か目に付くような子はいたかい?」

「いたら、こんなに眠そうにしていないっすよ」

「あら、そうかい。最近は不作かの」


 この白髪の爺さんとはよく顔を合わせることが多く、未だに正体不明である。

 取り立てて正体を探る必要もなく、ちょうど良い距離感として親交を深めている最中だ。


「ま、そこそこの能力で良いのなら一人」

「乗った」

「白ユニ7番の選手。スプリント力があって、サイドポジ向き。足元の技術も悪くなく、ドリブラーとして成長が見込める。ただ、フィジカル面がまだ幼い。下半身トレーニングを中心に鍛え上げることで欠点は薄れるだろう。評価は“B+”ってところか」

「ほれ、三万円。しかし、今回は見送りかの」

「まいど。つか、あんたも関係の人間なら自分の目を信じろよな」

「ああ、信じているさ。君のその眼識をな」


 まったく食えない爺さんだぜ。

 おかげであらゆる試合会場に足を運んでは情報を提供するだけで儲かる。

 この爺さんだけじゃない。こぞってどこからか噂を聞きつけ、外部の人間が俺の情報を買い取りにくる。


 これを生業に適当に生きていけるんだから、俺としては有り難い話だが。



 俺には他の人よりも秀でている才能がある。

 他者の潜在能力を見抜く力。

 これは生まれ持ったもので、幼いときから何となく見えていたものだ。


 スポーツ選手に限らず、たとえば出世する人物だとか売れるアイドルだとか。

 あくまもでその人物の潜在能力が見えるだけであって、結局はその当人の努力次第で潜在能力が開花するかは決まる。


 オーラが見えるなんていう人もいるが、俺もまぁ似たようなものかもしれない。その人物の優れている点や欠点が、まるで手に取るようにわかってしまうのだ。


 羨ましいと思われがちだが、欠点もある。

 意識せずとも見えてしまう他者の情報、どうしても第三者と良し悪しを比較してしまうのである。欠点がある不完全な者だからこそ人間らしい。わかっちゃいるが、お節介にもその人の欠点を指摘して、嫌われてしまうことが多いのが難点だ。



 この才能を活かし、スカウトマンとして俺は活動をしていた。

 サッカーに限らず野球にバスケ、バレーボールにラグビーと、スポーツ分野を中心に仕事をこなしていた。というのも、大金が動くのがスポーツ業界だからだ。


 ただし、それも数年前までの話。俺はこの活動を捨てた。

 俺をあの手この手で引き入れようとする姑息な奴らが現れだし、次第に手が付けられなくなってしまったからだ。

 暫くの間、生活に困らない程度には稼いでいたこともあり、スカウト業を引退してからは悠々自適に生活を送っていた。


 職業癖が治らないのか、ただ単に好きなのか。自分でもわからないが、今もこうして試合を行っているグラウンドに赴いては選手たちの才能を覗き見しているわけだ。


「そういえば、浅見文学館の試合が近くで行われているそうだが」

「高校選手権の常連校さんか」

「どうじゃ。ワシの車で送ってやろうか?」

「目当ては俺の眼だろ」

「当然。じゃなきゃ、ワシの愛車であるボルドちゃんに乗せてやるものか」


 まったく。こう清々しいと文句を言う気力も失せる。

 ――この爺さんのことは嫌いじゃなかった。俺の正体を知っていてもなお、俺の才能をに使うつもりはないようで。


 毎回のように俺に金銭を与えてまで選手の能力を知りたがるのは、彼らがどのように成長し、どのタイミングで大きな白鳥になるのか見届けたいという特殊な趣味からきているらしい。

 世の中には色々な趣味を持っている者も多く、爺さんの老後生活がそれで楽しいのであれば、別に悪趣味だと罵るつもりはない。



――◇◇◇――


 浅見文学館の試合は半年前に見たが、これといって目を引くような選手はいなかった。もしかすると、今年の新入生にお宝が存在するかもしれない。


「今年の一年生の中には、日本代表U-15に選ばれた森脇君という子がおってな。すでに技術面でピカイチの存在を示しておる」

「ふ~ん」


 俺も知っている。

 日本代表に選ばれるぐらいなのだから、どれほどの選手なのかは気になる。

 前職の職業病はここにも引き継がれているわけだ。


 結果を言ってしまえば、森脇という選手が大スターになるほどの潜在能力があるかと言われれば可能性は随分と低い。確かに足元の技術が優れてはいるが、圧倒的にフィジカル面で劣る。現在は若い世代でフィジカルの差はほとんどないが、将来的にはそれで苦しむことになるだろう。


 ま、所詮は可能性の問題であって、彼自身がその壁にぶつかり改善しようと努力するのであれば、ひょっとしたら日本のスター選手ぐらいにはなれるかもしれない。


 爺さんは森脇の評価について、特に俺に聞いておきたいわけではなかったようだ。

 浅見文学館と相対するのは、宇良高等学校という無名校だ。

 可哀想に。どうして、こんな強豪校と戦わされているのかわからないが、同情をするよ。


 前半30分で5-0。

 これでも浅見文学館は手を抜いているのだろう。

 特に目ぼしい選手はいないが、どれもB評価以上の選手ばかり。

 そりゃ、平均評価Dの宇良高等学校には分が悪すぎる。


 ピピィ。


 レフェリーが宇良高等学校の選手交代を合図をする。

 交代したところで試合の流れは変わらない。

 強豪と戦う機会も少ないことだし、なるべく多くの選手へ思い出作りをプレイさせようといったところかもしれない。


 背番号7と16が入れ替わる。

 ピッチに入ってきたのは平均的な体格の選手。

 普段であれば期待など何一つ寄せないで流し見をするだけ。


 なのに――。


「おや、Mr.スカウトマンが全身を震わせるなんて珍しいのう」


 食えない爺さんだと思っていたが、このジジィ。

 俺に彼を見せるために、誘いやがったな。


 背番号16。まだまだ未熟ではあるが、俺のこの眼識能力をもって、日本人でこれほどの潜在能力を察知したのは人生で二度目。

 評価――“S+”といったところか。

 世界で活躍する超一流トッププレイヤーと同等の評価である。

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