第10話 ゲームセンターにやってきた

 巧、ふゆきはゲームセンターにやってきた。


「ゲームセンターは初めてだよ。とっても楽しみだ」


 ふゆきと一緒にいるからか、周囲からの視線を熱く感じる。割合は男95、女5くらいといったところ。羨ましいというよりは、どうしてお前なんかというものが多かった。美人と一緒にいることによって、たくさんの男の嫉妬をかってしまった。


 ふゆきの視線は、ある一点に注がれていた。


「巧さん、クレーンゲームをやりましょう」


 クレーンゲームは腕のある人にはメリット、下手な人にとってはデメリットの大きいゲーム。手を出していいのは、プロレベルの人間のみに限られる。


「ふゆきさんは、クレーンゲームは得意なの?」


「全然ですね。10000円くらい使っても、一体もゲットできていません」


 10000円をクレーンゲームに使うなら、購入したほうが手っ取り早い。それを理解しているのに、チャレンジしてしまう。クレーンでゲットには、人を引き付ける中毒性がある。


 ふゆきは財布から、硬貨を一枚取り出す。


「今日は500円だけの挑戦だよ」


 500円だけというよりも、500円も使うのかと思ってしまった。金銭の価値観は異なるので、指摘しないでおこうかな。


 硬貨を投入すると、残り回数は「6」と表示された。500円を投入すると、ボーナスで1回プレイできるタイプのようだ。


 ふゆきは一回目のゲームに挑戦。距離感をつかめていないのか、アームは人形をつかむことはなかった。


 2~4回目はリプレイを見ているかのようだった。アームは人形をつかむ機会すら与えられなかった。


 ふゆきは4回目を終えたところで、こちらに視線を向ける。


「巧さんはクレーンゲームできますか?」


「やったことはないけど・・・・・・」


 生まれてから一度も、クレーンゲームをやったことはなかった。


「一度だけやってみてください・・・・・・」


「ふゆきさんの貴重なお金を・・・・・・」


「やってください・・・・・・」


 ふゆきから並々ならぬ圧を感じる。断るという選択肢は、存在しないことを悟った。


「わかりました。やります・・・・・・」


「失敗したからといって、気にしなくてもいいですよ。私はとてつもなくへたっぴですから・・・・・・」


 ふゆきのクレーンゲームの腕前は、下手を明らかに超越していた。ド素人であったとしても、もうちょっとうまくできる。


 ビギナーズラックによって、人形をゲットしてしまった。


「巧さん、すごいですね」


「たまたまの偶然だよ」


 謙遜したとかではなく、完全なる事実である。10000円をこれから費やしても、一体も取れないという圧倒的な自信があった。


「ふゆきさんのお金だから、人形をプレゼントするよ」


 巧が人形を渡すと、ふゆきはすぐに受け取った。


「ありがとうございます。とっても大切にします」


 ふゆきは人形を大切に握りしめていた。その様子を見て、一瞬でいいから人形と変わりたいと思ってしまった。


「もう一度だけやってみてください・・・・・・」


 残り回数は「1」。本日のラストチャレンジだ。


 2回連続でゲットすると、ふゆきを苦しめることになりかねない。演技がすぎると、注意される。ゲットできる確率をなるべく低く、かつまじめにやっているように演じる必要がある。


「巧さん、どんどんゲットしていきましょう」


 ふゆきの言葉によって、心は少しだけ軽くなった。


 クレーンゲームを操作しようとする前に、ひんやりとした感触があった。何かなと思っていると、ふゆきの掌だった。


「二人で操作したいです」


 ふゆきからは、とってもいいにおいがする。香水ではなく、彼女自身から発せられた匂いのようだ。


 手の感触、においが気になって、クレーンゲームどころではなくなってしまった。集中力をそがれた男は、100パーセントに近い失敗を確信した。


 ふゆきは前かがみの体勢になった。さっきまでは離れていた二つの体は、ぴたりと重なることとなった。


 胸に触れた動揺は大きく、ボタンを押してしまった。クレーンの位置からして、人形をつかむのは絶望的だ。


「ふゆきさん、ごめんなさい・・・・・・」


「私の指の力がなければ・・・・・・・」


 指の力よりも、胸の威力によるものだ。女性に体をぴたりとくっつけられれば、冷静でいるのは難しくなる。


 クレーンは案の定、人形をつかむことはなかった。最後の一回は無駄に終わることとなった。


 ふゆきはゆっくりと手を離した。


「誰かと一緒にやるのは、とってもドキドキしますね」


「そ、そうですね・・・・・・」


 胸に触れたことで、メンタルは異常をきたしていた。

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