第14話
「これで良いんじゃないか? ファニー」
「は、はいっ。さすがです」
「良かった。……まあ、さすがにな、あそこまで大量虐殺を楽しむようなサイコパスは俺も好きじゃない」
――私のこと、考えてくれたのかな?
元々、根っこがものすごく緩くて、とにかく優しい子供だったが、あのパーティーをキッカケにさらに人を傷つけること、傷つくのを見ることが嫌いになった。というより、そんな光景を全細胞が躊躇うようになったのだ。
「剣術の精神に反しているような奴と彼女を傷つけるような奴は、俺が許さん」
冷たい声の中にも、一抹の燃える心が間違いなくある気がして、私はちょっぴり満足感を得た。
――でも。
あのカップルは、間違いなく危険な存在だと、私の頭の中が赤いランプをグルグル回していた。
間もなく、昼食の時間となった。
昼食は、城の前、シンボルツリーの前、二つある橋の前で配給されているが、この間は停戦は適用されない。
良いタイミングで配給をゲットし、それをササッと食べなければ命取りとなる。……というのがカルロスさんの見解だった。
私たちは配給が始まってすぐに、城の前の配給所へ昼食を取りに行った。すでに体力を消耗しているため、早めの補給が必要なことが一転、また、城の前は光線が激しく、この中でわざわざ昼食を取りに来ようとする人間は少ないはずなので、サッともらって逃げるのがベストだ、とカルロスさんは読んだ。
北東にある小高い岩の丘の麓で私たちは昼食を取ることにした。
「良かったですね、ニンジンが入っていなくて」
「ああ……」
今回の献立は、ピッツァにスパゲティ、グリーンサラダ。
「うん、旨いな」
「良いですね。こんなゲームだから、もっと粗末な品が出てくるかと思いましたけど……いやぁ、パワーが回復していきますっ」
「フフッ、やっぱ、笑顔が可愛いんだな……」
何だかしみじみと、カルロスさんは言った。
「ふえっ?」
「いや、何でもない。……なあ、ファニー」
顔が、真剣モードに切り替わった。
突如、胸騒ぎが始まる。彼のそれは、以前も何度か見たことがある表情だったからだ。
「昨日は断られたけどさ。……なんで、断ったんだ? 俺の誘い」
「……そ、それは」
私の心のコアをズガンと揺らす、一撃だった。
「別に、俺、キレないから。だから、それぐらい明かしてくれよ」
「え、ええ、えぇーっ?」
精一杯、笑顔を作るが、彼の能面は全く剥がれない。
「彼氏にくらい、何でも明かしてくれよ」
「……普通に」
「ん?」
声が小さすぎて、聞き取れなかったのだろう。だが、珍しくカルロスさんの声が不機嫌な気がして、私はビクッとした。
「普通に、緊張したんです。どうしたらいいのか。何て言えばいいのか分からなくて……人生では、あまりない経験だったから」
右の眉が、ビクッ、ビクッ、ビクビクッと動いている。
「……そうか。じゃあ、もう経験は十分積んだな?」
深いため息をついて、カルロスさんは言った。能面の隙間から、寂しげな眼差しが見え隠れしていた。
「……ほえ?」
にもかかわらず、この気の抜けた返事。全くどうしたものかと自分でも思ってしまうくらいの。
「だから、もう良いだろ、やっても。カップル宣言」
サラリと言われると、今何が起こっているのか全く分からなくなってしまう。
「あ、あの……」
「何だ?」
「もう一回言ってください」
「カ・ツ・プ・ル・せ・ん・げ・ん。これで満足か」
本人がどういうつもりなのか知らないが、あざとく感じる言い回しを無表情に言ってしまうのだから逆に可愛げが湧いてしまう。
「は、はい、満足しました」
「じゃあ、返事をくれ」
零点一秒の間も空けずにズバッと切り返してくるカルロスさんに、私は少し面食らってしまった。どのみち、良くも悪くもない頭で返事は決めてあるのに。
「……んー」
「……どうなんだ?」
ソワソワした様子で、彼は続きを促してくる。
ヒョロロロロと、甲高いタカの声が高い空にこだます。
「……私、もう決めているので」
私の喉も、カルロスさんの喉も、ゴクッと貪欲な音を鳴らしたその時だった。
「彼のパートナーは、私だけなの!」
いきなり、丘の方から滑り落ちてきた何かに、背中を思いっきりどつかれてしまった。バサバサと砂埃が舞う。
「誰ですか?」
――またカルロスさんのファンか……。
両瞼を指で開いて、砂が入った瞳を潤すと、見えてきたのはハート型のサングラスに黒いマフラー、鮮やかなピンク色のネイル、頭の上にはつば広の、羽の付いた黒い帽子を乗せていた。
「悪いが、今は取り込み中なんで、用ならまた後で訪ねてくれないか?」
「なんで?! ふざけないで! こんな、私とは違ってバカな庶民と付き合おうって言うの?! ふざけてちゃダメよ!」
声高の、貴婦人のような女はますます取り乱し、挙句の果てに私に往復ビンタを浴びせてきた。
「ど、どういう……」
「あんたは黙ってなさい! この狐女めが!」
――キツネ?
「それって、どういうことですか?」
「あーもううるさいうるさい! 幼児はさっさと眠ってしまいなさい!」
彼女は私を押し倒し、腹の上にドンと体重をかけてくる。
「グオホッ、グォホッ、カ、カルロスさ……」
「フン、彼は助けてくれないわよ。なんてったって、ずっとずっと、彼のパートナーは私だからね」
オホホホホ、と彼女は嗤った。
「うぅっ……」
助けを求めるように、私は顔を右へ倒した。
カルロスさんは、忽然と姿を消していた。
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