第10話
あえなく赤色のロープに身体を絞められた変態ジジイはグアァッ、ダァッ、離せ、離せ、と叫んでいる。
バタバタともがき、そのたびにきつく締め付けられ、ミシマは苦悶の表情を浮かべていた。
「
一気に、大剣がうなりを上げる。
首の近くのギリギリをカルロスさんはバシバシと斬り付ける。
「ウワァッ……!」
だんだんと声を上げることも止めてきたミシマがいくら何でも可哀そうになって来た。
「もう、止めてあげても……」
「やれるうちに、徹底的にやっておく主義なんでね」
息も吸わず、カルロスさんは機械的にミシマを斬り付けていく。高級スーツが、いつの間にかシミまみれになっていた。
「もう止めてくれ……」
HPは二十五になってしまっていた。
ミシマはヒィ、ヒィ、と、喘息患者のような息の吸い方をしている。
「もう良いだろう……?」
「あぁ? 俺の彼女に手を出したからには、ただで済ますわけにはいかねぇんだよ」
胸に、鋭い眼差しで、全ての力を込めたかのような思い一発をカルロスさんは打ち込んだ。
「グアァッ!」
ミシマは血を吐いて倒れた。HPは、三になっていた。
「え、ここまでやるんですか……」
あまりの惨状に、私は胸の中がヨボヨボになっていた。血を吐いて倒れる人なんて、平和なエルフランドでは見たことが無かったし、そもそもこんな戦いを見ることすら無かったのに。
「そんなにやらなくても良かったんじゃないですか……?」
「仕方ないんだ。お前のためなんだ……」
無表情の中に少し悲しそうな顔をして、カルロスさんは言った。
「でも、私なんて、まだカップル宣言したわけじゃないのに……」
「……」
唇を内側に巻き込み、ますます悲しそうな顔をする。
「すまんな、怖い目を見せちまって」
彼は、私が、HPがゼロとなったミシマを見ることが無いように、大きな胸のど真ん中に顔をうずめさせてくれた。
何だか複雑だったが、カルロスさんの身体のぬくもりを感じて、少しばかり胸中がホンワカしたのも確かだった。
それから、度々カルロスさん、あるいは私に声をかけてくれる男女がいたが、どちらもカルロスさんが「俺にはファニーがいる」「お前なんかにファニーはやらない」と追っ払ってくれた。
ゲーム開始から五時間となり、九時。停戦時間になった。今から七時まで野宿。
「ご飯とかはどうするんですか?」
「ルールブック読んだか? 食事はちゃんと城から配られるってよ」
「そうですか……ヒレカツ、あったらいいですね」
カルロスさんは一瞬ビクッとしたが、するに冷静さを取り戻し、そうだな、と一言。
「ファニーは何が好きなんだ?」
「プリンが大好きです」
「……ハハッ」
「な、何がおかしいんですか?!」
「可愛いな、ファニー」
「え、え、えぇ?」
「ハハッ、ハハハハハッ」
さぞおかしそうに、カルロスさんは乾いた笑いを残した。
「ぐえっ……」
「どうしたんですか? カルロスさん」
城のメイドが運んできた食事を見て、感情を表に出さない人が珍しく渋い顔をした。
メニューは思っていたよりも豪華で、ハンバーグステーキにポテト、蒸し野菜のプレート、ブレッド、卵のスープ。なんと、テーブルとチェアまでついている。
「めちゃめちゃ美味しそうじゃないですか」
「あ、ああ……」
少しずつ少しずつ、カルロスさんはハンバーグステーキをかじる。
「美味しーっ!」
夜は想定外に寒く、その中での卵のスープは格別だった。
「カルロスさん、野菜もしっかり食べましょうね」
野菜が少し残っていたわけで、私は言う。
「あ、あぁ」
「もしかして、何か嫌いなものでもあるんですか?」
「い、いや別に何も無い。剣術をする上でそんなこと、言ってられないからな……」
と、言いながら卵スープを飲み干し、アスパラガスを食べ尽くす。
「ニンジンは?」
「……っ」
一瞬、カルロスさんが口をへの字に曲げたのを、私は見逃さなかった。
「ニンジン、嫌いなんですか?」
「……そんな、剣術では……」
「嫌いなんですね? はいはい、分かりました。あーん」
自分でも驚くくらい、スムーズにニンジンをスプーンに乗せ、カルロスさんの口へと持って行っていた。
あっ、と思った時にはもう遅い。
カルロスさんは目をギュッとつむって、スプーンに口を当てていた。
「ど、どうですか? 美味しいですか?」
「不味い。……けど」
一呼吸おいて、カルロスさんは言った。
「ちょっと、甘い」
「ファニーって、絵、描いてんだろ?」
「え、何で知ってるんですか?」
「自己紹介の時に言ってた」
――覚えててくれたんですね。
「俺さ、美術鑑賞趣味でさ。また絵、見せてくれよ」
「え、えぇ?」
「良いだろ。しっかり二人でゲームに勝ってさ、それでまたやればいいだろ」
「……はぁ」
「だからさ」
言葉を切った。
カルロスさんの顔がさっきよりも硬くなった。
「いきなりだけど」
「は、は、ははい」
「俺とさ、カップル宣言しない?」
私の頭の中の処理が全て止まった。
――もうカップル宣言しちゃうの?
衝撃六十五パーセント、困惑十三パーセント、喜び二パーセント。
確かにその方が安全だが、私の頭の中でグルグルしている残り二十パーセントが、痩せ細った体で、ベッドからこちらに笑いかけてくるジャン・ドゥ・ジラルドの姿だった。
――ジャン、どうすればいい?
心の中のジャンに聞いても、答えは返ってこない。
――どうせ、俺に構わず勝手にしろ、とかなんだろうなぁ。
カルロスさんはじっと、コチラを見つめてきている。相も変わらず表情は無いが、私の目元をずっと見つめてきている。少し、左、右と細かく目が揺れている。
「……ちょっと、考えさせてください」
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