第8話
カルロスさんはくるりと背中を向け、また歩いて行こうとする。
「あ、あの!」
「どうした?」
「わ、私もご一緒していいですか?」
思わず言ってしまった。
「どうしてだ?」
「い、いや、あの、私一人じゃちょっと簡単に倒されちゃいそうなので、つ、強い人に身を守っていただきたくて……」
言ってしまった言葉は取り消しようが無く、私は六十文字くらいのうち十二回ほど噛んでしまいながら適当な理由をつけて言い切った。
「んん?」
真顔な彼は私の身体をジロジロと舐め回してくる。ジーっとコチラを窺ったかと思うと、フッ、と鼻で笑われた。
「あんたはバカなのか?」
「はひ?」
「だから、あんたはバカなのかって聞いている」
「え、さぁ、えぇ……そ、そうかもしれないです」
「……フッ、フハハハハ」
じっとこちらを見ていたかと思うと、カルロスさんは実に愉快そうに笑いだした。
「普通に考えてみろ、さっき毒蛇で女性を何人も殺した男について行こうなんて思わないだろう。ここまで俺が何件もの誘いを断ってきたことからしても明らかだ。それなのについて行きたいだなんてな。今すぐお前は殺されても不思議じゃないというのに……」
クックック、とカルロスさんはもはや呼吸困難になっている。
「面白いじゃねぇか。連れてってやるよ」
「え、い、良いんですか?! 本当に?!」
「自分から聞いておいてそれは無いだろう。行くぞ。早くしねぇと殺されちまう。……あんた、名前は?」
「フファ、ファニー・ド・キャロルです」
「可愛い名前じゃんか」
少し不気味だと思った笑みは、今は柔らかく、そしてとびきり凛々しく見えた。
「へいへい、お嬢ちゃんお嬢ちゃん。どうしたんだい? 一緒に行ってあげようか。良いだろう? 悪い話じゃないじゃないか」
早速私は、歩くのが早いカルロスさんとはぐれてしまった。
で、四十歳くらいの禿げたおっさんに絡まれている。おっさんは人のよさそうな笑みを浮かべているが、雰囲気はまるで人を騙し、掌で躍らせる狐のようだった。
カルロスさんはと言うと、湖の向こう側で女に絡まれている。
「え、え、えー」
「私はユキフミ・ミシマと言うんだが、これまで富士野帝国の大手農業企業・サンライズで社長を五年も務めてきたんだ。地位も名誉も財力もある。社員からの評価も高い。どうだい? 私と一緒に世界を統治する気は無いかい?」
口をつけば、出てくるのは自慢話ばかりだった。
「あ、あの、私は……」
「なんだい? 既に別の人とカップル宣言をしている、なんて言わないよねぇ?」
途端に、嫌味な顔がムッとした顔になった。そのまま、ずいと近寄ってくる。
香水と汗が混ざった、独特の気持ち悪い臭いが鼻を突いた。
「カップル宣言はしていないんですけど……」
「そうなりそうな男がいる、か。まさか私をコケにしようというのかい、お嬢ちゃん?」
息が吹きかかる。眼鏡の奥の顔が吊り上がった。
「い、いえ、そんな……」
「地位も名誉も財力もあるというのに、この話を蹴るとはねぇ。全く、異常者も時々いるもんだ。……異常者は、排除するまで」
私は、ミシマの目の奥に、ボッと火が付いたような気がした。
「や、やめて……」
「
次の瞬間、彼がどこからか持ってきて構えた銃から、大量の硬貨が高速で飛び出してきた。
「わっ、キャッ! い、痛い……」
何か抵抗しようと思っても、立て続けに金属の塊が発射され、口が思うように動かせない。というより、そもそも抵抗できるような魔法を私は持っていないのだ。
「や、止めてください!」
「コケにしようとしたねぇ? それならもう、あんたは終わり。金持ちを怒らせたら相当なことになる」
ミシマはスーツを脱ぎ捨てた。銃の動きが止まる。
「クッ、もう止まっちまうのか。三十秒しか持たないなんて、冗談じゃない」
フン、と唾を吐く。
再び、ミシマは銃を構えた。
「魔法解放……
――マズい。
事前に配られた「HPメーカー」を見ると、早くも九十に減っていた。
魔法解放、と唱えようとしたが、相手の方が早かった。
銃口から、赤色の細いロープが飛び出し、生き物かのように私の身体に絡まった。
「う、うっ、あ、ああ、はあ……」
手を出そうとしても、そのたびにロープがきつく締め付けてくる。抵抗をするだけ無駄だ。
「お嬢ちゃぁん、そんなことをするからだよ。どうする? 私は手荒な真似はしない。お嬢ちゃんに恥をかかせるようなことはしないつもりだ。だが、これ以上暴れればそんな気色悪い、手荒なこともしなければいけなくなる。さぁ、どうするんだい?」
ペロリと、ミシマは舌なめずりをした。
「私に降伏するか、抵抗するか。抵抗するのなら、思いっきり恥を晒した後に、死んでもらうことにする。どうする?」
「じゃ、ジャン……」
どこかからふと金髪の、隆々とした筋肉を持った彼が現れ、あの変態ジジイに跳び蹴りでも食らわせてくれないものかと思ってしまうが、周りはそれぞれが求婚なり戦いなりに明け暮れていた。
「た、助け……」
喉がだんだんカラカラになってくる。涙腺からは、涙がダラダラとこぼれ出してきた。
ミシマが近づく。そして、私の膝元にしゃがむ。
「フフフフフ」
スカートに手を伸ばしてこようかという時だった。
私は気持ち悪くて目をギュッとつむるが、ガッ、という声だけで何の感触も感じない。
「すまん、待たせた」
目を開ければ、カルロスさんが、見せつけるようにマントをバッとはためかせ、大きな剣を握って、情けなく尻もちをついているミシマに向かって行っているところだった。
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