第7話

「最後に、ルールブックを渡しておく。何かあったらこれをチェックしろ」

 黒革の右隣から順に冊子が配れ、いよいよと言う風に、だんだん周りの面子の顔が引き締まり、円の中にピリリとした空気が漂ってゆく。

「……いよいよだ。HPがゼロになればどうなるのか、皆楽しみにしておけ。フハハハハ。さぁ、さっさと散らばれ。三十秒後にゲームスタートだ」

 高笑いを残して城門の方へと去ってゆく黒革もなんのその、十九人の男女は雲の子を散らすように駆けてゆく。

「ちょっと僕と付き合いませんか?」

「私、あなたに一目惚れしたの」

 すぐにアピールに入る積極的な人を見ると、私はよくそんなことが出来るなと感嘆してしまう。


「九、八、七、六、五、四、三、二、一、スタートッ!」


 次の瞬間、耳の裏に熱いものが触れた。

 炎だ。

「キャッ!」

 いきなり、炎の剣を持った女が追いかけてくる。

「ダメ、ダメ」

「邪魔者はみんな消えてしまいなさい!」

 彼女の走りは想像以上に早く、洋服やでろくに運動していなかった私は簡単に追いつかれてしまう。

「――ジャン!」

 と、足音が止むと同時に彼女が視界から消えた。

「え?」

 うぅ、うぅっ、と呻いている声のする方向を向くと、女がピクピクと痙攣し、白目をむいて泡を吐いていた。

「大丈夫ですか?」

 急に体がフワッとなる。振り返ると、槍をブンブンと振り回すローガンさんが微笑んでいた。槍の先には電流が流れていく。

「危なかった。魔法を使い過ぎたくないので早く行きましょう」

「わ、分かりました」

 好みのタイプではないが、命の恩人には間違いない。私はローガンさんの後ろを小走りで追いかける。

 思わず、白い泡が頭をよぎり、私は振り返った。

 女はピクリとも動かず、大きめサイズの生ごみと化していた。彼女に目を向けるものは誰一人として、いなかった。




「さてと、体は大丈夫ですか?」

「あ、はい……」

「それは良かった。ところでファニーさん、パートナー候補、見つかってます?」

 微笑を崩さず、ローガンさんはこちらを見つめてくる。瞳の色はまるで読めない。

「いや、まだです……ローガンさんは?」

 彼の瞳が一瞬光ったのを見て、迂闊な発言だったことを悟り、自分を責める。

「まだなんですよ。実は、ファニーさんが一番最初に見つけたお嫁さん候補でね」

 彼の変わらぬ表情がかえって不気味で、私はのけぞってしまう。


「どうですか、私とカップル宣言、しませんか?」


 体の芯がカチンと凍り付いた。

 すぐにジャンの顔がよぎる。もう少し迷わないと、まるでジャンと別れるためにここに来たようだ。

 そのジャンの顔になぜか重なってくる顔がある。

 不敵な笑みを浮かべた、ツンとした黒髪の姿。

「……ちょっと、考えさせてください」

「……そうですか」

 少しだけ表情に、ふっと影が差した。

「まあ、いきなり言われても困りますしね……。良い返事、待ってます」

 槍をそっと脇に抱えて歩いて行く彼の背中はさっきよりも小さく見えた。




 ――透明化の魔法でも持っておくんだったなぁ。

 青い波動と赤い稲妻がせめぎ合っているのを見ると、急に不安になってくる。あの女の顔がよぎった。

 ついつい目指してしまうのはあの不敵な笑み、あるいはジャンに似たあの顔。

 と、二つある橋のうち西側の橋のそばに人だかりができている。

「私と、私と!」

「いや、彼女は俺が……」

「私、一生あなたについて行きます!」

 ざっと、十人ほどはいるだろうか。

「止めろ、止めろ」

 足が輪の中心に吸い寄せられてゆく。

「おい、やめろ、やめろ……」

 かすかに聞こえる声。ただ、苦しんでいるという要素は声色になく、むしろ脅しているかのような要素が感じられた。

「あの、止めてあげてくださいよ。苦しそうですよ」

 思わず声が出た。はっとして口元を押さえた時には、数人がイヌワシのような鋭い目をこちらに向けている。

「あ、いや、その……」

「あんた、なんてこと言ってんの?」

「私の彼氏になるはずの方なのに……」

「ふざけないでくださる?」

 数人がコチラに向けて襲ってくる。

「あ、すみません、そんなつもりは」

「お黙りなさい!」

 汗が首筋をスルスルと流れてゆく。額の温度がだんだん引いて行くのが感じられた。

「や、やめ……キャァッ!!」

 体中からどっと汗が噴き出すのが感じられた。それこそ、爆弾が爆発したかのような。

 何しろ、目の前に大量の蛇が舌をヂョロヂョロさせながら飛んでくるのだ。

 叫んでいるのは周りも同じで、まさしく蛇に睨まれた蛙の如く、皆硬直している。そこを容赦なく噛みつかれて、彼女たちは毒薬を呑んだような表情を浮かべて地面を転がっていた。


「ありがとな。助かった」


 と、そっと背中に温かいものが触れる。

 振り向けば、ほうれい線の深い、意地の悪そうな笑みがあった。

「大丈夫か?」

「は、はひ……」

 蛇が大剣の先へと帰ってゆく。瞬く間に蛇は緑色の柄と一体化した。

「ありがとな、助けてくれて。あのままなら、俺は潰されていた」

「は、はい……」

「この恩はしっかり返さないといけないな」

「は、はいぃ……」


「あぁそうだ、言い忘れていたが、俺の名前はカルロス・アルバレス。覚えていてくれ」


「あ、は、はい!」

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