第14話 怪物くん

 怪物が人間の形をしていたことは意外だったが、とにかく戦闘開始。


 目の前の怪物さんが大暴れして、大混乱を起こす。その間にシーラが地上への道を切り開いてくれるはずである。


 俺の役目は時間稼ぎ。怪物さんに一瞬で殺されてしまったのでは、大混乱など起こらない。


 できる限り逃げ回って、騒ぎを大きくしなければ。


「僕からすれば、ただの暇つぶしだよ」怪物さんは軽く屈伸をして、「できる限り楽しみたいから、簡単には壊れないでね」

「おう。全力で来い」

  

 若者の全力を受け止めるのは俺のようなオッサンの役目だ。強大な力を受け止めてくれる存在というのが、若者には必要なのだ。


「じゃあ、行くよ」


 言葉と同時に、怪物くんが踏み込んでくる。

 

 踏み込みの衝撃で地面が割れた。それだけでも大音量だが、まだまだ足りない。


 大振りの振り下ろしを、俺はバックステップで回避する。

 だが――


「うお……!」


 怪物くんの拳の衝撃で、地面が粉々に砕き散った。そして砕かれた岩が俺に向かって無数に飛んでくる。


 直撃すれば命に関わるような速度だった。

 

 だが、


「やるな」この程度で当たってやる訳にはいかない。俺は岩の欠片をかわしきって、「だが、まだ足りないな。それで全力か?」

「どう思う?」余裕の笑みを見る限り、まだまだそこを見せてくれていないようだ。「今キミが思った通りだよ」


 怪物くんは心まで読めるらしい。いや……いまのはちょっとした挑発だろうな。


 冷や汗を拭い取って、次の攻撃に備える。


 怪物くんはその場で蹴りを放つ。まったく俺には届いていない距離感でのキックだったが、


「マジで……?」


 。蹴りのあまりの風圧で俺の背後にあった岩が砕けてガラガラと音をたてた。俺自身はなんとか踏ん張ったが、あまりの風圧に少しばかり後ずさってしまった。


「本当に強いみたいだね」風が収まって、怪物くんが言う。「強い人間の肉は美味しいから、楽しみだよ」

「そ、そうか……」こっちは想定以上に相手が強くて、ビビっている。「ちなみに、人間のどこがうまいんだ?」

「心臓とか内蔵とか……賢い人のは脳も美味しいよ」

「じゃあ俺の脳は食べないことをオススメする」


 どうせクソ不味い。中身の詰まってないスカスカな味がするだろうな。


 さて世間話を終えて、


「キミからは攻撃してこないの?」

「しても良いけど?」俺の目的としては、こっちから攻撃する必要はないが。だけれど……「でも、俺が勝っちゃうぞ?」


 相手の本気を引き出すために、挑発しておこう。


「俄然、キミの攻撃が見たくなったよ」

「なら期待に応えようかね」


 楽しみにしてくれているようなので、ガッカリさせないようにしよう。


 とはいえ、俺にできることなんて1つしかない。


 全力で相手に向かって走って、そのまま拳を放つ。攻撃は基本的にフルスイングしかできないのである。それだけで十分である。


「なるほど……」怪物くんは俺の拳を受け止めて、「悪くないね。でも、守備力のほうが高そうだ。僕と同じだね」

「……お前さん、それで守備力のほうが高いのかよ……」攻撃力の時点で岩を砕くレベルなんですけど。「だったら――」


 言葉の途中で、怪物くんが俺の体を振り回す。


 抜け出せない。手をガッチリと握られて、視界が高速で回転する。遠心力で体が千切れそうなくらいの速度の回転。関節が外れないように、なんとか踏ん張って……


 そのまま、俺は壁に向けて放り投げられる。


「――っ!」


 あまりの痛みに声が出なかった。受け身は取ったはずなのに、内臓にまでダメージが通ってきた。

 岩に叩きつけられて轟音が鳴り響く。俺の作戦としてはありがたい轟音だが、ダメージは喜ばしくない量になっている。


 ガラガラと岩が崩れてくる。なんとか回避して、俺は呼吸を整える。


 一撃で口から血が出る威力の攻撃だった。衝撃に備えなければ、意識が飛んでいただろう。そんな一撃。

 

「苦しそうだね」そりゃ内蔵まで痛めたからな。「人間というのは、脆い生き物だよね。キミはそこそこ頑丈みたいだけど……すぐ壊れちゃうよね」

「……お前さん……」声が思うように出なかったので、咳払いしてから言い直す。「お前さんは、人間じゃないのか?」

「たぶん違う。大抵の人間は人間の肉なんて好んで食べないし、こんな力は出せないよ」怪物くんは自分の手を見て、「僕は、何者なんだろうね。なんでこんな力を持っていて、なんで閉じ込められているんだろうね」


 怪物くんが何者なのか……見た目は人間なのだけれど、その力は明らかに人間のそれではない。


 ……


 体力回復のついでに、言ってみる。


「気にならないか? 自分が何者なのか……そして自分がどうして生まれたのか」

「少し気になるよ」

「じゃあ――」

「でも脱獄はしない」それは残念。シーラと怪物くんが仲間になってくれたら百人力だったのに。「さっきも言ったけど……僕は人間が食べられたらそれで良いの。だから、この場所にいる」

「……そうか……」外でも人間を食べて良い、なんて言えるわけもない。「じゃあ、しょうがないな」


 幸せの定義なんて人それぞれだ。俺は青空をもう一度見たいと願い、怪物くんは陽の光はいらないという。


 ならばそれを尊重すべきなのだろう。無理矢理に外に連れ出すのは、良いことではない。


 そう考えるとシーラが脱獄の計画に乗ってきてくれたのは、ありがたいことだったんだなぁ……


 なんてことを思っていると……


「騒がしくなってきたね」


 怪物くんの言う通り、周囲からざわめきが聞こえ始めていた。

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