第13話 人間
ボラの手から離れて、落下していく。
どうやら怪物へエサをやるための穴があるらしい。その穴に向けて俺は放り出されたわけだ。
ここまできたら、もう演技をする必要もない。俺は目を開けて、そのまま地面に着地した。
結構な高さから落ちたらしく、衝撃がかなりあった。だけれど、耐えられないほどでもない。
「さて……」俺はあたりを見回して、「……なにもいねぇけど……」
その場所は……かなり広い空間だった。ところどころ明かりがあって、なんとか周囲は見舞わせる程度の明るさ。
なにもない空間。気になるところといえば……岩が破壊されている程度か。地面にヘコみがあったり、壁がえぐれていたり……
「……」
俺は警戒して周囲を見回すが、生き物がいる気配がしない。
なのになんだ……? なんで俺は冷や汗をかいている? なんで俺の呼吸はここまで乱れている? なぜ心臓が破裂しそうなまでに鼓動している?
なにかいる。その直感はある。だが……なにがいるのかがわからない。
少し気を落ち着けようと深呼吸をした瞬間だった。
「こんにちは」突然、後ろから声がした。「生きてるエサは珍しいね」
生きているエサ……それは、俺のことだよな。
恐る恐る振り返ると……
「お前……」目の前に……子供がいた。10代前半くらいの……少年? 少女……? 性別はわからない。「なんでこんなところに……」
「知らない。閉じ込められてるの」
「閉じ込められてる……?」……なんか嫌な予感がしてきた。「ここには……人を食らう怪物がいるって聞いてきたんだが……」
「それ、僕のこと?」牙のような八重歯が見えた。「たまに人間の死体が落ちてくるから、食べてたよ」
……
……
じゃあこいつか。目の前のこいつが……地下で飼われているという怪物か。
怪物ってんだから、もっと巨大なライオンみたいなやつを想定していた。
完全に人の形をしている。子供のような外見だった。
だけれど……
「キミのこと、食べて良いの?」
こうして向かい合っているだけで、目の前の子供が異常な存在であることを悟ってしまう。
今すぐ悲鳴を上げて逃げ出したいくらいの威圧感。一瞬たりとも目を離せないような……そんな緊張感だった。
「食べられるのは困るな……」とはいえ、会話ができるのなら好都合かもしれない。「お前さん……名前とかあるのか?」
「ないよ。必要ない」あるとありがたいんだが。「おじさんの名前は?」
……もう俺もおじさんかぁ……奴隷になったばかりの頃は15歳だったのに……すでに25になってしまった。
「フォルだ」相手の返答が怖いので、俺が続ける。「お前さんは、どうしてこんなところにいるんだ?」
「閉じ込められてるんだよ。理由はまったく知らない」
……シーラみたいな存在なのだろうか。だが、ならばなぜこうやって閉じ込められている? 強大な力があるなら利用すればよいだろうに……
とにかく……
「ここから出たい、とか思わないか?」
「思わないよ」毎回即答されるから、圧がすごい。「だって、ここにいるだけで食料が運ばれてくるんだから。楽な生活だよ」
「……遊びたいとか、思わないか? 友達と一緒に鬼ごっことか……」
「興味ないよ」
「そうか? やってみたら、案外楽しいかもしれないぞ?」
「そうかも。でも、好きなものが食べられなくなっちゃうからね」
好きなもの……
なにが好きなのか……なんとなく返答はわかっているけれど、聞いてみた。
「なにが好きなんだ?」
「人間」だと思ってたよ。「外の世界じゃ、人間を食べたらダメなんでしょ? そうなるくらいなら、ここにいたほうがマシだよ」
「……ここでも人間は食べたらダメだぞ……?」
「そうなの? なんで?」
……なんでと聞かれても困る。
人を食べてはいけない理由……殺してはいけない理由……
殺人をすればたしかに逮捕される。だけれど……この地下にそんな法律が通用するとは思えない。
ならば殺しても良いのだろうか? 法律が適応されないのなら殺しても良いのだろうか。
わからない。倫理的な問題、なのだろうか。ならば動物を殺すことはいけないことなのだろうか? 動物を殺して食料にしている人間が、自分たちが食われても文句は言えないのではないだろうか?
「ふぅん……」目の前の子供は興味深そうに、「なかなか、面白い人みたいだね」
「そうか?」
よく、つまらない人間って言われるんだが。
「おもしろいよ。大抵の人は、人は殺してはいけないって思想を押し付けてくるよ。あるいは……人なんて殺しても良いって開き直るか。キミみたいに、真剣に考えてくれる人は珍しい」
「……頭が悪くて答えが出せないだけだよ」シーラなら、どんな答えを出しただろうか。「お前さんとの会話は楽しいが……悪いけど、のんびり会話をしている時間はないんだ」
「そうなんだ。それは残念」
なんか気に入ってもらえたらしい。
なら……
「一応提案してみるが……脱獄に協力してくれないか? お前さんが外に出るんじゃなくて……ちょっと暴れてもらえれば良いんだ。大きな音を立ててくれれば俺は満足だ」
「あんまり大きな音は出さないように言われてる」だろうな。だって10年間で、こいつが暴れてる音なんて聞いたことがない。「それに……そこまで全力を出さなくても食べられる人間ばかり放り込まれてきたからね。ちょっと、運動不足気味ではある」
「へぇ……」そりゃ良いことを聞いた。「じゃあ、久しぶりに全力で運動させてやろうか?」
「いいの? 全力でやっちゃって」
「ああ」本当は手加減してほしいものだが、それだと意味がない。「安心しろ。俺は、結構強いからよ」
これは本心である。実力には、そこそこの自信があるのだ。
「そっか。じゃあ、挑発に乗ってあげる」挑発なのはバレているようだ。「キミの目的がなんなのか知らないけれど……全力で暴れてあげるよ。キミが生きていられるかどうかは、保証しないけどね」
「問題ねぇよ」
死なないことは得意である。今までもなんだかんだ生き残ってきたし……おそらく今回も大丈夫だ。
ともあれノリの良い怪物さんは、俺の意図を汲み取って暴れてくれるようだった。
殺されないようにしないとな。
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