第11話 ヒーローは
「大騒ぎ?」俺の提案に、ボラが言う。「騒ぎなんて起こしたら、一瞬で捕まるだろ?」
「穴を掘る場所で騒ぎを起こすんじゃない。もっと他の場所で大騒ぎして大きな音を立てて……その間にシーラに穴を掘ってもらうんだ。そして穴が完成したら俺たちも、そこから脱出する」
穴を掘る音を小さくするんじゃなくて、他でもっと大きな音を出せば良い。
そうすれば、もしかしたらドリルの音はごまかせるかもしれない。
「なるほど……音を小さくするんじゃなくて、他の音でごまかすのか……」ボラも納得してくれたようだが、「それで、どうやってそんな大きな音を出すんだ?」
「死んだふりすれば良いんじゃね?」
その言葉だけで伝わったようだ。
「……下の階層の怪物とやり合うつもりか?」
「ああ。そうして怪物を怒らせて、大暴れしてもらう。そうすりゃドリルの音なんて気にしてられないだろ?」
「……たしかにそうかも知れないが……そんなことしたら、殺されるぞ……?」
「大丈夫だよ。俺、結構強いし」腕っぷしと生命力には自信がある。「それに他に方法もないだろ? それ以外にドリルの音をごまかす方法が思いつくか?」
「……たしかに思いつかないけどな……」
危険なのは百も承知だ。人間を食らうような怪物相手に、俺1人で戦いを挑むというのだから。
正確には怪物を怒らせて逃げ回ればよいのだけれど……そう簡単に逃げ切れる相手ではあるまい。軽くとはいえ一戦交えることになると思う。
ともあれ、やるしかない。他に方法は、ない。
「作戦を説明するぞ」俺は2人に向かって、「まず、俺が斜面からでも適当なところから転げ落ちて、死んだふりをする。そうしたら、ボラが俺が死んだってことを言いふらしてくれ」
「わかった。なら……明日、俺はお前の階層の警備を担当している。俺が近くにいるときに始めてくれ」
「了解」つまり決行は明日である。急になるが、しょうがない。「シーラ。お前は看守たちが大騒ぎし始めたら、急いでドリルで地上への道を開けてくれ。穴が完成したら、お前さんはそのまま逃げてくれて構わない」
俺がそう言うと、シーラは一瞬言葉に詰まってから、
「たしかにこの作戦ならば、成功確率は10%にはなるでしょう」
「だろ? だったら……」
「しかし、あなたが生存できる確率は限りなく低い。私だけが脱出する、という形になる可能性が高いです」
「その場合は、その場合だな……」死にたくはないけれど、このまま地下で一生を終えるよりは行動したい。「もし俺が死んだら……良かったら俺の妹を探してみてくれ。それで困ってたりしたら、助けてくれると嬉しい」
「承知しました」
そう言ってくれるとありがたい。妹は賢くて優しいやつだが、ちょっと暴走するクセがあるからな。暴走癖は俺たちの家系のお家芸みたいなもんだ。
そこにシーラみたいに冷静で計算のできる人がいれば、俺も安心である。
とはいえ俺だって妹には会いたい。だから死ぬ訳にはいかないし、死ぬつもりはまったくない。
怪物と一戦交えてでも、生き残って見せる。その実力と生命力はあるつもりだ。
そう俺が決意していると、シーラが言う。
「同じように、私が行動不能になった場合は、見捨てていただいて構いません」
「俺も同じく」ボラも賛同する。「俺たちは脱獄のためにお互いを利用しているだけだ。変な情けはかけるなよ」
そんなことを言われると、俺は口を挟みたくなる。
「あんたら2人はそれで良い。だが……俺は勝手に助けるからな」
「……」ボラはため息をついてから、「なぜだ? お前の目的は、冤罪を晴らすことだろう?」
それと妹ともう一度出会うことである。
それも重要だけれど……
「ヒーローは仲間を見捨てないものだからな」
「はいはい」まったく取り合ってくれないボラだった。「ヒーローね……俺は、とっくに諦めたな」
「そうか。俺はまだ諦められてないな」仲間の危機をさっそうと助けるヒーローに、この年齢になっても憧れている。「ともあれ……叶いそうにない願いってのは口に出さないとな。そうじゃないと……気がついたら言い訳して、できなくて良い理由を探しちまう」
もう25だからヒーローなんてなれない。弱いからなれない。そもそもヒーローなんて漫画や小説の世界にしかいない。
そんな言い訳ばかり思いついてしまう。いや……それは言い訳じゃなくて正論なのだろう。ヒーローなんて職業でもなんでもないし、金が儲かることでもない。ヒーローになったからと言って生きていけるわけじゃない。
それでも良い。一瞬でも良いんだ。ただの一瞬でも自分がヒーローなのだと思えたら……それだけで良い。
そのためなら、10%の成功確率くらい引き当ててみせる。
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