第6話 10%
バラバラになっていた少女を助けて、なんとか修復に成功した。
「ご協力ありがとうございます」少女はそれから首を傾げて、「私の顔に、なにかついていますか?」
「え……ああ……」見惚れてたのがバレたのだろうか。「ちょっと……泥がついてるぜ」
「拭いたほうがよろしいですか?」
「あ、ああ……」
機能的には汚れていても問題ないんだろうな。それに……泥まみれの姿も魅力的である。着飾っているより似合うのかもしれない。
ともあれ……顔の汚れは拭いたほうが良いだろう。なんとなくそう思う。
「では」少女は服で顔を拭いて、「これでよろしいですか?」
「そ、そうだな……」服のほうが汚れているので、そこまでキレイになったわけじゃないが。「……ああ、その……なんだ……」
「どうかなさいましたか?」
「いや……あの……」キレイになったぜ、くらい余裕で言えるはずなんだが……「き、機械もまばたきとか、するんだな……」
なぜか緊張して、興味もないことを聞いてしまった。
「まばたき機能は停止することも可能です。ですが人間に必要以上に恐怖を与えてしまうので、定期的にまばたきが行われるようになっています」
「そ、そうなのか……」
「試しに停止してみますか?」
「……じゃあ、たのむ」
「はい」
そうして、沈黙。
……
……まったくまばたきがない。彼女の美しい瞳がずっと俺を見つめ続けていた。
……たしかに長期間まばたきがないと怖い……というか、ドキドキしてくる。その目で俺を見つめないでくれ……
「わ、わかった……まばたきしてくれ」
「承知しました」彼女は一度まばたきをしてから、「修理のご協力、ありがとうございました。では、私は持ち場に戻ります」
「持ち場……?」
「はい。まだ作業が残っていますので」
「作業って……まだ働くつもりなのか?」
「はい」もう就寝時間だぞ……「私は機械ですので、体力的な限界はありません。機能的な限界を迎えた場合、処分されるのみです」
そんな事言われたら……黙って見送る訳にはいかないよな。
できる限りここに引き留めよう。会話くらいはしてくれるようだから、話題を探そう。
「体力的な限界はないって話だが……じゃあ、どうして岩に押しつぶされていたんだ?」
「私の出力を上回る荷重が発生したためです。本来の出力ならば問題ない重さのはずなのですが、少し故障があったようです」
要するに許容範囲外の重さだったわけだ。
じゃあ、岩をもたせたやつが悪いな。気合や根性ではどうにもならん。
「そういえばお前さん……名前は?」
「シーラ、と呼ばれています」シーラさんね……「正式な名称はル・シィラなのですが、発音としては長音を利用したシーラで構いません」
「シーラ、か……」ちゃんと名前はあるようだ。「良い名前だな」
「ありがとうございます」いちいち礼が深いシーラだった。「では、あなたのお名前は?」
「俺か? 俺はフォル。フォル・ジュロンだ」
「良い名前ですね」最近の機械はお世辞も言えるらしい。「ではフォルさん。私は持ち場に――」
どうしても持ち場に戻りたいらしい。そういうプログラムがなされているのだろうか。
とはいえ、もう少し話したいので遮ってみる。
「シーラは、どうしてここにいるんだ?」
「わかりません」
「……そうなのか?」
「はい。気がつけば私は、ここにいました。これからも、それはかわりません」それからシーラは少しだけ寂しそう……に見えるのは俺の錯覚だろうか。「生産された意味も、これから稼働する意味も、わかりません」
それでも人間の指示に従って働き続ける。彼女は、そんな存在なのだろう。
思わず、聞いてしまった。
「知りたくないか?」
「なにを、でしょうか」
「自分が生まれた意味。生きる意味」それから俺は自分の胸に手を当てて、「俺は……ヒーローになりたくて生きてきた」
「ヒーローですか?」
「ああ。子供の頃、絵本で読んだ。どんな逆境でも諦めない。最後には必ず事件を解決してしまう……そんなヒーローに憧れた。大切なものを守り抜くヒーローになりたかった」今でも、なりたいのだと思う。「だけれど俺は、大切なものを置いてきちまった」
俺が冤罪で捕まって、大切な存在と離れ離れになった。
その存在とは……
「妹がいるんだけどよ……少し年の離れた妹だ」言葉にするだけで、懐かしくなってくる。「これが誰に似たんだか優秀で賢い妹でな……昔かなり苦労かけたから、今は俺が守ってやるって思ってたんだけど……」
今はこのザマだよ、と俺は苦笑いを見せる。地下に捕まって、守るどころか会ってもいない。
「俺は妹を守らないといけないんだ。だから、こんなところにいる暇はないんだよ。10年も……冤罪で捕まってる場合じゃないんだよ」
「冤罪ですか?」
「ああ。俺は前国王殺しの罪で収監されたわけだが……俺はやってない。真犯人は別にいる」それから俺はシーラの目を見て、「ウソじゃないってことが、シーラならわかるだろ?」
「はい」即答だった。「あなたが真実を言っている確率は87%です」
「……割と低いな……」
「人間の感情を完璧に読み取ることは不可能です。ですが、87%であれば信用するに値します」
とりあえず信用してくれたようだった。
勢いのまま、続ける。もちろん他の囚人や看守に聞かれないように。
「シーラも……知りたくないか? 自分がどうして生まれたのか。どうして生きるのか……それを知らずに、このまま地下で壊れて本望か?」
「……」返答には珍しく間があった。「知りたくないと言えば、嘘になります」
「回りくどいな……もっとシンプルに考えて良いぞ」
「知りたいと、思っています」
「じゃあ決まりだ」俺は手を叩いて、「お前さんの求めてる答えがどこにあるか、俺は知らない。だが……この場所にないことはたしかだ」
俺は10年間ここにいたが、そんな答えは見つからない。見つかるとは思えない。
「一緒に行こうぜ。お互いの夢を、叶えに」
俺は妹を守ってヒーローに。
そしてシーラは自分の生きる意味を探しに。
目の前の少女は……脱獄の協力者としては最適解に思える。
それに、この少女は少し妹に似ている気がする。こんな場所で朽ち果てて良い存在じゃない。
良い流れで、俺は右手を差し出す。脱獄同盟結成の握手のつもりだったのだが、
「お断りします」
「えぇ……」完全に同盟結成の流れだったじゃん……「なんで……? 良い流れだったのに……」
「脱獄の成功確率が2%だからです」
「2%あるなら上出来だろ」
「2%を期待するのは愚かというものですよ」
「残念ながら俺は、その愚かな人間でね。俺みたいな能力のないやつが確率に怯えて逃げてたら、なにもできねぇだろ」
諦めるつもりは毛頭ない。2%の成功率があるのなら挑戦してみたい。
「確率が10%を超えない限り、脱獄に賛同はできません」
「言ったな?」その言葉が聞ければ十分だ。「俺が作戦を練って、あんたが成功確率10%を超えたと断定すれば協力してくれるんだな?」
「はい。ですが――」
「10%を超えることは不可能ってか?」
「その通りです」
「じゃあ俺が見せてやるよ」不可能と言われたら、燃えてきた。「お前さんはかなり物知りみたいだが……そんなおまえさんでも知らないことってのがあんだよ。それを利用すれば、10%なんて余裕さ」
計算だけで生きていけるほど人生ってのは甘くない。
そして……計算無しで生きていけるほど人生は甘くない。
やはり俺にはシーラの力が必要だ。俺の無計画さと彼女の計算高さと思考能力……その2つが合わされば、きっと脱獄は成功する。
ともあれ足りない頭で考えて、作戦を考えなければ。
シーラが納得するくらいの、完璧な作戦である。
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