第3話 不適切な表現かと

 潰されてバラバラになった少女に、俺は話しかける。


「な、なぁ……あんた、大丈夫なのか?」


 どう見ても大丈夫ではないけれど……


「損傷率70%」抑揚のない声だった。「歩行システム及び運動能力の著しい低下。移動は不可能と断定」

「お、おう……」なにを言っているのかよくわからん。「……失礼なことを聞くかもしれないが、生きてるのか?」

「いいえ」じゃあなんでしゃべってんだよ。「私は人間によって作られた機械です。生きているというのは不適切な表現かと」

 

 それから少女は「バックアップシステムにより言語システム修復」と言っていた。言われてみればかなり流暢に話すようになっているな。


「……それ、治せるのか?」

「適切な処置を行えば復旧可能。しかし看守は私を直す気がないようです」

「へ、へぇ……」壊れたら壊れたまで、ということか。「……その適切な処置って、俺にもできる?」

「確率は40%。現状、私は私自身の損傷具合を確認できていません。ですので、明確な返答は不可能」


 バラバラになって動けなくなったから、自分の状態がわからないのか……


 ……


 治せるのだろうか。わからないが、やってみるしかない。


 そう思って少女の身体を安全な場所に運ぼうとした瞬間だった。


「なにをしている!」

「グエ……!」いきなり背中をムチでひっぱたかれた。「いきなりだな……」

「そこをどけ」さっき少女を叩いていた看守が戻っていたようだった。「そこのガラクタは……途中で岩を落としやがった! おかげで俺がケガをしたじゃないか!」

「ケガ?」見ると、看守の足には小さな擦り傷があった。「ケガって……そのくらい、すぐ治るだろ? それより――」

「口答えするな!」


 またムチで叩かれた。今度は顔面だった。すごい痛かった。殴り返してやりたいと思った。だが大人しくしておかなければ脱獄計画がバレるので我慢しておく。


 看守はなおも少女をムチで叩こうとする。そんな状態をほうっておくわけにも行かないので、止めようとしてみる。


「まぁまぁ、そんなに興奮するなよ。そんなに――」


 またムチで叩かれた。もう俺はMになってしまったのだろうか? 叩かれることに快感を覚えているのだろうか?

 

 後ろから少女の声が聞こえてくる。


「かばっていただき、ありがとうございます。しかし私に痛覚というものは存在しないため、ムチで叩かれても問題はありません」

「絵面的に問題があるな」

「倫理的な問題、ということでしょうか」

「倫理的というか……要するに、俺が納得できない」


 女の子がムチで叩かれている姿なんて、見たくもない。仮に機械だとしても、俺自身が納得できない。


 ここで少女を見捨てるようなやつがヒーローになれるわけもない。


 俺としては当然の理屈なのだが、


「申し訳ありません。私の思考回路では理解できません」

「要するに俺がMってことだよ」

「ウソである確率99%」1%は本当なのかよ。「しかし、あなたが私を助けようとしてくれていることは理解しています。ありがとうございます」

「そ、そうか……」面と向かって礼を言われると照れるな……「と、とにかく……安全なところに移動しようぜ」

「ありがとうございます。運んでいただけるとありがたいです」


 というわけで俺は少女の体の破片を拾い集める。まったく人の暖かさを感じられなくて、本当に彼女は機械なのだと認識する。


「おい!」まだうるさい看守様だった。「勝手な動きをするな!」

「この女の子を治したほうが、作業効率上がりますよ」


 先ほど看守は……途中で少女が岩を落としたと言っていた。

 

 つまりこの少女は、途中まで岩を運んでいたのだ。大人10人がかりでも難しいような大岩を1人で運んでいたのだ。

 そんな大戦力を治さないのはもったいない。それに……苦しんでいる女の子を助けるのはヒーローの条件だ。


 だがそんな俺のヒーロー像も看守には通じない。


「そんなガラクタがいなくても関係ない!」

「なにをそんなに怒ってんだよ……」薬物でも接種しているのだろうか……会話が通じない。「というか、そろそろ作業時間が終わるだろ? じゃあ少しくらい……」


 またムチが飛んできた。避けたら少女に当たってしまうので、直撃されるしかない。


 そうして、看守が言った。


「お前だけ作業時間延長だ」


 ……


 作業時間の延長だけで済むのなら、安いものだな。

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