あなたの死を知る人々

母があなたの死について死因も含めての全てを告げた友人は2人だけでした。

1人は母が家でもよく話をしている、母の大親友である愛さん。彼女にはあなたが検死を受けている間にLINEで知らせました。死因も含めて全て。

彼女とは高校の衛生看護科からの友人です。そして彼女は今は精神科の看護師をしています。彼女とは、これまでも互いに助け合ったり愚痴を言い合ったりしていましたが、あの日から彼女は母の専属カウンセラーになりました。


2人目は不登校友達のお母さん。あなたの死から2週間が経った頃、彼女とはスーパーの駐車場で会いました。「久しぶり〜」と声をかけてきました。やはり voomを見ていないようで「お子さんたちは元気?」と聞いてきました。彼女はあなたの弟である三男くんの同級生ママでしたが、お互いに不登校の事で苦労をし励まし合った仲で、家族の事情をしっている、いわば戦友ともいえるママ友でした。

「あ…じつはね…」

と母は話そうとしました。でもできませんでした。話そうとして、たちまちに涙が溢れ出そうになり「あとで…あとでLINEする…」と言うのが精一杯でした。買い物が終わった後で良かったと思いました。そのままそこから去る事ができたのですから。

その日の夜にLINEであなたの死を死因も含めて伝えました。翌日彼女は供花をもってお詣りにきてくれました。


母が心を開いてあなたの死を死因まで伝える事ができたのはこの2人だけです。


苛立ちと怒りを持って息子が死んだという事実のみを伝える事となってしまった相手が1人います。職場の少し年配のパート仲間です。


あなたの検死中、愛さん以外にどうしても伝えなければならない相手が仕事関係の人でした。まず「身内の葬儀で明日の仕事を休ませてください」とメールをしました。そして数分後、「明後日は息子の葬儀です」と簡潔に翌日だけでなく続けての休みが必要である事を意味して送信しました。

「息子さんですか…。驚いて言葉もありません。心からお悔やみを申し上げます。」

そんな返信があり、翌日には予定されていた6月後半の仕事は全て休みにしておくと連絡がありました。


そして7月になり、仕事復帰の初日。母は年配なパート仲間といつもの場所で落ち合い、迎えにきた社用車に乗り込みました。

「こないだ環さんと一緒の現場だと思っていたのにみえなくて…ご不幸があったって聞いたわ。大変だったね。」

車に乗ってすぐに彼女は言いました。

彼女はたぶん世間の人々が人生の時々に"普通”に遭遇する"身内の不幸“だと思っていたのでしょう。

「あ〜…その話はもう…」

母は彼女から視線をそらし窓の外に顔を向けました。

「普通じゃないから…」

そう呟いた母の声が聞こえなかったのか彼女は、顔を窓の外に向けたままの母に

「あ…あーごめんね、…で、どなたが亡くなったの?」

と遠慮がちな口調ながらも聞いてきたのです。

無理もないと思います。まさかまだ若い息子を亡くしたなどと思ってもみないでしょう。父か母か…ひょっとして旦那さん?とでも思っての言葉だったのでしょう。

実は母はこの日、この人なら聞いてくるだろうと予想はしていました。そういう人だと知っていました。そして聞かれたら簡単に「長男」と答えようか「息子ですけど、なにか?」と答えようか…心の中でいくつかのパターンを考えていました。

しかし考えていた答え方など出来はしませんでした。

後から思い出すと笑ってしまうほど予想通りの問いに、その時の母の心の中には唐突に激しい苛立ちが湧き上がったのです。

「息子が死んだの!!!」

大きくはない社用車の中で母は叫んでいました。

職場ではコミュニケーション能力が高く、いつも明るく朗らかな環さんでとおしてきました。あんな風に叫んだのは初めての事でした。社用車の中は私と彼女の他に迎えにきてくれたハンドルをにぎる若い男性スタッフがいました。彼は黙って運転をしていました。

「ごめん!ごめんね!」

慌てた彼女の謝罪が聞こえました。

「もう…いい…です」

苛立ちながら叫んだ後で気が抜けて、小声で母は答えました。この会話はこれで終わりました。


この会話の後?数分後には母はいつもの明るい環さんとなって、いつも通りの会話と仕事をしました。

だって仕方ないじゃない?

母は元気で生きています。

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