宇宙へ-8

 信長がギャンブルにいそしんでいる間に、

ガラミス軍は出撃の準備をして織田艦隊を迎え撃つため出撃した。

 途中突然の経済不況や、それにともなって各地で頻発するデモや叛乱の中、短期間で成し遂げたのは賞賛に値しよう。

 

 そしてとんでもない方向からむかって来る織田艦隊が発見される。

 それは思いの外ガラミスに近い場所であったが、ガラミス艦隊はここでも大軍をうまく動かし織田艦隊を包囲したのである。


 「見よ、今度こそ第六天魔王を消滅させてくれるわ」

 「彼奴は我がガラミスを滅ぼそうと悪魔共を率いてやって来たが、我が力で完膚なきまで叩いてくれようぞ」

 「我ルーベルトは魔王を倒した勇者としてガラミスの子供達に神として讃えられるだろう」


 作戦室で高笑いするルーベルトを見て、ハル軍務大臣は怯えていた。ここ何ヶ月か総統はほとんど寝ておらず、神がかったように次から次へと起こる経済的な問題に対処してきた。

 もともと軍事的な才能には恵まれていたが、経済的才能はそれから見ればはるかに劣り、精神をすり減らしてそれに対応してきた最近の総統の姿は心の均衡を失っているようにも見えたからだ。


 「のう弾正。いよいよ年貢の納め時の様じゃ。織田の最後の意地を見せてくれようか」


 「なんの、これからが本番でございます。

ここまで来れたのも熱田大神の加護かも知れませぬ。ならば最期までいけましょうぞ」

 

 艦橋の大スクリーンに艦隊の艦長達が映り、敬礼をして消えてゆく。

 そして彼等は旗艦尾張とその周りでそれを守る旗本衆を残し、重力波エンジンを暴走させたまま次々と敵艦隊の真ん中に短距離ワープしてゆく。

 敵艦隊の中で撃破されてしまった艦も多かったが、ブラックホール化に成功した艦も多かった。

 それらは次々と周りの艦を引き込み、ブラックホール同士もお互いを喰いあい、その宙域は地獄と化した。

 そんな混乱の中、尾張と旗本衆は予定通りワープして宇宙に消えてあったのであった。


 ガラミス全艦隊を率いるのはガラミスの至宝と言われるラインハルト提督であった。

 彼はバトランティスとの戦いにおいて、常にその最も激しい戦場に有り、そして常に勝利してきた。

 その艦隊指揮能力は神とも讃えられ、その戦術は若い提督達の教科書にされていた。


 その彼も、75000の艦隊で200の艦隊を叩くとなると、艦隊指揮も戦術も無かった。

 敵はワープポイントに関係無くワープして、ブラックホールを作る兵器を持っているという。

 だがそれがどのような兵器なのか皆目見当がつかず、結局広い宙域に艦を展開して一部を犠牲にしても敵を葬ると言うのが参謀本部の作戦であった。

 確かに突然消えてどこに現れるかわからないような艦隊を叩くには、広域に艦を展開して、現れたところをタコ殴りにするしか無いだろう。


 天才ラインハルト提督を持ってしても、相手が小さすぎて、またガラミスに近すぎて有効な手を考えつかなかった。


 そしてその時は来た。こちらに向かってきた織田艦隊を全方向から包囲して殲滅しようとした時、鑑が次々とワープして消え、そしてガラミス艦隊の中のあちらこちらに出現してブラックホールとなったのだ。

 ブラックホールを発生させる兵器でなく、彼等自身が、ブラックホールと化している。

 単なる自殺や自爆行為では無い。そこに尋常でない気迫を感じるのだ。だが、こんなのは戦では無い。

 ラインハルト提督は、全軍に撤退を命じたが、織田艦隊のように自由にワープできるわけではなく、ワープポイントもはるか向こうだ。

 それにこのブラックホールの影響でワープポイントがまともに使えるのかもわからない。

 果たして、何隻が生き残れるのか……


尾張は今、11隻の戦艦と共にガラミスの衛星軌道上にあった。無理やりここにワープしたのだ。

 当然影響が無いはずもなく、ガラミスの軌道上の惑星防衛システムは崩壊して、月も降りてきている。

 惑星上では火山がいくつも爆発しており、巨大な津波が大陸を洗い流している。

 惑星から逃げ出そうとしている宇宙船が時々上がってくるが、ほとんどは上がりがらずに落下して、たまに軌道上まで上昇した物は織田艦隊に撃ち落とされている。


 ルーベルト総統は、総督府の会議室で、降伏を進言した外務大臣を自らの手で射殺した。

 そして彼を取り押さえようとした衛兵も殺して高笑いを続ける。

 


 「ガラミスか……何もかも皆懐かしい」


 「上様、あんたガラミス来たのは初めてじゃないですか。何が懐かしいんです」


 「良いではないか、どうせ地球に戻れるわけもない片道切符じゃ。このセリフは一度言ってみたかったんじゃ」

「わしのようなダンディな人間が言うと、絵になると思わんか?」 

 「ところで五代達はどこまで行ったかのう」


 「通常のエンジンですから、まだ天の川銀河の真ん中くらいじゃないですか」


 本当にここまで来れるとは思ってもみなかった。

 我らの重力波エンジンは明らかな欠陥品。

 好きなところでワープできるし、出力も従来の型エンジンの数倍もあるが、多量の放射能がダダ漏れで乗員も被曝し歩く放射性物質と化す。

 大体、暴走してブラックホールになるエンジンなんてあり得ないだろう。


 そもそも我々の航海の目的は、我々にガラミスの注意を引きつけておいて、その隙に地球から若い移民100万人を乗せた五代征提督率いる移住船団が、M226銀河にある地球型惑星に向かう

というものだったのだ。遠く離れた銀河で人類の再興を図るノア計画の一部として我らは地球を出発したのだった。

 10年程前に、200年前に出発した遠方銀河探索隊がその惑星の存在を伝えて来た時、既に敗戦の気配が濃厚だった人類は、その星に人類の新たな文明を再構築するべく計画が建てられたのだ。

 エンジンのブラックホール化は知らなかったと思う。いや、思いたいが、乗った乗員が身体が腐ってゆき、苦しみ悶えながら死んでゆくような戦艦を弾正が造っていたのはノア計画とは全く関係ない。

 ただ単に、俺を乗せたくて作っていたのだろう。

  

 酷い放射能障害に耐えるため、乗員は皆60歳以上の男に限られ、機能しなくなった体を途中で機械の体に変えつつここまで来たのだ。

 この最期の戦場に来るまでに乗組員の半分は放射能障害で死に、私も弾正も人間だった部分はもうほとんど残っていない。

 艦内は死臭に満ちている。

 航海長の席に座る黒岩弥助大佐なんて、ロボットの頭にある培養液の水槽の中で脳がプカプカ浮いているが、よく見ればその脳はどこにも繋がってなかったりする。

 機械の身体が欲しくて銀河の航海にのりだした訳ではないのに機械の身体になってしまったのはこれいかに?

 黒いコートの金髪のおねーさんもいないし。居るのは化け物のようなジジイばかり。

誠に寂しい事である。

 どうでも良いことを考えていてもしょうがない。先に逝った友も待っている。そろそろ決着をつけよう。


 通信長の真田昌幸大佐が声を上げる。


 「ガラミスの総統代理のハル軍事大臣だと名乗る相手から通信が入っております」 


 「つなげろ」


 「こちらは、ガラミス帝国総統代理のハル軍事大臣である。ガラミスのルーベルト総統が

急逝されたため、現在私がガラミスの全権を持つ総統代理である」

 「ガラミス帝国と600億の人民は貴軍に無条件降伏し完全支配下に入る事を望みたい。即時停戦し、これ以上の戦闘行為を中止してくれ」


 狂気に囚われた総統は、大魔王めこの勇者ルーベルトが今から殺しに行ってやる。誰か船を準備しろと命令する。

 会議室のモニターでは大地が割れ、津波に流される都市が映し出されている。

私は腰のホルスターのボタンを外し拳銃で総統を撃ったのであった。

 呆然と立ちすくむ閣僚達に命令する。

私に従え。我らガラミスはもうおしまいだ。星が滅ぶ前に全面降伏して1人でも多くの人民を助けることに尽力する。

 異論のある者は私を殺して代わって指揮をとってくれ。

 閣僚達はテーブルに己の拳銃を置き、私に従う事を誓った。

 敵の艦隊に通信をつなげる。そこに映っていたのはロボット?いや、今時あんな金属剥き出しのロボットはいない。

 宇宙船を造り銀河に乗り出すような種族なら人間と区別のできないアンドロイドくらい作れるだろう。

 そしてあの目は意思を持った人間の目だ。

 地獄の亡者という言葉が私の頭をよぎった。


 「上様、いかがなされますか?」


 「とは言ってものう」


 「ではでは、私の好きにして宜しいか?」


 「良きにはからえ」


 弾正はモニターに向かう。


 「私は第六天魔王織田信長公の家宰、松永弾正である」

 「貴様らの降伏を認め我らが配下に入る事を認めよう」

 

 モニターの向こうで総統代理を名乗る男の緊張がとれるのがわかる。

 弾正の口角が耳まで切れ上がる。


 「第六天魔王はこれから地獄へ御帰還じゃあ。汝等のせいで共の者がいささか寂しゅうなってしまった」

 「ついては、ガラミス600億の民に命ずる。

地獄への帰還の供奉をせい」


 青い顔が更に青くなるのを俺は見た。そこには宇宙一不幸な人間と宇宙一幸福な人間がいた。

 暴走を始めた重力波エンジンを止める方法など無い。

 今更降伏しても、どうにもならなかったのだ。

 

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