世界大戦-7

 1942年の夏、執務室の中でルーズベルト大統領に国務長官のハルは報告していた。


 「スターリンが更なるトラック、輸送機の供与に加えて、駆逐艦、爆撃機、小火器などの供与を求めてきております」


 「シベリアでソビエト軍が大敗したという噂の確認はとれたのかね?」


 「ソビエト軍は公式には勝ったとも負けたとも発表しておりません。こちらの情報員はソビエトにはほとんど浸透していないのが実情で、そのわずかな情報の分析では、ソビエト軍と東ロシア帝国軍の間で戦闘があったのは事実らしいのですが、規模も勝敗も全く不明です」

 「通常、勝ったほうは大勝した場合、大きく宣伝して国威発揚に努めるのですが、ソビエトは何も発表しておりませんし、東ロシア帝国も何も言っておりません。日本は元々日露戦争の海戦の大勝利の時もそのような事をした事はありません。今回のハワイ沖海戦でも何も発表しませんでした。属国である東ロシア帝国も日本の命令で沈黙しているのではないかと思われます」


 「諜報の類はイギリスのお家芸だが、そちらからの情報は?」


  「そちらからの情報もありません。ただ彼等は自分達の利益になると考えれば、嘘の情報は流さないにせよ情報の秘匿位は平気でします。それに日本と同盟こそしておりませんが、相変わらず日本に兵器の売却を行い、兵器のライセンス生産をさせる事により戦費を稼いでますので何とも言えません」

 「現在、ナチスがソビエトとの国境に集結しつつあります。スターリンの要請は日本に勝った負けたよりも、その辺りが理由かもしれません。太平洋艦隊の再建はなりましたが、練度を考えると我々の反攻は秋以降となります。それまで日本と同盟国の目を西に向けておきたいところであります」

 「そのためにもソビエトに西側から圧力をかけさせねばならないと考えます。爆撃機を与えて、日本本土を爆撃させるような事も選択肢の一つかと考えます」

 ハルはソビエトに対して始まった武器などの供与を増やすことはあっても、削減させるつもりは全く無かった。


 「小火器は問題無いが、爆撃機はイギリスに供与している分だけで手一杯だ。現在我が軍の主力になりつつあるB-17は軍事機密のかたまりみたいな機体なのであれは渡せない。それにあれは調達費用もとんでもなく高価でとても供与できるような代物ではない。イギリスに供与しているB-26の一部と輸送機のC-47に簡易爆撃装置でもつけて渡すしかあるまい」

 「駆逐艦も現在進めているレインボー作戦のためには一隻たりとも手放せない。ナチスがソビエトに侵攻するなら、ドイツのイギリスに対する圧力も中国の蒋介石に対する毛沢東の圧力も減弱するだろうから、イギリスと中国の蒋介石対する援助は減らすか内容を変えよう」

 

 「現在我々は、ドイツと交戦状態にあります。直接大陸に出兵しておりませんが、大西洋艦隊はUボートと戦っており、ソビエトとはドイツと日本を巡り、表向き手を結んではいますが、中国では蒋介石と毛沢東をそれぞれ立てて交戦中。太平洋艦隊立て直しと兵装一新のために、この2年間国力の全てを費やしてきました」

 「しかもM計画も始まっており、あれが底なし沼のように国庫の金を吸い込んでおります」


 「心配無い。我が国の国力には、まだまだ余裕があるよ、このまま戦争状態が50年も100年も続くような状態は避けなければならないが、ドイツがヨーロッパを支配下に置いてしまうのは、アメリカに匹敵する国がそこに誕生することになる。これは到底容認できない」

 「中国も今は混沌としているが、いずれ落ち着いた時に共産主義国になっていたのでは、巨大市場が失われてしまう。清国のかつての繁栄と富を見れば、彼の地が将来的どれほどの市場になるかわかるだろう」

 「ドイツがソビエトに攻め込んでくれれば、イギリスも一息つけるし、ナチスと共産主義者が戦って消耗するのは悪くない。ドイツと日本の全体主義者を潰した後の主敵は共産主義者になると私は考えているんだよ」

 「それにマンハッタン、いや、M計画は戦後の世界において我が国が軍事的にも政治的にも世界のイニシアチブを取るためにも絶対必要なのだ。他国に、たとえそれがイギリスであっても

先を越されるような事があっては、この戦争に勝つことの意味が無くなる可能性すらありあるのだ」

 「とりあえず、レインボー作戦により日本と同盟国を叩かねばならん。奴らも、プリンス・オブ・ウェールズとビスマルクが航空機により沈んだのをみた我々が方針転換したとは知るまい」

 「これからの戦いは大鑑巨砲の戦艦ではない。空母機動部隊が海戦を制するのだ。我がアメリカの工業生産力は無尽蔵と言っても過言ではない。既にレーダーを装した4つの空母機動部隊が完成し、新型艦載機F6FとF4Uの配備が進んでおる。急降下爆撃機もヘルダイヴァーへに機種転換される。さらに多数の対空対潜装備に特化した駆逐艦も続々完成している。更に作戦までに更に2つ機動部隊がつくられるのだ」


 ハルも基本的に同様の考えであったが、富を持つ国、アメリカ生まれの彼は、国家の富の再配分の平等化を進めてゆくためには、共産主義こそが理想であり、スターリンも無限に生きるわけでは無いし、彼がいなくなればソビエトも正常化するであろう。そして全体主義者共を叩き潰して労働者に権利を教えてゆけば、アメリカで焦って武力革命を起こさなくても、労働階級の団結により、アメリカも共産主義化するであろうと考えていた。

 その考えの甘さと、理想を追うあまり現実を見ようとしない姿勢はソビエトの共産革命の初期にいた、革命の進行とともにすり潰され消えていった知的階級の共産主義者達とあまり変わらないものであった。

 

 俺と弾正はいつもの俺の私室でスイカを食べていた。

 「流石にそろそろかのう?」


 「と思われます。大西洋からの戦艦や空母の移動もほぼ終わってますし、西海岸の基地間での通信量も増えております」


 「流石に前回の海戦以来、1年半以上も空くとは思わなかったのう」


 「でございますな。前回あまりにうまくいきすぎ、そんな事は無いと思いながらも、あのまま講和になってしまうのではないかと少し焦ったりもしましたな」


 「結果を国民から隠した段階で講和という選択肢を捨ててしまったような気がするが、もしそれが変な形で漏れて政権交代とかになると、どう転ぶかわからなったからのう」


 「400年も待ちましたから、今更1年や2年待ったくらいで、どうと言う事はないですが。まぁ、おかげでこちらも面白い物がたくさん作れましたし、捕獲艦を使って同盟国との共同演習もみっちり行えましたので悪くは無かったかと」


 「戦時中とは言え、軍備優先で国民にあまり窮屈な思いをさせるのも賛成できないから、良い面もあった。敵の兵器のレベルの確認もできたし、作戦とそれに合わせたこちらの兵器の生産もできた。我が国の一人勝ちを避けるためには良かったかもしれんなぁ」


 「左様でございます。我が国一国でアメリカに勝っても、運が悪かったとか、日本を味方に引き込んで名誉白人にしようとかいう馬鹿どもが出て来るかも知れませぬ。それでは意味がありませぬからなぁ」


 「うむ。有色人種の国、フィリピンにもインドネシアにもオーストラリアにも負けたという実績を作らねば有色人種軽視の風潮は変わらないだろうからのう」


 そして1942年秋のドイツ軍のソビエト侵攻と共に第二幕が始まった。ポーランドのソビエト軍を一蹴したドイツ軍の第3、4装甲軍団ははひたすらレニングラード目指しこれを落とた。そしてそこにバルト海から海路で兵員、武器、物資を運べるように拠点を作り、第1、2装甲軍団は東進、キーウ、モスクワからのソビエト軍を牽制しつつ、冬を迎えてそこに堅固な防衛線を構築した。

 ナポレオンを敗退させたロシアの冬将軍であるが、最初からそこに留まるつもりで充分な物資を準備し、仮設の木造建築まで建て陣地を構築されると、寒いのに慣れているとは言え同じ人間である。ロシア人が圧倒的に有利とも言えなくなってしまった。しかも天候が安定している日は、ポーランドに作られた飛行場から爆撃機が飛んできてソビエトの都市や基地を爆撃して回るのである。北極海も凍りつき、バルト海もドイツに完全に支配され、アメリカからの援助もルートを絶たれ、ソビエトは大軍を西部戦線に貼り付けざるを得ず、東からは東ロシア帝国軍が東進。ソビエトは八方塞がりとなってしまった。

  

 1943年初頭、アメリカのレインボー作戦が開始された。

 この2年間、アメリカはただ軍艦と航空機を作っていたわけではない。ハワイ沖海戦の敗退は軍上層部の意識を変えた。アジアの未開な劣等人種を相手の戦争など楽勝であるという奢った考えを捨てたのだ。少なくともイギリス製の最新兵器を使いこなす近代的な軍隊を持つ国であるとの認識を持ったのである。

 そしてイギリスと兵器の生産に関するライセンス契約を結んでいる事からそれなりの工業力も保持しており、ヨーロッパが今まで蹂躙して植民地にしてきた両アメリカ大陸、アフリカ、インド、中東などと同列に見ると手痛いしっぺ返しをくらうことを理解したのだ。欧米ががアジアの盟主と考えていた中国すら凌駕する力を持っているならば、ドイツ並みの相手と思って戦わなければならない。


 アメリカ海軍の勇敢な潜水艦乗り達と、偵察機のパイロット達の犠牲により、いくつかの敵の拠点と戦力が判明した。

 この情報の為に20隻を超える潜水艦と偵察機として飛んだ数十機の爆撃機が失われたが、それにより得た情報は決して少なく無かった。


 まずはアラスカ。彼らはそこで石油を採掘しており、都市を作り港と空港をいくつか作っていた。これについてはカナダ経由で潜入していたアジア系米国人工作員により戦前から確認されていた。警備が厳しく、日本語に関する知識が無いために、せっかくアジア人を使ったのに直接港湾や都市への侵入は実現できなかったが、アメリカ中西部に良くある田舎町と同規模の都市がいくつかと、輸送機と戦闘機かもしれない複葉機が置かれた空港、港には小型タンカーと思われる船舶などが外部より確認されている。

 戦争が始まり、潜水艦と偵察機により、大型タンカーの船団の航行と2カ所の港に駆逐艦が10隻ずつ。スピットファイアと思われる単葉機の飛行が確認されている。

 

 そしてミッドウェイ島。ハワイの北西、アメリカと日本のほぼ中間にある島。ここに港と空港と通信施設を作り部隊を置いている。ここにも50機以上のスピットファイアと双発機が20機程、駆逐艦10隻余りが常駐している。


 そしてハワイ諸島。大きな軍港があり、排水量10万トンを超えると思われる空母4隻と多数の駆逐艦。警戒が厳しく近づけないため詳細は不明。

 

 最後にトラック諸島。南洋の島々に属し、インドネシアの北方にある珊瑚礁に囲まれたいくつかの島からなる群島である。ここにも巨大空母4隻と多数の駆逐艦が確認されている。


 ハワイ沖海戦で鹵獲した戦艦や巡洋艦、空母が見られない事より、日本本国やインドネシア、フィリピンなどにも同規模以上の艦隊が存在しているはずである。


 1942年春のイギリス艦隊とドイツ艦隊が戦った北海海戦において、戦艦プリンス・オブ・ウェールズとビスマルクが砲火を交える事なくお互いの航空戦力により沈むことになった。それまでの航空機で沈められるのはせいぜい巡洋艦まで。装甲の厚い戦艦を沈める事はできないという常識が実証により覆されてしまったのだ。

 これにより戦艦の戦術的価値は一気に低下。各国とも戦艦の建造を止めて空母の建造、空母搭載機と航空魚雷の開発に重点を移し、空母機動部隊が海軍の主力となってゆく。だが、それを短時間で可能にしたのは突出した工業力を持つアメリカだけであった。 


 ただ空母と航空機を揃えれば空母機動部隊になるわけではない。戦艦の砲をいくら大きくしても射程距離には限界がある。航空機の航続距離には遠く及ばない。戦艦の射程外からその長大な足と速度をもってアウトレンジで叩くのが空母機動部隊なのである。そのためにはその重装甲ゆえに足の遅い戦艦は同航できない。

 また、数発の砲弾を浴びても戦闘の継続が可能な戦艦と違い、空母はその甲板に一発の砲弾なり爆弾が落ちただけで戦闘能力を喪失する。艦内に揮発性の高い航空燃料を大量に持つことから火災にも弱い。

 空母の特性を活かすためにはレーダーを装備した数隻の空母を中心に、対潜・対空能力をあげた駆逐艦で輪状に幾重にも守り、高速油槽船と高速輸送艦を伴った部隊として初めて機動部隊として機能するのである。


 ハワイ沖海戦の惨敗と北海海戦の結果をふまえて、敵の装備と戦闘方法の分析が行われた。

その結果、彼らは巨大戦艦を一隻も造ってない可能性がある事。これは彼らの披露した戦艦の規格外の高速性能。不自然に情報を隠さなかった事、また、ハワイ沖海戦での大量の噴進弾の使用からも推定された。

 砲撃戦を全く行わなかったのは、航空機から誘導する噴進弾の方が精度が良いためであろうし、音響誘導魚雷でスクリューや舵を破壊できるなら、大鑑巨砲は低コストで陸上攻撃ができるくらいしか意味がなくなってしまう。また、同じ排水量の戦艦と空母を比較すれば造船費用と時間も空母は1/3以下となるだろう。だとしたら戦艦を持つ必要性は全くなくなってしまうのだ。

 この事はその後の偵察により、彼らの軍事拠点に戦艦や巡洋艦が見当たらず、巨大空母と駆逐艦しか無かったことにより裏付けされた。思えばあの時点でアメリカを仮想敵とみなし、アメリカ海軍の軍事戦略を誤った方向に導こうとしていたのかもしれない。そう考えれば軍備をイギリスから購入していた国が突如巨大戦艦を造れたのも当然である。ハリボテであったのだから。戦艦を一撃で爆沈させたのも何かトリックがあったのだろう。


 更に誘導爆弾と音響魚雷は既にドイツが実用化している事。イギリスから入手したレーダー技術を積極的に索敵に利用しているであろう事。

 噴進弾の技術は優れているが、飛翔している姿を見た者達の話から大きさを推定すると、固形燃料で飛び、飛行距離は射程距離はおそらく100キロ前後。戦艦の艦砲より遥かに長射程ながら、航空機を使って何処かで誘導しているはずなのでそれを撃ち落とせば無効化できるはずである。そして質量のある砲弾と違い、20センチを超えるような装甲板を破壊することは難しいと分析された。

 また、敵の通信分析より、日本と同盟国の海軍は12から14隻の空母を待ち、その拠点は日本本国のクレ、ハワイ、トラックの3箇所である事なども判明している。また、敵のラジオ放送の受信により日本、ハワイ、フィリピン、インドネシアの言語と文化の解析も進んだのである。


 日本軍に対抗するためアメリカ海軍の再編はダイナミックに行われ、6つの空母機動部隊が編成された。

 いかに優れた工業力と無尽蔵の資源を持つアメリカといえど、2年間の間に10万トン級の空母を30隻も作る事はできない。大西洋艦隊はドイツと戦い、イギリスと蒋介石、更にスターリンへの援助も行っているのである。

 残っていた戦艦と巡洋艦、駆逐艦は大西洋に全てまわし、大西洋には護衛空母のみ配置した。護衛空母とは商船ベースで20機程度の艦載機を搭載。主にUボート対策や艦隊の護衛任務に当たる1万トン級の空母である。スピードも低速で本来の艦隊任務に同行するには物足りない。

 だが、空母を持たず主にUボートとポケット戦艦による通商破壊を主軸においたドイツ海軍と渡り合うには充分であった。

 新たに2種類の中型空母、3万トン級、33ノット、80〜90機の艦載機を積む空母と2万トン級、33ノット、60〜70機の艦載機を積む2種類の空母を量産。

船体と飛行甲板の大きい3万トン級に急降下爆撃機と雷撃機を、2万トン級に戦闘機を積み分けることにより艦隊として日本の巨大空母に対抗するものとした。艦載機はエンジンを強化、機体も小型化し、収納時主翼を折りたたむことにより搭載する機数を増やした。

 一緒に行動する駆逐艦はソナーと、機雷の代わりに、イギリスから買い取ったヘッジホッグと呼ばれる前投式の対潜迫撃砲を搭載。新たに開発された近接信管を使った砲弾と高射砲、2連装4基8門。対艦兵装として4門の魚雷発射管を搭載して隙間に40ミリ対空機銃が隙間なく配備されており、自身もヘッジホッグ( ハリネズミ )

となっていた。本来駆逐艦はちょっとした輸送から対潜哨戒、輸送船団の護衛、陸上砲撃、魚雷を使えば戦艦にも対抗できる何にでも使える万能艦であったが、艦隊駆逐艦として空母を守る事に特化した護衛専用艦とされていた。艦載機があれば戦艦も沈められるし、使えないならレーダーで発見し次第優速を生かして逃げれば良いのである。

 

 3万トン級空母3隻、2万トン級空母3隻、駆逐艦30隻を機動部隊の核として、油槽船3隻と必要に応じて予備航空機を積む輸送船2隻を追加、これを護衛する駆逐艦6隻からなる補助艦隊を付属させる機動部隊が6部隊。戦闘機240機、急降下爆撃機150機、雷撃機120機と輸送船にそれぞれ予備機を50機ずつ持つ空母機動部隊が6部隊。負ける事はありえないアメリカの誇る無敵の艦隊であった。

 

 

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