世界大戦-5

 キンメル提督は、実は今回の作戦に懐疑的であった。彼はこの時代の世界中の海軍軍人のほとんどと同じ、戦艦こそ海軍の華であると考える鉄砲屋ではあったが、決して無能でも頑迷でも無かった。無能な人間がアメリカ太平洋艦隊の司令長官になれるはずがない。

 

 海戦史を海軍大学で専攻した彼は一般の海軍軍人より日本に対する知識を持っている。

 日本とアメリカの関わり合いは、西へ西へと向かったアメリカ開拓者が、西海岸に達して太平に至った時に始まる。更なるフロンティアを求めて太平洋へ進出しようとしたアメリカ合衆国の前に立ちはだかったのが日本なのである。

 アメリカが広大な太平洋に拠点を求めようとした時、その全てが日本と同盟国の物となっていた。そして、そこで食料や水、石炭を得ようとすると彼等から恐ろしく高額で買う羽目となった。軍艦で脅そうとしたが、通じず、何回か行われた大艦隊による威圧は、何故か途中で跡形もなく消えてしまっている。不思議なことにそれらの事実は問題となる事も無かった。

 過去に日本と戦った艦隊の記録で公式に残っているのは1890年のロシア帝国と戦った物のみである。この時のロシア艦隊は完膚なきまでに負けている。

 さらに古い話になるが、16〜17世紀頃、海の覇者であったスペイン艦隊、オランダ艦隊、イギリス艦隊が日本艦隊と戦って負けたという都市伝説のような話は伝わっているのだが、公式な記録は一切残されていなかった。


 また、海戦とは全く関係ないが、最近アメリカと日本にわずかな接点があったらしい。イギリス経由で申し込み、許可を得られた者は、ハワイに渡ることができ、そこで非常に高額ではあるが、ミカドの秘薬を使った治療を受けられる。それにより死病が治ったり、延命できるという事で膨大な国富が流出したらしい。

 

 かなりの広範囲を支配下に置く、日本と同盟国であるのだが、イギリス以外とは鎖国状態にあり、しかもそのイギリスとも日本がイギリスからほぼ買い入れるだけという偏った貿易と国交があるだけで、特定の場所しか開放されていない。

 とにかく日本の事が全くわからない。移民など認めていないし、そもそも日本の本土に上陸した白人は300年以上居ないと思われる。

 潜入しようとした冒険者や諜報員もいたが、誰も帰ってこない。大体、日本語がわかる人間がいない。どこで学ぶのか彼らは英語、スペイン語、中国語など流暢に操るため、交渉などに日本語が使われない。同じように見える中国人やマレー人を雇って、フィリピンやインドネシアに潜入させた事もあるが、やはり帰ってこない。

 最近建国された日本の友邦である満州帝国、東ロシア帝国、東エルサレム共和国から黄金の国、ミカドという神の末裔に支配される神秘の国。かつてミカドに屈服した魔王ノブナガを信仰する魔王崇拝が行われているといった怪しげな情報が漏れてくるのだが、20世紀の話とはとても思えず、どこまで信用して良いのだかわからない。

 

 キンメル提督が考えるに、アメリカ合衆国はよく知らない相手を一方的に非難して、戦争を行おうとしているのである。

 日本は、軍備はイギリスから買っていて、大戦中にイギリスに頼まれて行った軍事行動でもイギリス製の軍艦を使っている、ロシアと戦った時もイギリス製の戦艦で戦った。その時のイギリス製の戦艦と巡洋艦で戦う日本海軍は鬼神の如き強さであったとロシアでは記録されている。これも不確実な情報であるが、その前にロシアと日本陸軍は国境をめぐって何度か会戦しているらしい。

 そして10年前に突然、55センチ砲を積む10万トン級の戦艦を造った。しかもその時の技術資料は機関以外はイギリスに対し公開されており、その技術は我が国の戦艦にも利用されている。だが、機関技術を公開しなかったのは何故なのだ。戦艦にとって砲や防御より機関が重要だというのはわからない。もちろん、我々の戦艦が20ノットしか出せないのを見れば、30ノットを出したという彼等の機関が革新的な技術を使っていた可能性はあるのだが。ただしアイオワ級は公称10万トンであるが、日本の尾張より砲も砲数も大きく装甲も厚く実は12万トンある。

56センチ9門の発射をするために艦の横幅も尾張より一回り大きく、仮に尾張が革新的な機関を持っていて、それをアイオワに積んだとしても25ノット出るか出ないかであろう。


 とにかく、敵のことがよくわからないのに、劣等人種のアジア人などアメリカ軍の威光の前に即座にひれ伏すであろう、みたいな雰囲気が蔓延している。日本、ドイツ、イタリアの全体主義国家を倒して人民の解放をみたいな事を言っているが、日本が全体主義かどうかなんて誰も知らないし、一括りにされているが、日本は他の2国と国交すら無い。

 ルーズベルト大統領も宣戦布告した日本には直接戦おうとしているが、同じドイツとイタリアに対しては、大西洋で通商路確保のために、Uボートを沈めようとしているが、イギリスに対して武器や軍需物資の軍事支援をしているのみである。

 この戦争は見かけ上の大義すらなく、日本と戦う事を目的に行われている気がする。そしてそこに民意とかとは別の意志の力を感じるのである。

 さらに言えば、ここ数十年、世界平和のために、日本を倒そうみたいな論調の新聞記事が繰り返し出て、議会でも度々取り上げられていたりする。国交すらないのに。いったいどこから出てきた話なのだろう。そして誰もその事に疑問すら抱いていない。


 アメリカ艦隊がハワイとアメリカ大陸のほぼ中間点に来た時、竹中提督は戦闘開始を命じた。まず、潜伏していた潜水艦隊と、潜水艦掃討任務についていた4隻の駆逐艦に命じて先行していたアメリカの潜水艦群を殲滅。ハワイ周辺からアメリカとの中間地点には、聴音器が網の目のように敷設されており、対潜哨戒機も多数飛行している。そのため数日前よりアメリカの潜水艦は全て監視されていた。潜水艦による対潜攻撃のできる日本の潜水艦にとって、姿が丸見えで、潜望鏡深度で魚雷を発射するしか攻撃能力の無いアメリカの潜水艦は何の脅威にもならなかった。

 次いで竹中提督はアメリカ艦隊の500キロ先まで進出。通信を行う。


 それは唐突に始まった。強力な電波で日本軍から平文の通信が入った。


 「即時に武装解除し、降伏せよ。1時間以内におこなわれぬ場合、殲滅する」


 受信した電波の強さより、日本艦隊はすぐ近くにいると思われる。今までも索敵を行って来たが、隙間を通ってきてしまったようである。それを言っても始まらないので、とにかく準備をするしかない。しかし、なぜ敵は戦う前から降伏勧告なんかして来るのだ?。

 直ちに艦隊は戦闘体制に入り、キンメル提督は足の長い36機のデバステイター艦上攻撃機を雷装させて、威力索敵機として電波の来た艦隊の北西に向けて飛ばした。次いでF4F戦闘機が艦隊上空に上げられ、即応できるようにドーントレス艦上爆撃機が空母の甲板上に待機する。敵が見つからないまま1時間が経った時、東の方角からそれはやってきた。50発を超える噴進弾が艦隊に向かってくる。そしてそれは正確に軽巡と駆逐艦を襲う。

 キンメル提督は悪夢を見ているようであった。突然周囲の駆逐艦に何かが突っ込み、爆発。駆逐艦が海に消えてゆく。10分後に第二波が来て、全ての駆逐艦と軽巡が波間に消えた。


 ハルゼー中将は怒り狂っていた。バカにしたような降伏勧告の後、アメリカでは実用化もされていない噴進弾によって駆逐艦と軽巡が沈められた。戦闘機が発進して、艦爆の発信が始まった頃、艦の後方で爆発が起こり艦速がガクッと落ちる。機関室から連絡があり、スクリューと舵がやられたようでり、航行不能であるという。見渡せば全ての戦艦、空母、重巡の艦尾で爆発が起こっており、重巡の一隻は沈み始めている。これでは合成風力が得られず、戦闘機はともかく、重い艦爆や艦攻は発進できない。

どうやら魚雷攻撃を受けたらしい。

 ただ、通常は動いている艦に対しては、魚雷は斜め後ろもしくは斜め前の両側から狙うのが望ましい。逃れられないからである。後ろからスクリューを狙うなんて聞いたことがない。大体どうやったら艦尾のスクリューだけ狙えるのだ。潜水艦からの魚雷だと思われるが、そのために駆逐艦と軽巡を沈めたのだと気付いても、もう遅い。

 太平洋艦隊には敵潜水艦を見つける手段は戦闘機と現在飛行中の、偵察に出ている魚雷を積んだ攻撃機しかない。見つけても爆撃機が飛べない以上、戦闘機に、小型爆弾を積んで爆撃させるしかないのだが、対潜攻撃の訓練を受けてないパイロットが、対空低速飛行の苦手な戦闘機で攻撃しても効果があるとは思えない。

 要するに攻撃の手段が無いのである。それでも牽制位にはなるかと、慌てて艦爆を収納して戦闘機を甲板にあげて爆装しようとするが、正直間に合うとは思えない。


 索敵に出した艦攻の1機の連絡が途絶えた。ハワイの北北東に向かっていた艦攻である。

 ハルゼーは上空に上がっていた全ての戦闘機と残りの戦闘機を爆装させて敵にに向かわせたいと上申。キンメルはこれを了承した。

第1攻撃隊として爆装した戦闘機90機が日本艦隊のいるであろう方向に向かった。そして索敵に出ていた、艦攻を呼び戻し、燃料に不安はあるものの、これに戦闘機30機を付けて第2攻撃隊として送り出し、戦闘機20機を艦隊防衛のため残した。

 急降下爆撃とちがい、戦闘機にできるのは緩降下爆撃であり、しかもパイロットはろくに爆撃訓練などは受けていない。動いている艦に当たるのは至難の業であろう。戦闘機による爆撃がどれほど敵に打撃を与えられるかというと、キンメル提督も自信はなかった。艦攻による雷撃も35機では大戦果はとても期待できない。だが、キンメルには差し当たってできる事が無かったのである。


 第2攻撃隊の隊長、デバステイター艦上攻撃機に乗るビル・ウィリアムス少佐は敵艦隊がいると思われる方向に向かって飛んでいた。国を出る時には、劣等人種の日本軍など、アメリカ艦隊の前では手も足も出ないだろう。艦隊の威容だけで降伏するかもしれないと言われていた。だが、現実にはどうだ。手も足も出なかったのは我々であった。 全てが当たるわけではないので、艦爆の35本の短魚雷でどうにかなるとは到底思えないが、流石に一発も撃たずに負けるのは軍人としてのプライドが許さない。せめて一発なりとも敵の戦艦か空母にお見舞いしたいと思っていた。


 第二次攻撃隊を率いるウィリアムス中佐は、左上方に敵の編隊を発見との報告に敵編隊を確認するが、直後に飛んできた噴進弾が攻撃隊を直撃した。スピードが違いすぎて逃げることは不可能であった。しかも、噴進弾に意思があるようにこちらに向かってくる。3波にわたる攻撃が終わった時こちらの残存機数は戦闘機を含めて20機を切っていた。中佐の機体は生き残っていた。運が良かったとしか言いようがない。そうだ操縦士のボールドマン大尉は優秀だが、生き残ったのは噴進弾がこちらに向かって来なかったからである。ウィリアムス中佐は部隊に撤退を命じた。その時上空から何かが降ってきた。四散する愛機と意識の中で彼が最期に見たのは、とんでもないスピードですれ違う銀色の機体とそこに描かれた赤い丸であった。

 

 キンメル提督は悩んでいた。第1攻撃隊、2次攻撃隊共に敵襲を受けたという報告の後、連絡がつがないのである。いくらなんでも、全機落とされたとは考えられないし、だとしても何らかの連絡くらいはあるだろう。いや、艦隊の今の状態をみれば、想像すらしなかった事が起こっている。接敵後に一方的にやられて、連絡する余裕もなく全滅した可能性も否定できない。


 そんな中、再び日本艦隊から通信が入る。艦を全て渡して無条件降伏しなければ、後方300キロにいる輸送艦を全て沈めるという。戦闘艦の自沈は認めない。全て引き渡す事が条件であるという。引き渡す艦に何かの細工がしてあった場合も皆殺し。ジュネーブ条約なんて知らないと言っている。降伏した艦を沈めるのは非道だが、降伏してない敵艦を沈めるのは問題ない。これはジュネーブ条約がどうこうという問題ではない。ましてや後方の輸送船は武装した兵士を運んでいる。単なる商船ではないのである。 ブラフではない。日本軍がそれをできない理由は一つもないのである。これまでの戦闘を見るに、輸送艦隊の護衛についている駆逐艦など何の役にもたたないだろう。


 日本艦隊に勝利した後のハワイ上陸に備えて太平洋艦隊の後方を航行する輸送艦隊には海兵隊だけで4万人近く乗船しているのだ。攻撃を受けた場合、果たして何人が生き残れるのか?沈めた後、日本軍が救助をしてくれる保証は無い。その気があっても何万人も救助できるはずもない。流石に降伏した艦を攻撃しないだろうと輸送艦だけ降伏させようと思ったが、どういうわけか、後方の輸送船団と通信ができない。もちろん本国とも連絡不能である。発光信号でハルゼー、スプルーアンスを集めて相談したが、名案がある訳も無く、護衛のために飛んでいた戦闘機を着艦させ、キンメル提督は降伏に同意したのであった。


 通信ができない為、航空機の操縦のできる参謀以下数人が輸送船団に向かい、水上に不時着。輸送船団に乗り込む。輸送船団の司令官であるハリー・クルーガー少将を説得。この際、護衛に付いていた駆逐艦6隻のうち2隻が離脱しようとしたが、雷撃を受けて沈没。残りの駆逐艦にはどこから雷撃されたのか全くわからなかったため、その後抵抗する者はいなかった。

 日本艦隊から連絡があり、アメリカ艦隊の前に駆逐艦が現れた。その姿は、アメリカ海軍の常識からすると異様な姿であった。砲は1門1基しかなく、甲板には何に使うのかわからない装置が設置してある。魚雷発射管も見当たらない。艦橋を含む上部構造物は大きく、駆逐艦と言われなければわからなかったろう。


 降伏文書に署名し、海兵隊の乗ってきた輸送船と、駆逐艦4隻、何隻かの輸送艦の荷を投棄してそこに戦艦や空母の乗員を乗せてアメリカ太平洋艦隊の乗員達は母港サンディエゴに帰港することになった。油槽船と、武器を積んだ輸送船は取り上げられた。

 怒りのあまり、ハルゼー中将は船上で謎の皮膚病を発症。高熱を出して寝込むことになった。高熱にうなされる彼がうわごとで言い続けた「KILL JAPS」 は瞬く間に艦隊に広まった。

彼等はまだ闘争心を失ってなかったのである。


 ルーズベルト大統領は激怒していた。海軍のトップである、海軍作戦部長のアーネスト・キング大将を呼びつけて怒鳴りつけ、早急に今回の責任者を追及し断罪する事を求めた。

 最新型の戦艦5隻を含む大艦隊が、1発も撃つことなく降伏し、しかも戦艦5隻と空母4隻、重巡洋艦3隻が拿捕されてしまったのである。世界の海戦史を見ても、これほど酷い負け方をした海軍は存在しない。いや、海戦にもなっていない。一方的に日本海軍にやられただけである。

 報告書を見る限り、高速で飛翔し、艦に直撃する噴進弾、艦のスクリューを直撃する魚雷など、信じがたい兵器が使用されたらしい。ドイツで開発されているという磁気探知式誘導爆弾や噴進式ロケット弾、英国で開発されている音響魚雷が日本軍に渡った可能性について言及されているが、劣等民族の開発能力を考えれば、あり得る話である。我々より優れた技術を日本人が開発できる筈がない。 

 英国と日本は昔から関係があるし、同じ全体主義の国家としてドイツと裏で繋がっていても不思議ではない。敵対関係にあるイギリスとドイツが仲良く技術を日本に与える理由はないが、日本自体はどちらとも交戦関係には無いのである。東南アジアのゴムなどの軍需物質などと引き換えに技術を得た可能性は否定できない。二股をかけるような卑劣な行はいかにも日本人らしい。

 ひとしきり怒りを発散して落ち着いたルーズベルトは、腹心の国務長官のコーデル・ハルを呼んだ。


 「海戦の処理はどうなった?」


 「すべての将兵には箝口令が敷かれております。ただし、人の口に戸は立てられますまい。

負けた将兵、特に海兵隊の戦意は旺盛です。できるだけ早く閣下の口から国民に、国民の望む真実を告げる必要があると愚考いたします」

 「それと関係しますが、ハルゼー中将の

 KILL JAPS は軍の流行語になっております。お腹立ちとは存じますが、彼の更迭は見送った方がよろしいかと。軍の士気を落としかねません」


 「それはわかっておる。合衆国は建国以来、戦争で負けた事は無いのだ。たかが小さな海戦に一回負けただけで揺らぐものではない。今回の事の原因は、汚いジャップから奇襲を受けてしまった事に尽きる。海軍作戦部長のキング提督も、今後は高性能ソナーを装備した駆逐艦が大量に必要だし、大型艦に高性能レーダーを装備する事は絶対必要であるとの意見書を上申してきている。技術開発部門の予算の増額と戦時増産法の成立を急がねばなるまい。それに、日本軍の技術は何ら合衆国に劣るものではない事がわかった。国力の差から言っても我が国の勝利は疑いないものであるが、短期決戦で圧勝して降伏を促すオレンジ計画は大幅に見直さなければなるまい。英国を巻き込んで、なんとか日本包囲網をつくれないものか」


 「経済的に孤立させるのも、周りから包囲して孤立させるのも、もともと鎖国して仲間内だけで経済を回していたような国ですから、難しいですな。今でも自分たち以外との貿易はあまり行っていませんし」

 「ただ、日本の同盟国は日本の陰に隠れて表に出てきません。合衆国から宣戦布告を受けても、全く動きが無い状態です。ソビエト経由で多少情報の入ってくる東ロシア帝国と、満州帝国、東野エルサレム共和国も日本が無くなったら、自立する事は出来ない国々です。日本一国を叩けば、他は皆従うという予測は変わりません」

 「ヨーロッパでは、英国一国が何とかナチスと対抗している状態ですが、今の支援だけでも早々にナチスに降伏するような状態ではありません。陸軍国のドイツには5万トン級の戦艦が2隻あるだけで、空母も持っておりません。その3隻も母港から動いておりません。ナチスの支配下に入ったフランス海軍も、ナチスと組んでいるイタリア海軍も地中海から出る気配はありません。大西洋はUボートに対抗するために、護衛空母と駆逐艦を充実させれば充分かと思われます。大西洋艦隊の大型艦を太平洋に移動させ、更に全生産力を太平洋艦隊再建に当てても大丈夫かと思われます」

 「更に閣下の御許可を頂ければ、ソビエトを東ロシア帝国と東エルサレム共和国に攻め入らせる工作を加速させたく思います。流石にそちらに火がつけば日本も戦力のかなりを西に向けざるを得ないでしょう」


 「ソビエト工作の件は了承した。あとは、私の方から英国に日本に技術協力を行わないように釘を刺しておこう。大西洋艦隊の再編と太平洋への移動はキングに検討させよう。駆逐艦増産に関しては、君の方で計画書を上げる手配をしてくれ。あと、ミサイルの開発部門の拡張と予算の増額を。迎撃も含めて考えなくてはならないから、かなりの規模になるはずだ。

必要なスタッフを集めたまえ。それと私の国民向けのラジオ放送の原稿を早急に準備してくれ」


 ハル国務長官はルーズベルト大統領の前を退出した。先程の話は国務長官の職務を完全に超えたものであったが、今の合衆国にそれについて文句を言う者はいない。それ程彼の権力は大きなものであった。

 自室に戻って、彼は煙草に火をつける。

よしよし、計画は順調にだ。アメリカと日本は完全に敵対して共に国力を落とすだろう。

 確かにアメリカ合衆国は現時点では世界最強の国家であろう。だが、実情はほとんど分からないとはいえ、日本の国力も侮れない。あの大英帝国が遠慮する程なのである。今回も、英国の外交官達からは、あの国にちょっかいを出すなとか、寝ている子を起こすなとか、忠告を受けた。理由を尋ねてもはっきりした理由は無いようだ。まるで幽霊を怖がる子供のようである。だが、彼は日本とアメリカを戦争にもってゆかねばならない訳があった。

 彼はボルシェビキの細胞であったのだ。しかも、若い頃ヨーロッパでレーニンと出会い、議論を交わして直に薫陶を得た程の共産主義者であった。彼的には細胞というより、まさに同志であった。

 彼は労働組合と関わる事も無く、時には共産主義者を圧迫する事も厭わず、黙々と権力の中枢を目指した。彼が目指したのはアメリカにおける共産党の結成などではなく、戦争で国力を低下させたアメリカにおける共産革命と、その後のソビエトとアメリカなど二大共産大国による世界共産革命の主導であった。そのためにはドイツ、英国、日本は要らない。中国はアメリカの中華民国支援が無ければ、毛沢東が共産革命を成功させるだろう。

 スターリンは小物であるが、亡き友レーニンの正式な後継者である。多少の問題を持つ人物ではあるが、それを助ける事に躊躇は無い。スターリンを助けるのではない。ソビエトという国を共産主義という思想を助けるのだ。

 アメリカ太平洋艦隊の実質的な消滅は、全く想定外であった。日本がそう簡単に降伏するとは思わなかったが、アメリカが大敗するとは思わなかった。だご前向きに考えよう。これで短期に戦争が終わり、合衆国が日本勢力を傘下に入れて一強となる流れは完全に無くなった。太平洋艦隊の壊滅位ではアメリカは全く揺るがない。戦争は長引きアメリカも日本も消耗してゆくだろう。そして、それはアメリカの労働者の覚醒を促すに違いない。

 


 

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