世界大戦-2

 俺の名は織田信幸。将軍職にある織田家の嫡男である。西暦1910年、明治43年の今年、

海軍大学に在籍中の22歳。若きエリートだ。

コネやズルじゃないぞ。俺は自分で言うのも何だが、優秀なのだ。

 その日、学生食堂で昼飯を食った俺は調べ物をすべく図書館へ向かった。第2校舎と第3校舎の間を通って、教練場の脇を通って塀沿いに。

 その時、妙にデジャヴのある衝撃が来た。

地震だ。体が浮く。倒れてくる塀を避けて俺は後ろに下がる。いや、下がろうとしたが、誰かに後ろから押される。倒れた塀が俺の上に崩れてくる。

 

 身体中が痛い。頭が割れるようだ。目を開けるとそこは病院のベッドの上であった。頭は包帯でグルグル巻き。首と右手と両足がギプスで固定されている。

 助かったのか。確かにあの時誰かに押された。俺を狙う者がいるのか。織田の嫡男とはいえ、家督も継いでない。俺を殺しても弟達がいる。


 家族は無事なのか?左手のところにある、コードの先のスイッチを押す。すぐに看護婦が来て、俺が目覚めたのを確認。医師がやってくる。あれこれ調べ、大丈夫なようですね、ご家族を呼びましょうと言って出てゆく。

 1時間ほどして、母と弟妹たちがきた。父上は公務中なので、後で顔を出すそうだ。リハビリ込みで、2ヶ月位で退院の予定だそうである。後遺症は残らなそうだが、かなり重傷らしい。

 

 次の日も、何人かの友人が見舞いに来たあと、そいつが病室に入ってきた。海軍大学の講師。

織田家の家宰を代々務める松永家の嫡男。

松永康秀である。そいつをみた時、俺の口から自然に言葉が漏れた。

 「よう、弾正。随分若返ったじゃないか」

その途端、ひどい激痛と共に、何かが大量に頭の中に入ってくる。目の前がホワイトアウトして俺は気を失った。


 再び目覚めた時、目の前に弾正がいた。

 「上様、お久しゅうございますな」


 「300年ぶりと言いたい所じゃが、感覚的には昨日の今日じゃ。あの節は世話になったのう。こんな状態でなければ、その素っ首、我が手で即刻叩き落としたいところじゃ」


 「いやいや、上様が蒔いた種は上様が刈り取るべきかと考えましてな」


 「何故あの時死ねば、俺が再び戻ると考えたのだ?」


 「そんなものはござりませぬ。ふと思いついた年寄りの勘というやつです」


 「俺はふとした思いつきで殺されたという訳か。あの時、天井に細工がしてあったような気がするのだがまあ良い。で、俺がベッドの上でこうなっているのは何故じゃ?」


 「地震で崩れ落ちた塀の下敷きになったからでございます」


 「避けたつもりの俺が下敷きになったのは何故じゃ?」


 「わたくしめが、突き飛ばしたからでございましょうな」


 「ほほう、ではなぜ突き飛ばした?」


 「上様を覚醒させるためでございます」


 「何故、織田信幸が俺だと思った?」


 「顔が瓜二つでありますな。更に包帯に隠れて見えませぬが、上様の額の傷があったあたりに痣があります。実は当時の上様の部下の何人かが同じように覚醒しており、上様の覚醒を待っております。上様を待つ我等が揃っておりますのに、そこに上様だけおらぬ筈がありませぬ。今こそ上様の蒔いた種の結果を刈り取る時と考えましてございます」


 「では、幼少の頃より、溺れ死にしそうになったり、崖から落ちたり、車に轢かれそうになったり、その他諸々何度も死にかけているが、あれは、うぬが仕組んだことであったのか?」


 「御意」

 

 このクソガキ、いつかこの手で殺してやる。

前世で死ぬ瞬間に誓った言葉を改めて噛み締めた俺であった。

 若かったので、傷の治りは良かったが、リハビリなどもあり俺が退院したのは2ヶ月後となった。

 退院した俺を迎えた父は譲位し大御所となった。主上にお目にかかり、伝統に則り、名古屋城の大広間で部下一同を集め謁見儀礼を行う。

 同じく家督を継いだ松永弾正が言葉を発する。


 「織田信長公、御帰還にございます」 


 広間を埋める沢山の人間が平伏する。頭を上げいという弾正の言葉で一堂顔を上げる。

皆若いが、どこかで見たような顔ばかりだ。

 黒岩、羽柴、柴田、滝川、毛利、長宗我部、大友、竹中、九鬼、軍神もいる。


 「ものども、ご苦労であった。儂は再び世を変え、人の世に太平をもたらすために戻ってまいった。皆の者、再び力を貸してくれい」

 一同、再び平伏する。こうして俺はまた新たな転生人生を始めたのであった。


 さて、この300年。食料生産を増やし、病死を減らし、結果、人口を増やして現在本土に1億2千万人、樺太からカムチャッカ、シベリア東部、アラスカ西部に3000万人。

 全員がある程度の教育を受けている。世に存在する科学者や技術者のうち、全世界の70%以上がわが国と友好国に存在すると考えられている。基礎教育を受ける機会がほぼ国民全員に与えられているため、技術者や科学者を生み出す分母の数が桁違いなのである。実現可能な物がわかっているため、無駄の無い技術革新をすすめた結果、技術の進歩は外の世界に対し40年〜50年のアドバンテージを持つようになっている。既に人工衛星の打ち上げに成功し、原子力発電所はもちろん、大陸弾道ミサイル、原子力空母、潜水艦、ジェット戦闘機、追尾式のミサイルやら魚雷やら、原爆まで所持している。真空管の時代ははるか昔、初歩的な物ではあるがコンピューターもできているし、フィリピン、インドネシア、オーストラリア、太平洋諸国も日本に準じた超先進国になっている。


 そして、松永一族の底力というか、執念を感じるのは、この事が欧米世界に漏れていない事である。

 電波が漏れにくいよう、テレビやラジオはケーブル放送とデジタル放送となり、そこでは西欧の侵略によってアジアやアフリカがどんな目に遭っているかが時たま伝えられ、自分たちの国を守るためには、徹底した秘密主義で、気付かれないように力を蓄えなければならないと放送しされている。

 それとともに海外に潜入した情報員が、西欧の植民地の様子を隠れて撮影してきたものが流されていれば信ぴょう性も増す。ただ、うまく編集されたそれらのニュースでは、我が国と諸外国との技術力がとんでもなく離れている事は一般国民には伏せられており、我が国が彼らの国を植民地にできる程の武力を持っていることなどは気づかせない。太平洋国家連合やフィリピン、インドネシアなど同じ意識を持つ国々で経済ブロックを作っている複数国家による集団鎖国状態ではあるが、多民族の複合体であるためか変な閉塞感も無く、情報統制に対する不満や不審なども生まれていない。

海外からSNS経由の情報が伝わることはないのである。


 言うまでもなく、国内に流れる情報を抑えているのは、一応我が国の建前は民主主義であり、何かの拍子に国民全員が世界征服を願うような事になったら止めようがないからである。そうなると本来の目的から大幅に外れてしまう。そんな事のために我らは再転生したわけではないのである。


 織田信幸として、暮らしていた時は気づかなかった事であるが、覚醒してみるとわかる。鎖国し孤立しながら技術力を高め、諸外国にはそれを悟られず、しかも国民にすら全てを伝えないのに不満を抱かさずに目標に向かって皆で進んでゆくという今の状態を作るために、長きにわたって恐ろしいほどの努力と才能。卓越した組織力、資金が費やされている。そしてその組織は海外まで網の目のように張り巡らされている。そうでなければこんな事は不可能なのだ。はっきり言って世界征服でもした方がよっぽど効率が良いというレベルの仕事がなされているのである。


 弾正にこの事を言うと、さすがは上様。

わかる人はわかりますなぁと、とても自慢げである。

 

 「まず資金面ですが、兵士は国家公務員ですから、人件費は別にして名目上将軍家に対し国防費としてGDPの1%が予算として降りてきます。しかしそれは表向き。織田家裏予算は表の国家予算の数倍に達しております。

 「実はあまりに複雑化しているため、知る者はごくわずかですが織田家こそ地球上最大のコングロマリット。金融に関しても、西欧のユダヤ系資本など足元にも及びません。その根は欧米まで伸びており、彼らは知りませんが彼の地の巨大財閥のいくつかは織田家の支配下にあります。アメリカとヨーロッパを一瞬にして大不況にする事も可能なのです」

 「その財力でもって、最新鋭、最高の武器や装備を開発して装備しているのであります」

 「日露戦争の時など、大変でございました。

英国から購入した軍艦を魔改造。密かに潜水艦を多数投入して、戦艦や巡洋艦の艦砲で勝ったように見せかけて、殲滅戦を行いました」

 「世界の金と軍事力、技術は織田家が握っていると言っても過言ではございませぬ」

 「しかも、しかもです。世界が裏では織田家に支配されている事など織田家の当主も含めて誰も気づいておりません」

 「これだけの下準備をするのに、代々の松永家の人間が300年以上、血の滲むような努力をしてきたのです。全ては上様が再来される事を信じて我らの全てを捧げてきたのです」


 前からこの男は頭の良い馬鹿というか、何かを勘違いしている天才というか、ある種の変態だとは思っていたが、松永の家は350年間歴代そうであったらしい。織田家がそんな力を持っている事を、歴代の織田の当主達も知らなかったのも何となく納得である。地位と名誉はあるものの、織田一族は相変わらず質素な生活をしているし、家訓は滅私報国。自分達を国を守るための機関の一つであると教え込まれて育ってきている。松永家も優秀だが、金儲けの下手な貧乏士族である事は世に有名だ。

 こいつらは織田家も巻き込んで、金と情報、人間を支配して、影の支配者ごっこに350年もの間、血道をあげてきたという事だ。やはり正気の沙汰ではない。350年前俺が言ったことを忠実に守ったと言えば聞こえが良いが、その金と努力の使い先を少し変えれば今頃、世界統一政府くらいできていて、宇宙にはコロニーが浮かび、白い木馬や巨人、赤いほうき星が宇宙を駆けていたかもしれない。


 「で、弾正君。俺は思うんだが、俺なんかいなくても、君は世界を自由にして太平の世を築けるんじゃないかな?」


 「何をおっしゃるうさぎさん。白人の優越感を地に落とし、万民平等の世を作るには、数多くの犠牲が必要となるは必定。わたくしめも数千、数万の死者を出すくらいならそれも戦と思えますが、数千万、億の民を皆殺しにするような鬼畜な真似は無理でございます。これはやはり皆殺しの第一人者、織田信長公無くしては実現不可能。しかも人の心を折る戦いこそ、上様の真骨頂。上様程、私利私欲なく、一片の良心の呵責無く殲滅戦のできるお方はありませぬ」

 「そして、ことを成し遂げて絶頂の上様を我が手で葬る。これぞ我が一族の美学の極み。松永一族350年の悲願でございます」


 完全に自分の世界にトリップしている。最後のは聞かなかったことにしてやろう。いや、聞きたくない。私利私欲の無い皆殺しってなんだ?訳がわからん。

 しかし、こんなシステムを、世界中を巻き込んで350年もかけて構築してきたのなら、それはそれでひとつの人類の成果であろう。せいぜい利用させてもらおう。

 こいつは、俺を殺すために他人を使ったり、俺を陥れたりは絶対しない。そんな事をしたいなら俺を覚醒させなければ良いのだ。今世でも最後の一歩手前までは、最も信用に足る、俺の忠実な部下であろう。

 

 俺のなさねばならぬ事は、アメリカ一国の突出、ソビエト連邦の巨大化と中国の共産化を阻止。欧米の民主主義こそが至高いう考えを是正する事。中東に白人達がちょっかいを出すのをできるだけやめさせて、植民地支配を減らしてゆく。そして参加条件のある国連の設立といったところか。

 核を持った国の拒否権だの、国連における金で買える一票など衆愚政治の極みであろう。力の差がありすぎる国際社会の集まりで平等に一国一票は決して平等ではない。そのためにも大国の突出は望ましくない。

 共産主義が全て失敗出会ったのは、織田信之世界での壮大な実験で明らかであろうし、欧米的な民主主義や資本主義が唯一の正義であり、すべての国で受け入れられるわけではないというのも事実であろう。夢のような話だが、多様な価値観を持った国々がそれを他者に押し付ける事なく共存できるならそれが一番望ましいと俺は考える。


 こんな事が全部ができるとは到底思えないが、まぁ、できることをやって、争い事より平和の方が良い事を教えて、あとは皆が自主的に考えだした方向で行くしかないだろう。強権により上から与えられた自由や権利、平等や平和は根付かない。血を流して勝ち取ったものだけが、後の血となり肉となるのだ。

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