戦国-10

 文禄元年。俺は今年60歳になる。帰蝶や生駒をはじめとする妻や、子、孫たちも健やかであり、まことにめでたい。ありがたいことである。国内の戦さが無くなり、世は太平。陸軍は高齢となり退役した将兵の補充を少し絞り、海軍は現状ではフィリピンを始めとする保護領をわが国が守らねばならないので拡大。

 国民に教育もその大切さも行き渡り、俺の知識だけを元に歪に発展した科学技術を、学問的に体系化する作業が進んでいる。国土の広さと気候の関係で食糧生産に限界があるため、どこかに上限はあるものの、人口は増え続けている。もしかしたら、世界最大かもしれない。少なくとも名古屋の人口は世界最大だと思う。小型の発電機はできて、軍艦などに積み始めているが、電気はまだまだこれからの分野である。


 海外の保護区で、現地の人達との交流が盛んである。まずはこちらの事を知ってもらわねば。彼らが自主的に国を作るのは、いつになるかわからないが、焦らない。王国制だろうと共和制だろうと、自分達で血を流して作り上げた制度で無ければ根付かない。

 我が国も、いずれ身分制度を撤廃、選挙なども行い、武士階級以外からも政府の運営に、公式に優秀な人材を参加させなければならないが、これも俺一代では無理。後の世代に託さねばならない。


 北方の領土拡大については、北方開発部の長となった羽柴秀吉が、最後のご奉公だと言って樺太に居を定め頑張っている。この地域は申し訳ないが、ロシア人が東進してきており、ロシア帝国が成立するとさらに加速するだろう。

人口の少ないこの地域で自主的な国ができるのを待っていると、ロシア領になってしまう。

我が国の国防の観点からも、申し訳ないが、ここは保護領でなく日本国の一部とさせてもらっている。希代の人たらし羽柴秀吉は、現地でも愛されて尊敬を集めている。相手の立場で政治のできるやつなのだ。この世界では、子沢山で家族にも恵まれ、老害の気配もないようである。

 ただ、まだ緩い監視を行なっている情報部の報告では、現地妻を数人持ち、子を産んだものや妊娠している者もいると言う。俺も負けるなと弾正がけしかけるが、流石に子はもう要らぬ。


 風呂上がりや仕事が終わった後の冷えたビールは俺にとって最高の癒しだ。正直、目指してはいたが、生きているうちにまたこんな事が出来るようになるとは思っていなかったというのも本当である。まだ、俺の周囲の一部の者だけの特権であるが、いずれ皆で楽しめるようになれば良いと思う。


 海上貿易の世界では、イスパニアが、衰退傾向に向かい、イギリスが勃興しつつあるが、今現在、インド洋からアジアの間で1番勢力を持っているのはオランダである。元はイスパニア王に統治されていたが、貿易や商業で力を伸ばし、独立した。我が国とイスパニアの戦争を知らないわけでは無いのだろうが、イスパニア船団が消えてしまったこともあって、自分たちの勢力が増大するにつれ、時間と共に忘れてしまったようだ。

 フィリピンとインドネシアの利権を譲れとか、手助けしてやるから共同統治にしようとか

両国への植民を認めろとかうるさい。オランダ商館長兼大使もどき(我が国はオランダに大使館など置いてないので)に、うるさいからやめろと忠告したのだが、大使もどきでは上層部に意見がとどかないのか、更に露骨な要求が酷くなってきて、挙げ句の果てに、上陸して掠奪などを始めた。

 流石に放置はできず、沿岸警備隊を使って沈めた。逮捕はしない。海賊は沈めてフカの餌と言うのは古来からのお約束である。

 向こうが20年進歩しているなら、同じ期間でこちらは30年分進歩している。沿岸警備隊でオランダの戦艦と充分以上に渡り合える。というか、簡単に沈められる。

 技術者や研究者の数も段違い。進歩すべき方向が定まっていればそのスピードは格段に早くなる。


 10隻ほど沈めた所で、オランダは大型の軍船50隻と武装商船からなる100隻以上の大艦隊を派遣してきた。フットワークが良い所をみると、掠奪を行なっていたのは私掠船で、威力偵察をしていたのかもしれない。軍船は大型で、砲数も多く、艦数からいっても、国の威信をかけた艦隊であろう。

 

 これに対し巡洋艦6隻をもって、夜戦で挑んだ竹中提督は一晩のうちにその全てを海の藻屑に変えた。秘密裏に消し去れという日本政府の意向を汲んだ竹中提督の戦いは完璧であり、日本側の公式記録にも残らず、オランダ側の証人もいないため、このジャワ海海戦は歴史には残らず、ヨーロッパの歴史にはオランダ艦隊の謎の消失事件として記録されるのみである。

 大艦隊を失い、オランダの勢力は弱体化し、スペインからオランダと移ったインド洋からアジアの海の覇権は徐々に次のイギリスに移ったのであった。


 信忠は将軍位を信光に譲り、自分は大御所となった。これを機に俺は完全に引退した。弾正に命じて隠居の為の屋敷を建てさせ、覚書を書きながら、ガソリンエンジンの製作に没頭している。帰蝶や生駒達は、子供達といることを好み、別居生活で、今身の回りにいるのは召使い達と弾正と弥助だけである。

 ただ、田舎に隠居したわけでは無く、名古屋の街の中に居住しているし、妻達も遊びにくるし、同じく世代交代しつつある津久井嘉之介達が訪ねてくるので、身の回りは相変わらず賑やかである。


 硝酸、硫酸、塩酸、アンモニアなどが大量に作れるようになった。化学の夜明けである。

いずれ、肥料や様々な医薬品、無煙火薬。夢は広がる。

 一部で有線ではあるが電信の試験設置も始まっている。並行して無線も開発中。声を送ったりはまだ無理だが、ツーツートントンのモールス信号でもできればとても便利になる。


 明国の海軍が海賊を追って、対馬に上陸した。実際には海賊は対馬に来ていないのだが、倭寇が日本人だと信じている (この時期の倭寇はほとんど明国民であるのだが) 明軍は同朋の倭寇を匿っていると思い、対島に上陸。阻止しようとする警官隊と戦闘になり、双方にかなりの死傷者が出た。戦国の世は遠い過去ではない。天下泰平がなったとは言え、戦国の気風は色濃く残っているし、警官隊とは言っても、皆元兵士である。湾岸警備隊の分隊が来るまでに、派手な戦闘になったのだ。

 逃げ帰った明軍の軍艦は、再び多数の軍艦で対馬にやってきて降伏と補償を求めた。

軍艦とはいえ、ガレオン船と違って、大砲は積んでない。多少の鉄砲と槍や弓を持った沢山の兵士を乗せた輸送船である。多少威力がありそうなのは手榴弾の原型と言うか、手投げ砲と言うか、炮烙玉である。

 今の我が国と同じで、明国は海禁と言って、国としては鎖国状態にあり、西洋人との付き合いも少なく、海軍としてはかなり遅れていた。

 海軍が出張るまでも無く、博多の湾岸警備隊に散々にやられ、講和となったのであった。

女真族の南下により、弱体化していたとはいえ、腐っても大明国。負けても降伏はしない。講和である。金がないのか、銀を1万両と琉球と台湾を下げ渡すという条件で講和となった。

 そもそも、琉球は朝貢貿易をしていただけで、明国の属国でも属領でも無い独立国であるし、台湾も勇猛な諸部族がたくさんいるため、ごく少数の明国の商人が住んでいるだけで、実効支配してたわけではない。ふざけた話だが、これで明国は琉球と台湾に手を出す口実を失った事になるので良しとした。

 

 ところで、明智光秀。存在が確認された。

市井で連歌の師匠をしていたらしい。弾正が神隠しにしますか?と言ったが、必要はないと答えた。義輝が生きていたことで、俺の人生と光秀の人生は交わることがなかったのであろう。

 

 慶長6年。俺は今年70歳になる。あっちこっち痛いし、朝起きると、何故か疲れ果てていたり、前程飲めなくなったし、食えなくなった。

要するに一般的な70歳である。まだ、名古屋と地方の差は大きいが、国全体としては間違いなく発展してある。飢饉で死ぬ者もいないし、病で死ぬ者もだいぶ減った。信之の歴史の慶長6年とはかなり違うのだが、おそらくあまり違わない異世界である信之世界と今の世界は俺の介入により、大きく変わってしまった。だが俺は後悔していない。俺の中で織田信之とこの世界の織田信長が一緒になった事でこの世界が変わったのなら、この変化は必然であったのだと思う。

 

 炬燵で蜜柑を食いながら、弾正と弥助に、なんだかんだ言って面白い人生であったよ。としみじみ言ったら、弾正に上様は種を蒔かれただけではございませんか。実って、刈り取って喰ってみなければ、本当に美味いか不味いかはわかりますまい。と言われた。特に病気もないし、年齢なりに健康なのだが、普通に考えれば俺の寿命もそれほど残ってはいまい。残念ながら結末を見る事はできないが、これはもう仕方ない。桃栗3年柿8年、尾張名古屋は300年であろう。300年後の俺の子孫たちはどう生きているのであろう。銀河帝国は無いにしても、スペースコロニーくらいは作っているかもしれない。


 ガソリンエンジンが出来た。嬉しくて自動車を作った。井桁に鉄骨を組んだフレームにチューブ無しのゴムを塗っただけのタイヤとハンドルと舵と簡単なブレーキをつけただけである。

 馬車の方が速い。だが、面白い。嬉しくて走り回っていたら、すぐに壊れた。

 大名達をスポンサーにつけ、第1回尾張グランプリを開催した。完走できれば勝ちみたいなレースであったが、大変ウケた。ウケ過ぎと言っても良いだろう。早速来年の第2回の開催が決まり、現段階の技術データは公平に渡したので、各チーム、切磋琢磨する中で技術の蓄積ができるだろう。受けついでに、各地に野球のチームを作り、対抗戦を行った。戦がなくなって、闘争心の行き場がなかったのか、これは瞬く間に大人気となり、数年でプロリーグが組織された。名古屋球場で夏場に提供されるビールは、

大人気となった。


 その日は朝から変な天気で、雲がほとんど無いのに雷が鳴ったり、黒猫が3匹並んで目の前を横切ったり、いつも右足から草履を履くのに左足から履いてしまったり、何かいつもと違う日であった。

 弾正に話したら、不吉だから家に居ろというので、外出の予定は中止して炬燵に入ってゴロゴロしていた。部屋の角では弥助が正座している。俺より日本人らしい。俺の正面では弾正が何やら書いている。

 

 そしてそれは突然起こった。ドンという腹に響く音と共に炬燵ごと1尺浮き、今度は横に2尺も瞬間移動した。バキツとも、ズシャだともいえぬ音と共に建物が天井から崩れてくる、慌てて部屋から飛び出そうとした俺の視界の隅に、俺より年長の弾正が腰を抜かしているのが見えた。

 弾正の所に戻り、弾正の手を引き部屋を飛び出す。天井は今にも崩れそうだ。危機一髪部屋から出たと思った途端、俺と弾正の体が入れ替わり俺は部屋の中に投げられる。これは合気の術、しかも熟練の手だれの術だ。部屋に投げ入れられた俺の上に弥助が覆い被さる。だが崩れてくる天井は止まらず、太い柱や厚い板が固まって落ちてくる。

 最上階なのに何故天井にこんなに重量物が?

と一瞬思ったがもうどうにもならない。

 それを弥助が背中で受け止めたが、支えきれず、俺は圧死する。最後に俺の目に入った弾正の顔は口角が耳元まで切れ上がった、幸せな悪魔のそれであった。

 俺の最後の思いは、男と抱き合って死ぬとは、弥助には悪いが何か嫌だなぁというものであった。

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