戦国-3

 酒の蒸留成功から3年経った。酒はかなり良いものとなり、高そうな瓶に入れて熱田神社や津田神社のお札を貼って売った事もあり、プレミアムな酒として少しずつ売れ始めている。まだ投資した分は大幅にマイナスであるが、これは俺が説得して儲けのほとんどを再投資に回しているからでもある。酒はともかく、将来の酒の販路のために整備を開始した流通網と情報連絡網、マーケティング、経理の見直し、在庫管理などの効果が思いの外大きく、それによる商い拡大と増収は蒸留酒による儲けなどどうでも良いほどの規模となり、美濃屋は数年のうちに尾張の物流の要どころか東海から近畿にかけての流通を支配するような豪商となった。目立つのを避けるため、俺と美濃屋で尾張屋を設立。リスクヘッジと更なる流通路の拡大を目指した。コンピューターどころかまともな通信網も無いため、本店支店方式で美濃屋を拡大してゆくのは限界があると判断してのことだ。酒の販売のために始めたが、既に各地の物産の流通がメインとなり、簡単な為替業務も行っている。収益も増え、熱田と津田の景気は空前の活気を呈している。元々尾張は遠く平安の頃より経済拠点として栄えており、蓄積された富と人の繋がりはきっかけを与えただけで大きく発展する素地はあったのだ。

 更に近々、親父殿に税制の透明化と公平化を進言しょうと思っている。現在領内では、市を開こうとすると領主、寺、神社、などあちこちからピンハネされる。橋一つ渡るのに架けたやつが一々銭を取るため、関所もあちらこちらにあり物流を邪魔している。せっかく東西の要にある尾張という地の利を全く生かせてない状態なのだ。これがうまくゆけば、石高で勝る大大名とも互角に張り合えるはずである。

 俺は今年吉良大浜で今川勢と対陣、初陣を果たした。酒やら尾張屋絡みで少し遅くなった初陣であった。

 景気の良い織田を狙い今川、松平(徳川)、美濃の斉藤勢がちょっかいをかけてくるが、親父殿は中々の戦上手で隙を見せない。

 戦も結局経済力のある方が強いのだ。周りを敵に囲まれているが、全国の戦国大名は皆そんなもんだ。今更気にもならない。

 銭の流れる方向に人は流れる。美濃屋と尾張屋から入ってくる資金で、お勉強会というか俺の私塾を母体に織田科学研究所を設立。これは更に将来参加に教育機関なども設立して大幅に拡大する予定。とりあえず、金になりそうな醤油、味醂の製造研究の他、将来の為に農業技術と品種改良、農機具の改良、冶金術、製鉄技術の研究。医学の研究などを始めようと思っている。薬でもできれば、熱田大神の秘薬として高額で売り出そう。

 俺があれ程苦労して作った教科書は半年ほどでマスターされ、今年から領内から頭の良い子を集めて作った学校で本来の小学校教科書として使われている。研究所の人間はいくつかの専門分野に分かれ、更なる研鑽を積んでいる。俺の助言により、半年に一回、研究者達の発表会を開く予定である。全く違う分野でも他に役立つことがあったりするからである。

 

 更に俺は今、鍛治職人を集め、最近話題の鉄砲を作っている。火薬については、木炭と硫黄は日本で取れるが、硝石は明国からの輸入である。作れなくもないのだが、堆肥や、古畳に小便をかけたものから発酵を利用して作るとなると膨大な時間がかかるのだ。アンモニアから硝酸を作ってなんてのも可能だが、基礎的な生産力と知識が圧倒的に足りない。

 輸入にあたっては、美濃屋と尾張屋の支店を九州に作り、そこを拠点に交易を行なってく予定だ。金と銀の交換率では、日本は異様に金が安いためかなり流出してたので、周りの商人達にも情報を教え、交易協会を組織して金銀の流出防止に努める予定。これは織田家の為でなく、将来俺が統一した日本の為である。 

 で、鉄砲。未来では鉄砲と言えば信長、信長と言えば鉄砲なのだが、伝来は5〜6年前。今はまだ色物扱いで、主流武器ではない。ただ、その有用性に気づいている大名も多く、資金のある者は集め始めている。何せ伝来して一年で国産品ができているのだ。

 織田家にも数丁あるのだが、流石に家内制手工業。恐ろしく精度が悪い。しかも弾も適当で鉛だったり鉄だったりする。弾が銃口より大きければ入らないので、概ね小さめ。火薬も大体で入れるので、毎回飛ぶ距離と弾道が違う。弓のように上達に10年以上かかるものと比べれば良いのであろうが、なんとも効率が悪い。

 

 俺はまず鍛治職人をはじめとする、職人衆を集め、製鉄技術の向上を図った。たたら製鉄は高品質の日本刀を作るには向いているが、武器の大量生産には不向きである。いずれ反射炉を作りたいが、材料も知識も足りない。とりあえずはふいごの改良、タタラの大型化、砂鉄採取方の改良などて我慢するしかない。

 同時に領内の単位を統一化。標準器を導入、治具、工具、測定用の定規の統一をした。量の標準化は税の公平化と、透明化にも役立つ。そして、設計図を描き、分業制にしてできるだけ同じ部品を作ることにした。

もちろん、材料の材質も同じものを使い安定させる。最終的にバラツキのない製品を目指したのだ。

 弾も現場で作るのではなく、椎の実型の物を重さを統一して制作。火薬も早合という、紙で包んで定量をすぐに詰められるものとした。薬莢は作れないが、使用する火薬の定量化により射撃の精密化が可能になる。銃床もグリップだけでなく肩で支えられる形として銃身に装着できる脱着式の脚も考案した。これをつけて、うつ伏せ撃ちをするだけで、精度が全然違う。

 規格外のものは銃身にアルファベット彫り、銃床を一般的なものにして、華美に飾り付けをして、イスパニア製の特別品だと言って、美濃屋と尾張屋経由で東国で売った。戦国時代とは言っても、東国は西から見ればまだまだ平和である。国中で鉄砲自体が足りていない現在、東国では鉄砲はまだまだ入手困難なのだ。それにイスパニア人は東国には多分いないので、偽物であるとばれるリスクは少ないとかんがえたのもある。製造元は偽りありだが、実際、一般的に流通しているものより仕上げも精度も良く、耐久性も高いためとんでもない値段で売れた。これを一丁売ると、規格品の織田軍制式小銃が10丁以上作れる。笑いが止まらん。

 生産と同時に次期主力となる予定の雷管式の銃、可能なら雷管付き薬莢を持つ後装式の銃や連発銃の開発を開始している。黒色火薬の先は現在見えないのだが、ガラスの試験管一つ作れない現状では仕方ない。黒炭の代わりに褐色木炭を使った燃焼速度の遅い褐色火薬で我慢する。燃えかすや煙は変わらないが、銃の耐久性も良くなるし、暴発なども減るし弾と銃身の密閉性をあげられるため飛距離も伸びる。これは織田家の最高機密である。それと美濃屋の九州の支店経由で錬金術の書籍を輸入できないか交渉中。錬金術によってできた失敗したものには、何に使えるのかわからず作ったが、有用なものがたくさんあるのだ。あと、現地の何人かの人間にはスペイン語とポルトガル語を学ばせ始めた。商売にも役立つので無駄ではない。

 

 多忙ではあるが、たまに暇な時には街に出て、血の気の多いやつを見つけては喧嘩を売っている。こっちは、無頼の格好をしているが、俺以外は訓練している兵士だ。負けない。使えそうなやつは俺の親衛隊に勧誘。農家五男とかで、威勢の良い水呑百姓決定みたいなやつも勧誘してるし、俺がいない時でも幹部格の子分がリクルート業務に勤しんでいるので、数年のうちに2000人以上の職業軍人だけで構成された俺の直属親衛隊ができる予定だ。


 織田家の重臣や古参の家来のほとんどは親父殿と共に末森城にいる。俺のところは比較的若いやつや、重臣の次男、三男が多いため割と好きにやれている。ただ、織田家にはまだ頭が硬い者が多い。殖産振興、鉄砲登場により変わる戦い方への対策、情報網の整備等、俺のやっていることが理解できる者は少ない。

 今の所親父殿と相談して、全てを行っているし、領内に関しては圧倒的なカリスマ性を持っているので誰も何も言わないが、親父殿が倒れでもしたら、内乱になる可能性もある。結果を見せてから周囲に改革を知らしめようと思っていたが、変化の方が大きすぎて間に合わないかもしれない。何か考えなければいけない。

 

 殖産や武器とは関係ないが、マニラかどこかで育てられていたイスパニア産のブドウの苗と、サトウキビの苗が手に入ったので植えてみる。知多半島は温暖である。育つと良いなぁ。

情報収集の隠れ蓑にもなるので、貿易路を通じてあれこれ取り寄せてみる。鰹節のようなものがすでにあったが、この時代にはまだできていない。今は無理でもいずれヒントを与えて工夫させれば鰹節を使った出汁の料理は食べられなそうである。煮干しはあるし、トビウオを干したものが手に入ったので、とりあえずは満足である。椎茸もあるし、昆布は蝦夷から輸入されているので、普及させれば料理のバリエーションが増えるだろう。

 醤油はまだ、のようなもののレベルだ。魚などを発酵させた醬もあるが、平成に流通していたも物のように洗練されてない。今の所味噌を作るときにできる「溜まり」が一番味が良いのだが、醤油かが懐かしい。でも、研究を重ねれば、そう遠くない将来、のようなものからほぼ醤油になる気がする。

 信之であった頃、仕事がらもあり、旅行のついでにあちらこちらで、食品の工場の見学をするのが好きだったのだが、こうなるとは思わなかったので、なんとなく覚えているくらいの知識なのだ。直接口を出せる程の力はない。まぁ、今更悔やんでも仕方ない。時間もないし方向だけ示して他のやつにやらせた方が効率が良い。


 なんで俺が未来知識を解放して弾けているかと言うと、去年弟の信勝が流行病で死んだからである。

 血のつながった弟ではあるが、人生が変わるほどショックを受けたわけではない。元々ほとんど一緒に生活していないし、特に最近は親父殿が古渡から末森城へ本拠を移したため交流は更に少なくなっている。だいたいこの時代、戦だけではなく、結構風邪を拗らせたくらいの事で人が死ぬ。身の回りの親しい人にもも亡くなった人が結構いるのである。

 なんで信勝の死で俺の人生が変わったかというと、この信勝、俺の知識では将来親父殿が死んだ後、林秀貞や柴田勝家と共に俺に叛旗を翻し俺と敵対するのだ。今死ぬ人間ではない。

 それと松平竹千代が俺の前に現れない。将来の徳川家康である。俺の8歳下で、今川無人質になる前に数年織田の人質となって俺と面識を持つはずなのであるが、影も形もないのである。

 俺の調べによれば、今川家と松平家は古くから姻戚関係を持ち、同盟関係にある。松平家の跡継ぎが人質になるような関係ではない。また三河に松平竹千代という男はいたが、人質でもなんでもなく12の初陣以来、大人顔負けの体躯で戦場を駆け回り大将首をいくつも刈った、現在は松平元信と名乗る俺より2歳年下の猛将である。他に松平竹千代を名乗る者はいない。松平元信が将来小太りの狸親父になるとは思えない。

 信勝の死は蒸留酒のバタフライ効果という可能性が絶対無いのかと言われると否定する根拠はないのだけれど、松平竹千代は絶対違う。信之がこの世界にやってきた時、既に生まれていたのだ。つまりここは異時代でなく魔法こそないが、異世界であると言うことだ。

 放置しておけば、俺は本能寺の前に桶狭間で松平元信に首を取られかねないということなのだ。まぁ、歴史を変えないなんて気は元々無かったし、信勝の事もなんとかなるだろうと言うか、何にも考えてないと言うか、変に未来知識を広めて地雷を踏んで、俺の存在が消えちゃうと嫌だなぁとか思って遠慮はしていたが、何が地雷なのかがよくわからないので、酒や調味料など俺の生活を豊かにするだけで、時代の変革とか、天下統一とかに関係なさそうなものにちょっかいを出していたのである。

 ただ、異世界なら遠慮無用。主人公が未来知識で無双するのはラノベの定番、お約束。多少の科学知識と商社での勤務経験のある俺が時代の革命家織田信長になったのはこれは運命だろうという事で好き勝手をする事にした。それに出来ることなら桶狭間でも死ぬのも、畳の上かも知らないが、本能寺で焼死したり、討死するのは嫌である。

 もちろんこれには、儲けを抱え込まずに俺に投資してくれている美濃屋の存在は欠かせない。確かにこの数年で商いは拡大し、巨大なリターンがあった。だが、海の物とも山の物ともわからない俺の話に気前よく金と人を出してくれた美濃屋無くしては何もできなかったはずである。


 そんな頃、旅の主従だという3人連れが城に現れた。俺に会いたいという。俺の知らない京の貴族の紹介状を持っているという。俺は知らないが、親父殿の知り合いの貴族かも知らないので無碍にもできず、会ってみることにする。

蝮道三郎と名乗るその男は、うちの親父殿と同年輩か。眼光が只者ではない。親父殿と同じようなオーラを纏い、妙に迫力がある。どう考えてもこいつは斎藤道三。蝮道三郎などといかにもな名前を名乗ってるが、俺に捕まって人質にでもされたらどうするつもりなんだろう?人並外れた胆力には敬意を払わなければならない。とは言え、

 「美濃から遠路はるばるご苦労にござった。土産の京の反物も結構なものでござった。ありがたくいただき申すよ」

 俺の皮肉に対して

 「なんの、噂に高い織田三郎信長殿に御目通りが叶うならこれ程の幸せはござらん。つまらん土産しか用意できない我が身を恥いるばかりでござる」

 こう言って平伏する。何を考えてる蝮の道三。

 「道三郎、しばらく、こちらに滞在して、見聞を広めたく思うのでござるが、ご許可願えないでござろうか?」

 どうあっても、道三郎で通すらしい。まだまだ俺では迫力負けしてしまう。大将自ら諜報活動とも思えぬ。現状、道三が死ねば美濃一国など簡単に周囲から蚕食されてしまうだろう。

 まぁ、仮に美濃勢が攻め込んできたところで、撃退する自信はある。道三を特別に警戒しているわけでもないが、織田領内の繁栄を見て、ちょっかいを出す大名もあろうかと、あれこれ仕込みもしてあるのだ。


 一応親父殿にも報告したが、道三郎殿として来たなら、道三郎殿として歓待すればよかろうとの言葉。自分の所に来たわけではないから、こちらへ連れてくるのは不要との返事が来た。

 洒落には洒落で答えよという事か。

今まで何度も命懸けの戦をしている間柄なのに、我が親父殿も豪胆な事だ。

 許可も出たので、俺流に歓待する。軍や兵器工房、研究所は見せられないが、一緒に連れ出して街で喧嘩や相撲。食べ物も船で運ばれてきた珍しいものから、猪や鹿を狩って焼いたり鍋にしたり。酒も蒸留酒から、試作中のとんでもない味の物まで試飲した。70度くらいある酒を試飲させた時、吹き出したので笑ったら、意地になって飲み干した。その後ぶっ倒れたので死ぬかと思って大いに焦った。

 一月程遊んで、帰る時に俺の作った拳銃型の鉄砲を土産に持たせた。細工は豪華で出来は良いが、織田軍の秘匿兵器の火打石式ではない従来の弾と火薬を使う火縄式であるが、大いに喜ばれた。


 道三が帰って二月ほどして、親父殿の所へ道三から使者が来た。娘の帰蝶を嫁にもらって欲しいという。

 俺の組織した情報部の分析では道三と嫡男の義龍の仲が悪くなり、道三が義龍を廃嫡する動きがあるという事。道三が蝮なら、義龍は大蝮であり、性格は冷酷無惨、並外れた頭の切れと相まって、道三がやや不利。娘の帰蝶を溺愛している道三は自分が敗れた場合、義龍が他の兄弟を皆殺しにすると考えていて、保険として帰蝶を俺の嫁にしたいのではないかというものであった。

 道三の他の男子としては実子と認めてない長井道利は義龍のブレーン。その下の孫四郎と喜平治は穏やかな人柄で、戦国大名としては線が細く、文人系。とても義龍と渡り合えるような者達ではなく、更にその下に2人ほど幼児がいる。

 また、義龍は道三の実子でなく、道三の旧主、土岐頼芸の子であるとの噂があるが、年齢から言うと考えにくい。ただ、道三がどう考えているかは不明であるという。

 どうも俺の知っている令和に残る斎藤龍興像と違うようであるが、なんせ何百年も前の話だし、俺の令和と今が繋がってない以上、徳川家康と同じで、全く別人のようなキャラでも不自然ではない。

 

 蝮親父は嫌いでは無いし、恋愛結婚なんて戦国武将ではほぼあり得ない。別に好いた女がいるわけでもないので、嫁をもらうのも構わない。大国美濃と縁戚関係になれば今川、松平に対する牽制という意味でも大いに利がある。だが、蝮の描いた図の通りというのも少ししゃくにさわるが、これはうまく動けば将来美農一国が手に入るのでは無いか?俺は引き続き監視を続けるように命じて、親父殿と話し合う。

 ここ数年戦い続けであった親父殿はちょっとお疲れでのようで美濃との婚姻外交を喜んで承諾した。ここ数年で懐も豊かになったので、金持ち喧嘩せずという心境になったのか、これで暫くでも美濃がおとなしくなれば、今川と松平に専念できると思ったのか、その辺はわからない。

 天文19年、俺は斎藤道三が娘帰蝶を娶った。多分、信之世界の結婚より何年か遅いはずである。

 初めて、帰蝶を見た時、俺は心から震えた。な、なんちゅー美女。あの蝮の血なんて一滴も入ってないんじゃないか?俺ならこんな娘がいたら絶対嫁にやらない。この時代の美人では無い。二重のお目目ぱっちり、顎は細く、口元の小さな黒子がたまらん。そして何よりこの時代にはまずいない巨乳。胸の目立たない着物を着ていても隠しきれない。

 見た瞬間、俺は道三をお父様と呼ぶのになんの躊躇もなくなった。いや、是非お父様と呼ばせてほしい。


 帰蝶はツンデレでも無く、胸は大いに自己主張してるが、大人しい気性の優しい女であった。夢のような新婚生活であったが、幸せの中で、一つ思い出した。

 確か、あと何年かで親父殿が病死。5〜6年で蝮のお父様が討ち死にするはずである。そして、俺の帰蝶も多分病死か何かで死んでしまうのだ。もちろん、信之世界の過去ではないので、同じ経過をたどるかはわからないが、何か手が打てるなら打っておくべきであろう。歴史の改変とかを気にせず、好きなように生きる事を決めた俺としては俺の知識を使って家族を守らない理由はひとつもない。なんとかできるものなら、なんとかしよう。俺だって信勝のように、若いうちに病死しないとも限らないし、帰蝶のような嫁さんなんて、失ったら二度と出会えない気がする。蝮のお父様の事は別に考えるとして、俺のやるべきは文明開化ならぬ文明進化である。とりあえず医学を発展させなければ。進化した文明は魔法と区別がつかないとか言った人がいるらしい。魔法が無い異世界に転移した主人公は自分で魔法を作って無双するしかないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る