31. 真相

 姿を消したのは佐原だけではない。

 これまで取材をした者たちも、連絡が取れなくなっていた。


 椛島健太郎の妻、椛島裕子は1週間前から行方不明となり、失踪届が出されていた。田所恵三の孫、田所雄太郎は妻と共に失踪しいてた。

 一番衝撃的だったのは、明石屋マグラである。


「3日前、明石家さんのオフィスで原因不明の火災が発生。火災当時、オフィスには明石家さんがいたそうですが、遺体は発見されていないそうです」


 2023年7月上旬。

 私は安達氏、そして卒制を終えたばかりのミオを含めて、緊急会議を開いていた。佐原の身に起きた出来事をすぐに伝えたのち、念のため、これまでの取材相手の安否も確認を取ってもらっていたのだ。

 予感は的中した。これまでの取材相手も行方がわからなくなっていた。

 おそらくみんな、自分でも気づかないうちにツナラを食べていた。そして、ツナラとなったのだ。


「なぜ、いまなんでしょう」

 

 ミオは問いかけるように云った。


「津奈島災害が起きたのは5年前です。佐原さんたちが広めていたシラス……、つまりツナラの稚魚はその頃から全国で養殖され、出荷されていたはずですよね。もしも、ツナラを食べた人間がツナラとなるなら、私たちはとっくにツナラとなっていたはずですよね」


「相手は神様なんだろ? 神様には神様の都合があるんだろうさ」


 安達氏はぼやくように頭を掻いた。 


「自分が呪われるのはさ、別にいいのよ。こういう商売だもの。勲章みたいなもんよ。でも、視聴者も巻き添えってのはなぁ」


 安達氏はどこまでも心霊ホラー番組のディレクターらしい意見を述べる。

 私も感覚としては、安達氏に近かった。

 自分がある種の呪いを受けた状態となったことについて、最初はショックを受けたものの、徐々に受け入れることができた。


 それよりも問題なのは、このまま取材を続けるべきか、それとも中止にすべきなのか、という点である。

 取材相手は次々と消えていき、SNSのアカウントには連日、津奈島の夢を訴えるDMが届き続けている。

 現状は『トリハダQ』が、ツナラの呪いに加担しているような格好となってしまっているのだ。それを認識してなお、我々は取材を続けるべきなのだろうか。


 安達氏は中止にすべきだと主張した。


「番組制作の責任は僕にある。取材の続行によって、被害が拡大するというのなら、僕はそれを止めなくてはならない。視聴者とスタッフの安全を守るためにもね」


 安達氏の主張は極めて真っ当である。企画の立案者である私自身、取材を中止すべきだという安達氏の意見には全面的に賛成だった。

 だが気になる点はある。


「本当にそれで、ツナラの呪いは止まるんでしょうか」


 ここで取材を続けようが、止めようが、すでに我々はツナラの一部となっている。こうして話しているいまも、ツナラになってしまうかもしれない。

 であるなら、このまま取材を続けて、真相を突き止めるという選択肢もあるのではないか。


「人間にわかるような理屈で怪異が動いてくれるかね。久住ちゃんが続けるなら止めないけどさ」

 

 番組としてはこれ以上の協力はできない。

 それが安達氏のスタンスだった。ミオも安達氏の意向に異論はないようだった。


「せっかくやらせてもらった仕事です。最後まで取材して、視聴者のみなさんにお届けはしたいです。でも、もう私たちの手に負える範疇の話じゃなくなってしまったのかなと……」


『トリハダQ』の協力はこれ以上は受けられない。この分だと、連動企画として進んでいた今回の取材をまとめた書籍の出版計画も見直しせざるを得ないだろう。

 致し方ないと思う反面、やはり諦めたくないという気持ちが私の中には残っていた。怪異への恐怖以上に、最後まで足掻いて事態の本質を見極めたいという欲求のほうが上回っていた。


 それにどうしても確認したい点もあった。

 佐原が私に送ったメッセージである。

 

 ――千尋がいた。


 佐原はツナラとなる前、千尋を目撃していたのではないか。

 だとすれば、豊田千尋はいまも生きているのではないか。


「仮にそうだとして、どうやってそれを追い求めるんだい? 肝心の目撃者はもう消えちゃってるんだよ?」


 安達氏は云った。


「第一、豊田千尋の立ち位置も謎だよね。佐原の体験談を見る限り、ツナラ側の人間のようにも思えるけど」

「だとしても、ツナラ信仰の中心に彼女がいたのは間違いないんです。もしも彼女に接触できれば、真相の解明にもつながるかもしれない」


 津奈島災害の日。津奈島では本当はなにが起きたのか。

 なぜツナラを食べていないはずの島民たちまでも消えたのか。

 ツナラの本当の目的はなんなのか。


 もしかすると、ツナラの呪いを解く方法も見つかるのではないか。


 しかし私の意見に、安達氏もミオも同意しなかった。


 打ち合わせは長引き、午後2時を過ぎたため、一旦、昼飯を食べるために休憩を取ることになった。


 私はご飯を食べる気にならず、喫煙室でタバコを吸いながら、思案を続けた。

 考えていたのは、豊田千尋のことだ。


 豊田千尋は一連の体験談の中で言及され続けている。キーパーソンであるのは間違いない。しかしこれだけ取材を続けてもなお、私は彼女の人となりを掴めていなかった。彼女がなにを感じ、なにを想い、ヒメコを務めていたのか。津奈島にどんな感情を抱いていたのか、なにも知らない。


 わかっているのは、千尋という人物が家族想いだったということ。

 その点に関しては、千尋と大学の同窓だった早瀬優香も、島を訪れた結城教授も、おなじ証言をしている。


 私は優香の証言を思い出していた。

 楽しそうに千尋との思い出を語っていた優香の証言を。

 

 ――実家にいる妹に写真を送っていると云ってました。家族を大事にしてる真面目な子なんだと思いましたよ

 ――いろいろメイクの仕方も教えたりしたんですよ。意外と垂れ目のメイクも似合うんですよね、この子。


 私はタバコを吹かしながら、優香の証言を反芻する。

 このとき、ある考えが頭に浮かんだ。最初は思いつきに過ぎなかった考えが次第に明確な形を成し、ひとつの推論に至る。


 自分の推論が本当に正しいのか。

 検証するために、私はまず優香に連絡を取った。その後、『トリハダQ』のオフィスに行き、事務の職員にあることを確認してもらった。


 ちょうど昼休みを終える頃に検証は終わり、推論は確信に変わった。


 打ち合わせを再開するため、会議室に戻ると、ミオが先に椅子に座った。

 安達氏は戻っていなかった。


「ごめんなさい。本当は最後まで一緒にやりたかったんですけど……」


 ミオは申し訳なさそうに頭を下げるが、感謝したいのはこちらのほうだ。ミオの機転や気遣いに何度も助けられた。


「ミオさんや安達さんの決断なら仕方ないよ。もともとは私が持ち込んだ企画だ。気にしないで大丈夫だから」

「そうですか……」


 ミオは項垂れながらも、部屋の時計を見る。まだ安達氏は打ち合わせに戻ってこない。


「安達さん、遅いですね。いつも時間ピッタリに来るのに」

「しばらく来ないよ。私が頼んだから」

「頼んだ? どうしてですか?」

「ミオさんに訊きたいことがあってね」


 私はひと呼吸おいて、云った。


「ミオさんなんだろ。佐原が会ったっていう千尋は」

「はい?」


 ミオは怪訝そうに私を見つめる。私は平静を保ちながら、話を続けた。


「君のその垂れ目は、メイクによるものだろ。本当は綺麗な吊り目をしているはずだ。お姉さんにそっくりな目を見て、佐原も君をお姉さんだと勘違いしたんだろ」

「あの、久住さん。なにを云ってるんですか」

「早瀬優香さんに連絡を取って、写真を見せてもらったんだ。豊田千尋に垂れ目メイクをした際の写真を。いまの君の顔にそっくりだったよ」


 あれだけ千尋をキーパーソンだと考えていたのに、『彼女』の存在は頭から抜け落ちていた。津奈島災害により、『彼女』も行方不明になったと誤解していたからだ。


 しかし佐原の証言では、最後まで『彼女』のことは語られなかった。おそらく佐原は『彼女』に会っていないのだろう。

 

 少なくとも災害の発生2カ月前まで、『彼女』は島を離れていた。それは津奈島災害発生時も変わらなかったはずである。

 だから、普段のメイクを落とした『彼女』の顔を見た時、佐原は千尋だと勘違いしたのだ。結城教授の日誌にも書かれていたはずだ。千尋と『彼女』の顔はそっくりだと。


「君は知ってるはずだ。我々の知らないツナラのことを。豊田千尋のことを。だから、君の話を教えてくれないだろうか――豊田珠代さん?」


 ミオは唇を固くかみしめていたが、やがてすべてを諦めたように悪戯っぽく笑った。


「あーあ。バレちゃいましたか」


******


水城珠代ミオ。それがかつて豊田珠代たまよと呼ばれた少女の現在の本名である。

 

 水城の苗字は父方である豊田行雄さんの旧姓であるため、おそらく父方の祖父母の家に養子としては云ったのだろう。また名前は漢字の読みだけなら、市役所に届け出を出すだけで簡単に変更ができる。

 これらの点はさ『トリハダQ』で保管されていた履歴書からも確認が取れた。


「ぬかったなぁ。彼女の本名は知ってたのに。読みが違ったからさー。ミオとたまよ、そっかー」


 ミオへの取材は、安達氏の立会いの下、私がインタビューすする形で行われることとなった。質問にはすべて答えることをミオは約束してくれたが、条件が付けられた。


「まず、私のいきさつから話をさせてもらってもいいですか。そのほうが、久住さんたちにも状況を理解してもらえるかと思うので。自分語りになってしまって、申し訳ないですけど」


 私たちはミオの意向を尊重し、まずは話を訊くことに決めた

 

 なぜ彼女は名前を変えたのか。

 なぜ彼女は津奈島を離れたのか。

 この5年間、なにを想い、生きてきたのか。

 なぜ、この取材に同行しようとしたのか。


 次章より掲載するのは、ミオの語った回想録である。ほかの体験談と違い、ミオの言葉をそのまま掲載している。彼女は最初から最後まで理路整然と話してくれたため、こちらで文章を付け加える必要がなかった。

 登場する固有名称も録音当時のままであることを予めお断りしておく。

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