11. 豊田千尋

 2023年3月下旬。

 私は国会図書館に赴き、S県で発行されている地方紙のマイクロフィルムを閲覧する。さすがに地方紙だと、地元の人間に取材した記事が充実している。


 だがいずれも津奈島と接点があった漁港やフェリー船関係者の記事に終始しており、島民の遺族への取材記事が一向に見当たらなかった。


 それでも、いくつかわかった点はある。

 恵三氏の話のとおり、津奈島には一時期、県外からの移住者が多くなっていた。

 災害発生の2年ほど前に、ベンチャー企業が設立され、津奈島における運輸を担うようになったらしい。


 最新の冷凍設備を備え、津奈島で獲れた魚の直送販売も行っていたという。これが大当たりし、県外からも移住者が増えたという経緯のようだ。

 

 会社の名前は津奈シップスという。

 企業名を検索するとドメインの期限が切れていないのか、企業ホームページが残っていた。代表者は「湯沢昌義ゆざわまさよし」となっている。従業員数は34名。津奈島とS県の市内、東京に事業所があると記されていた。

 

 ホームページでは鮮度を保ったまま、津奈島で獲れた魚を冷凍して直送することをアピールしていた。イカやタイなどが紹介されているが、ウナギの言及はなかった。

 

 1点、興味を引かれたのは、湯沢という男が津奈島に豪邸を建てていたという記事である。津奈島の山、龍賀峰の山腹に建てられた豪邸は、津奈島災害によって跡形もなく崩落したらしい。


 わかった点はこれだけで、相変わらず記事をどれだけ調べても、ツナラ信仰に関する記載やツナラという言葉は出てこない。

 

 そこで私は取材の矛先を切り替えた。ツナラ信仰についてはもうひとつ、鍵となりそうな人物がいたからである。


 豊田とよた千尋ちひろ

 津奈比売神社の神主である。おそらく、津奈島の島民たちからヒメコと呼ばれていたのも、この女性ではないかと考えられる。

 彼女はいったい、どのような女性だったのか。


 田所恵三の話によれば、千尋は2011年~2015年の期間、神職を取得するために東京の大学に通っていたことが判明している。

 都内で神職の資格を習得できる大学はK大学神道科の1校だけである。


 私は知り合いの伝手を辿り、K大学神道科のOBに連絡を取った。

 そして豊田千尋と面識のある人物とコンタクトを取ることに成功した。


******


「千尋ちゃんはいい子でしたよ。誰にでも気さくで。

 私たちの学年はみんな、彼女のことが好きだったと思います」


 取材に応じてくれたのは、N県の神社で禰宜を務めている早瀬優香はやせゆうかである。

 彼女は千尋の同期であり、千尋との交流も深かったという。


 優香への取材は、都内の喫茶店で行われた。ミオは都合がつかなかったため、私一人で取材を進めることになった。

 

 優香によれば、学生時代の千尋は都内にいる父方の祖父宅に居候していたらしい。

 休みの日になると、新宿や渋谷、原宿などに出かけ、写真を撮ることが多かったという。


「実家にいる妹に写真を送っていると云ってました。家族を大事にしてる真面目な子なんだと思いましたよ」


 優香は、千尋と一緒に撮った写真を何枚か見せてくれた。

 

 黒髪がよく似合う、古風な雰囲気の娘だ。人目を引く容姿をしている。


 実際、千尋はよくスカウトの名刺を渡されることが多かったらしい。そのため、優香や同期たちは変な話に乗らないよう助言もしていた。


「いろいろメイクの仕方も教えたりしたんですよ。意外と垂れ目のメイクも似合うんですよね、この子」


 優香は楽しそうに千尋との思い出を語った。

 東京での千尋は、どこにでもいる普通の女子だったという。


 その一方で、彼女は地元のことに関してはほとんど話さなかった。豊田千尋が津奈島出身であること自体、優香は津奈島災害まで知らなかった。


「もともと、神社は血縁主義なところありますしね。他の同期もみんないろいろ事情を持った人が多かったし、私も地元のことを無理に訊くことはなかったです。それに、千尋ちゃんは途中で大学を中退してしまいましたし……」


 なにがあったのか尋ねると、優香は言葉を濁しながら云った。


「当時、実家の神社の神主を務めていたお父様が亡くなったらしくて。それも急死に近かったそうで、千尋ちゃんも卒業を待たずに、地元に戻ってしまったんです」


 以来、豊田千尋との交流はぷつりと途絶えてしまったという。

 ほかに千尋について変わったことはなかった尋ねると、優香は「そういえば」と笑い話のように云った。


「千尋ちゃん、ウナギが食べられないって云ってましたね。私もウナギが苦手で食べられないから、似た者同士だねって笑ってました」


 結局、千尋についてはそれ以上のことはわからず、取材は暗礁に乗り上げた。


 めぼしい進展がないまま、3月が過ぎ、4月を迎えようとした頃。

 思わぬところから、新しい手がかりが舞い込んだ。

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