12. 明石屋マグラへの取材

 この時期、私はツナラに関する取材と並行して、オカルト雑誌に掲載する都市伝説特集の記事執筆も請け負っていた。


 原稿がひと段落し、推敲する前に頭を切り替えようと動画アプリを起動する。ちょうどいいタイミングで『トリハダQ』の生配信が行われていた。


 その日はちょうど、都市伝説をテーマにしたトーク回だった。

 ゲストはオカルト系の動画配信者、明石家あかしやマグラである。


「マグラさん、今日はよろしくお願いしまーす!」

「ハローワールド。どもども、明石家マグラです。今日は『トリハダ』チャンネルにお邪魔してまーす! しかし、あれやね。ミオちゃん、マジべっぴんやね」


 明石家マグラ。

 都市伝説ネタを民俗学の視点から解説するオカルト系の動画配信者である。

 軽妙な関西弁の語り口が癖になると、妙な人気を得ているらしい。

 刈り込んだ頭髪を金色に染め、薄いサングラスをかけた姿は怪しい興行師に見える。年齢は私よりも上ではないだろうか。

 色物キャラではあるが、実際にコーナーが始まると、途端に切れ味の鋭いトークで場を回し始める。


「クネクネっておるやろ? クネクネをはっきりと見てしまった者はおなじクネクネになるってあれや。もともとネット掲示板のネタやけど、実際、これは邪眼の逆パターンともとれるわけね」

「邪視って、視線によって相手を呪う民間伝承ですよね? ヨーロッパや中東に伝わっているっていう」

「そうそう。人間は視覚に頼った生き物やからね。視線に関する伝承は世界中で見られるわけよ。そしてこれをベースにしたネタも直感的に理解しやすい。だから広まるわけね」


 若干ミオに馴れ馴れしいのが気に障るが、コーナーはつつがなく進んだ。

 都市伝説と民間伝承を結び付けた語りは非常に面白く、今後のネタの参考にもなりそうだ。明石家氏に取材するのも面白いかもしれない。

 やがてトークにも熱がこもり、明石家氏の語りが止まらなくなる。いつの間にか話は脱線し、邪馬台国の話題に飛んでいた。


「邪馬台国といえば、卑弥呼が有名ですよね。いわゆる巫女ではないかといわれていますけど、明石家さんはこれについてどうお考えですか?」

「ああ、卑弥呼ね。伝説の人物のようにも語られとるけど、巫女っちゅうよりもあれやな。ヒメヒコ制ゆう説があんねん」


 私はおっと声を出しそうになった。ヒメヒコ制。ちょうどヒコとヒメコの話をしたときに、話題に出していた。


「あ、知ってます。古代日本の統治体制でしたっけ」

「なんや。ミオちゃん、詳しいね。そうそう、祭祀の中心たる女性のヒメと、政務を指揮する男性たるヒコ。この両者で統治したっちゅう話やね。卑弥呼はんはヒメにあたるわけやな。まぁ、これも厳密には否定されとるんやけど」


 そこで明石家氏はにやりと笑った。


「これに近い統治体制を持った集落が最近まで残ってたんよ。昔、僕の師匠が調査に行った島にそういう民間信仰があってね」


 私は息を呑んだ。

 画面に映るミオの顔色も変わる。「へー」と云いながら、明石家氏を探るように見た。


「明石家さんの師匠ってどんな方なんです?」

「民俗学の教授でね。ま、その話はええやろ」


 そこで明石家氏は話を打ち切った。しかし、確かに明石家氏は云っていた。

 最近までヒメヒコ制が残っていた集落。師匠が調査に行った島。

 私は安達氏に連絡を取り、いまからスタジオに向かうことを告げ、明石家氏と話をセッティングしてもらうように頼んだ。


 すぐに部屋を出て、タクシーに乗り込む。タクシーの中で、明石家マグラの経歴を

検索したが、めぼしい情報は出てこなかった。そこで明石家マグラの過去の仕事履歴から接点があろう知り合いに連絡を取り、明石山マグラの卒業した大学を確認した。


 明石家マグラはK大学文学部の卒業だという。民俗学を専攻していたらしい。K大

学文学部には、かつて結城教授の研究室があった。


 やがてタクシーはスタジオに到着した。

 安達氏からはスタジオの控室へ回るようにとの連絡が来ていた。ちょうどいま生放送が終わったらしい。

 控室に入ると、さっきまで画面に映っていた明石屋氏とミオが談笑していた。


「ミオちゃん、めっちゃ楽しかったで。またコラボしようや。いつでもスケジュール開けるで」

「わぁ、ありがとうございますー」


 貼り付けた笑顔を浮かべているミオは私に気づき、会釈した。明石家マグラは私の顔を見るなり、あからさまに鬱陶しそうな顔になる。


「ああ、もしかして話があるってのはあんたか? 久住さんやったっけ?」

「はじめまして。突然お邪魔してすいません。お伺いしたいことがありまして――」

「安達さんから聞いたで。なんや、つなら信仰について探ってんやて?」

 いきなり確信をつかれ、私は息を呑んだ。

「じゃあ、さっき話していた師匠というのも……」

「ああ。結城先生の研究室におったで。助手みたいなことやらせてもらってたわ」


 やはり明石家は結城教授の教え子だった。明石家は大学院に進学し、院生として結城教授の研究を手伝っていたらしい。津奈島への取材には、院生時代の明石家も同伴する予定だったらしい。


「結局、僕だけ先方からハブられてもうたけどな。豊田さん、結城先生のことはえらい信頼してたようやけど」

「豊田さんというのは、もしかして当時、津奈比売神社の宮司を務めていた豊田行雄氏のことですか?」

「なんや。そこまで調べとるんか」


 豊田行雄。恵三の話にも出てきた“ヒコさん”であり、千尋の父親でもある。

 私はこれまで取材した裕子、および田所の体験談を伝えたのち、つなら信仰との関りがると考えていることを伝えた。

 現在のところ、ツナラには二つの意味が存在する。ひとつはウナギを意味する津奈島の方言。もうひとつはツナラノミコトと呼ばれる神の名前を連想させる言葉。

 これについても明石家マグラは答えを持っていた。


「ああ、津奈来命つならのみことやね」


 津奈来命は延喜式神名帳に記載されていない、津奈島独自の地方神だという。津奈比売神社の祭神でもあるらしい。

 それ以外の情報は一切わかってない。


「とにかく文献に乏しい、というか津奈島以外で言及された例がほとんどない。島の人らも外の人間が神社に近づくのを嫌がっとったわ。そういうところが先生の好奇心を刺激したんやろうな。つなら信仰は、日本の信仰の“生きた化石”やと、先生よう言うとったわ」


 だが、結城教授はつなら信仰に関して、何も発表をしなかった。

 なぜなのか。


「ツナラ信仰はタブーや。そう言うとった。それ以上はなんにも聞いとらんね」


 結城教授はつなら信仰に対し、並々ならぬ興味を抱いていた。信仰の調査をするにあたり、豊田行雄と交流し、やがて神事への参加を認められたという。


 2006年の11月、結城教授は津奈島に渡り、津奈比売神社の例祭に参加。

 その後、例祭に関するレポートをまとめる予定だったが、島から帰ったのち、結城教授はなぜかレポートの作成を断念。

 ほどなくして胃ガンを発症し、2009年に亡くなった。


「教授はなにか資料は残されていないのでしょうか? 神事に参加したのであれば、なにかしら記録には残していたと思うのですが」


 明石家氏はしばらく沈黙していた。私と、なぜかミオの顔を見やりながら、腕を組んで考え込む。

 数分の沈黙ののち、明石家氏は口を開いた。


「先生が亡くなる前にな、渡されたもんがある。どう扱うかは好きにせえ言われたわ」

「渡されたもの、というのは?」

「先生が津奈島滞在時に執筆した日誌や」


 ミオが驚いたように椅子から立ち上がった。


「結城教授が、日誌を残してたんですか?」

「なんや。ずいぶん驚いとるな。日誌くらい残しとるん決まっとるやろ。研究者なんやから」

「あ、あの。その日誌を見せていただくことはできませんか? コピーでも構いません」

「まぁ、そういう話になるわな……」


 明石家氏は諦めたように息を吐くと、サングラス越しにこちらを見すえる。


「先に云っておくが、あんたらの期待に応えられるものかはわからん。これを読んだところでわからんことが増えるだけや。それでもええなら、あとでコピーを送るわ」

「あの、明石家さんは日誌を公開されようとは思わなかったんですか?」

「あんなもん公開できるか。先生の名前に傷がつく」


 明石家は云った。


「先生はリアリストやった。オカルトや心霊の類は全然信じてへんかった。そーゆー類の話を死ぬほど嫌ってたわ。せやから自分が見てしまったものが許せんかったんやろな」

「じゃあ、どうしていま、私たちに日誌の話を……?」


 ミオが問いかけると、明石家は自嘲気味に笑った。


「なんでやろうな。もう津奈島には誰もおらんし。いまさらアカデミックの場に発表してもしゃーなしや。怪談のネタとして消費するんがちょうどええんやないか?」


 どこまで本気で云っているのか、傍目には判断がつかない。おそらくある程度は露悪的な発言だったのではないだろうか。

 このあとのつぶやきが、彼の本心を物語っているように思えた。


「もう、1人で抱え込むんも疲れたわ。他人に与太話として笑ってもろうたほうがええんや。こんな話は」


 後日、明石家からメールが届いた。メールには日誌のコピーがPDFとして添付されていた。ミオと、念のため安達氏にも転送し、コピーを読む。


 次章より、結城教授の日誌を引用する。

 なお人物名その他の表記は原文のままとしていることをお断りしておく。

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