13. ある教授の日誌_2006年11月2日

 講義を終えたのち、羽田の飛行機に飛び乗った。

 慌ただしい出発になったが市内のホテルに無事到着。

 TAの明石あかしくんに今週の講義の資料を送る。今回、同伴ができなかったのが悔しいのか、明石くんからはお土産を頼まれる。

 明日、朝のフェリーで島に渡り、津奈比売神社の宮司である豊田行雄氏と落ち合う予定。


 例祭である龍鎮祭は5日の開催予定だが、またとない機会なので数日間、滞在させてもらうことにした。ツナラ信仰に迫る貴重な機会である。

 滞在日数は限られている。明日に備え、改めてツナラ信仰の要点を整理したい。

 ツナラとは津奈島に伝わる地方神の一種である。


 正式な名称は津奈来命ツナラノミコトという。延喜式神名帳にも名前が記されていないため、どんな神なのかはわかっていない。

 島の人間は「ツナラさま」と呼んでおり、津奈島以外に信仰が広まった形跡がないため、島独自の神と考えられる。

 もうひとつ、島民たちはウナギのこともツナラと呼ぶらしい。地方神であるツナラ様と、ウナギを指すツナラはおなじなのだろうか。

 確かなのは、島民たちは決してウナギを口にしようとしないことだ。


 うなぎ信仰といえば京都の三嶋神社や栃木の平柳星宮神社が連想される。

 神仏習合の名残から、虚空蔵菩薩を信仰する神社では、菩薩の使いとされるうなぎは神聖視される傾向にある。うなぎを食べない地域も珍しくはない。


 だが、津奈来命を主神とする津奈比売神社は虚空蔵菩薩との関わりがない。

 津奈島の歴史は古く、縄文時代には人が住んでいた痕跡が発見されている。つなら信仰がいつから始まったのかは不明だが、非常に古い形態の原始信仰を今でも残している可能性がある。


 今回見学を許された例祭、龍鎮祭はツナラ信仰の要となる神事である。

 これまで島民以外の立ち入りは禁じられており、外部の人間を招くのは初めてのことらしい。身に余る光栄である。見学を許可してくれた豊田氏には感謝してもしきれない。


 しかし島民はどうなのだろう。

 もともと津奈島は一次産業である漁業を主な生業としており、観光業が占める割合は少ない。あまり外部の人間と交わらない気質だと言われている。

 豊田氏がどのように島民に話を通しているかわからないが、「招かれざる客」と認識されている可能性は頭の片隅に入れたほうがいい。失礼がないようにしなければ。

 天気予報によれば、明日は曇りらしい。雨が降らなければいいが。

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