14. ある教授の日誌_2006年11月3日

 ようやく念願の津奈島に着いた。


 いま津奈比売神社に隣接された豊田氏の邸宅で日誌を書いている。

 波の音、風の音が静かに島に響き渡っている。

 今日の出来事を振り返る。


 午前9時頃、港からのフェリーに乗り込み、津奈島に向かう。

 平日のためか、もともとこんなものなのか、船内にはほとんど人がいなかった。

 すると乗客の男性から話しかける。

 津奈島の島民らしく、こんな時期に島へ向かう私を珍しがっていた。

 豊田氏の客だと話すと、男性は非常に感心していた。


「話は聞いてるよ。東京から大学の先生が来るって。島を見たらビックリするよ。なーんもないしねー」


 せっかくなのでいろいろ話を訊いてみる。

 男性は宮川と名乗り、島の漁師をしていると言った。本土に渡って、長女のもとを訪ねているらしい。気さくで人懐っこい男だった。

 例祭の見学を許されたと話したときも特に意外な顔はしなかった。


「うちは、ほとんど年寄りばっかりだからね。嫌味を言うのもいるだろうけど、気にしなくていいよ」

「外から来る人間が立ち会うのはイヤなものですか?」

「僕は大歓迎だよ? 先生の1人や2人来たところで変わるもんじゃないしね」


 そう云って、宮川は肩をすくめた。


「ただ大事なお祭りだからさ。あんまり人に見せたくない気持ちはわかるよ。ヒコさんもうるさい顔役たちをよく説得できたもんだ。あ、ヒコさんっていうのはね」

「豊田行雄さんのことですよね? 津奈比売神社の宮司をヒコさんと呼ぶ習わしが昔からあるとか」

「わっ。さすが、大学の先生だ。じゃあ、ヒメコ様のこともご存じで?」

「津奈比売神社の巫女をそう呼ぶらしいですね。宮司よりも丁重に扱われていると聞いていますが」


 津奈比売神社には「ヒコ/ヒメコ」と呼ばれる役職が存在し、津奈島の集落に強い影響力を及ぼしている。私も古い文献で見ただけだったが、宮川の話しぶりからするとどうやら事実のようだ。


 名称からしてヒメヒコ制が連想されるが、その図式にあてはめてよいのかはわからない。こればかりは実地で確かめるしかないと考えていた。

 島において「ヒコ/ヒメコ」がどのような立ち位置になるのか調べるのも、今回の取材目的のひとつだったが、早速調査の足掛かりを得られたようだ。


「今はどなたがヒメコをされてるんですか?」

「長女の千尋様さ。奥様の早苗さまが去年亡くなってね。まだ中学生なのに、気丈に振るわれて立派だよ。あの方が神社を継げば、島も安泰ってもんよ」


 豊田氏が昨年、奥方を亡くされたことは私も小耳にはさんでいた。ご息女も二人いるはずだが、まだ神職に就ける年齢ではないはずだ。

 ヒメコというのは神職の呼び名ではなかったのか。


「いやいや、ヒメコ様はヒメコ様だよ。代々豊田家のご息女が跡を継いできたんだから。豊田家以外の人間がヒメコ様になれるはずないさ」


 神社の継承における血縁重視の風潮は21世紀になった現在も変わらない。

 長女の方が跡を継がなかったらどうなるのかも訊ねた。


「そんなの万が一にもありえないよ。千尋様がヒメコ様の跡を継がないわけがないだろ? たとえ万が一のことがあっても、そのときは珠代様が継いでくれるだろうさ」


 当然のように宮川氏は云った。

 これでも私は教育者の端くれである。まだ年端もいかない少女の未来を周囲が勝手に決めつける風潮にはどうして疑問を抱いてしまう。同時に、研究者としての私はヒメコに対する宮川氏の反応をとても興味深く思っていた。

 どうやら「ヒコ/ヒメコ」は共同体の統治制度であるということ以上に、島の文化あるいは信仰の要となっているようだ。


「でも当代のヒコさんはよくやってくれてるよ。早苗さまが東京から婿養子を連れてきたと聞いたときは、島中が大騒ぎしたもんだが。多少の変化は受け入れなきゃいかんか」


 それから宮川氏は、豊田家に仕える有賀家の話や村長のこと、さらに最近、島で問題になっている密漁者の話などを教えてくれた。

 そのうち、フェリーが津奈島に近づいたので、甲板に出てみる。


 舳先の向こう側に津奈島が見えてきた。

 最初に見えてきたのは赤い地層が露出した切り立った崖である。長年、波浪にさらされてきたのだろう。険しい岸壁には耐えもなく激しい波が叩きつけられた。

 地元では竜転崖りゅうてんがけと呼ばれている。

 竜も転げ落ちるほど険しい崖、を意味するらしい。島の外周の半分以上は断崖に囲まれており、まるで断崖自体が島を囲む城壁にも見えてくる。どこまでも続くかに思われた断崖を抜け、ようやくフェリーは入り江の湾口に差し掛かった。


 津奈島の入り口ともなる入江、綿土わたつち湾。

 綿土湾は綺麗な弧を描いており、孤の中央に島唯一の港である津奈港がある。

 フェリーの発着場が備えられた津奈港の背後にそびえるのが龍賀峰だ。山と海に挟まれた沿岸部に集落が集中しているようだ。


 もともと津奈島は火山島である。約500万年前、火山活動によって島は誕生し、成長した。綿土湾はもともと火口だったと言われている。しかし火山の一部に大規模な崩落が起き、火口に海水が流れこんだため、現在の綿土湾が形成された。このため津奈島は津奈カルデラとも呼称される。

 こうして日本海の海上に要塞のような島が誕生したのだ。


 もうひとつ、気になるものを見つける。綿土湾の岬に洞窟の入り口があったのだ。入り口の上部には注連縄が飾られている。

 甲板にあがってきた宮川氏に尋ねる。


「ありゃあ、“つならの岩屋”だよ。あそこにツナラさまが住んでるんだ」


 つならの岩屋。初めて聞く地名である。

 あの岩屋こそ、ツナラ信仰の中心地ではないか。さらに質問を重ねたが、宮川氏の答えはどうにも要領を得なかった。ただ、どうやらあの岩屋が竜鎮祭の舞台であることはわかった。

 そしてフェリーは津奈港に到着した。


 下船後、私は駐車場へと向かいがてら、町の様子を確認する。

 ほとんどの家屋は湾沿いに建てられており、あとは千留山に向かって続く緩やかな坂道に沿って、商店が並んでいる。ここが島の商店街なのだろう。

 港のそばにはロータリーとバス停がある。1時間に1本だけ出る路面バスで島の集落をぐるりと一周できるらしい。

 港に隣接した駐車場には待ち合わせ相手である有賀氏が待っていた。


「結城教授。ようこそ、おいでくださいました。津奈比売神社の禰宜を務めている有賀ありが孝明たかあきです」


 有賀氏は怜悧な顔つきの青年だった。まだ20代らしい。

 この島の出身らしく、両親も共に津奈比売神社に住み込みで働いているという。そういう家系なのだと笑いながら話した。


「立ち話もなんですし、早速行きましょうか。私が運転しますので」


 黒いジープに乗り込み、有賀氏が運転する車で津奈比売神社へと向かう。

 険しい山道を慣れた運転で上ること15分。ジープは神社の駐車場に到着する。だが有賀氏によれば、ここからさらに歩くらしい。

 駐車場から設置された段差を昇ること10分。津奈比売神社にたどり着いた。

 ちょうど鳥居をくぐったところで、有賀氏は後ろを指さした。


「見てください。ここからの景色、なかなかでしょ?」


 振り返ると、夕闇に染まる綿土湾が一望できた。

 陰に沈みつつある家屋には灯りがともっており、住民の活動を伝えている。まるで城の天守から眺めているかのような錯覚を抱いた。

 実際、城のようなものなのだろう。島の集落はすべて綿土湾に集中しているのだ。この境内からは島で暮らす人々の営みを確認することができる。

 この津奈比売神社こそが島の中心であるといっても過言ではない。


 有賀氏の案内で境内に隣接した土地に通される。玉石積みの石垣と、針葉樹の生垣を組み合わせた垣根が敷地をぐるりと取り囲んでいた。

 島の伝統的な建築物かと思ったが、門には「豊田家」「有賀家」という表札が掲げられていた。ここが豊田家の邸宅なのだ。

 門をくぐると松の木が生えた広い庭に出る。庭に配置された飛び石の先に豊田家の屋敷があった。


 木造建築の旧い大邸宅である。武家屋敷の伝統的な木造建築物で二階建てになっている。有賀氏によれば、明治時代に造営されたらしい。

 引き戸の玄関を開け、長い廊下を通ったのち、広間に案内される。

 しばらくして眼鏡をかけた着物姿の男性が現れる。恰幅のよさに思慮深さが垣間見える佇まいをしていた。

 会うのは初めてだったが、相手が誰かは一目でわかった。


「ようやくお会いできましたな、結城教授」


 豊田氏が眼鏡の奥で目を細めながら、微笑みかける。

 これまでのやり取りはすべて直筆の手紙を介していた。力強さがみなぎる達筆から想像していた人柄そのままの風貌に感じ入るものがある。


「天候が荒れていたので心配しましたが、無事に船が着いてよかった。長い船旅でお疲れだったでしょう」

「いえ、人懐っこい島民の男性と会えたので退屈はしなかったです。おかげさまで興味深い話を聞けました」

「ああ、宮川さんかな。彼は島でも珍しい社交派ですから。いったいどんな話を?」

「島の事情と、ヒコさんやヒメコ様について」

「ははは、なるほど」


 豊田氏は笑いながら、こちらから視線を外さない。


「お話を訊いて、先生はどう思われましたか?」

「島の方々はヒコをヒコさん、ヒメコをヒメコ様と呼び、非常に篤い信仰心を寄せているように見受けられます。特にヒメコへの尊敬は強い。島の共同体の要となっているようですね」

「それだけツナラ様への信仰が強いのですよ。ヒメコはツナラ様の言葉を伝える“媒介”の役割を古来より期待されていました。ツナラ様に抱く信仰心がそのままヒメコへの畏怖につながっているのでしょうな」

「ヒコは違うのですか?」

「ヒコは俗世とヒメコを繋げる仲介役です。大事なのはあくまでヒメコであり、ツナラ様ですよ。だから私のような島外出身の人間でもヒコさんが務まるのです」


 豊田氏はもともとこの島の出身ではない。豊田家の人間である早苗さんのもとに、婿養子としてきたと聞いている。

 私のような外部の人間に祭祀の立ち合いを許したのも、そもそも豊田氏自身が外部の出身だからなのかもしれない。


「そういえばヒメコとなられる方は豊田さんのご息女だと聞きましたが」

「ええ。長女の千尋です。去年、妻が亡くなったので継承の儀を執り行いました。当代のヒメコが亡くなると、息女がすぐに即位する習わしになっているのですよ」

「つまり母系制というわけですね。それだと血縁が途絶えた場合、どうするのです?」

「その場合は島に古くからある家から養子をとることになっています。血縁よりも地縁が重視されるといえるでしょうな」

「面白いですね。となると、島は一種の母系社会と考えることも――」

「ははは、やはり大学の先生ですな。このまま話し続けたら、朝までかかりそうだ」

「ああ、失礼しました。興味が向いたものは深堀りせずにいられない性分でして」

「ヒメコに興味がおありのようですね。ちょうどいい。有賀くん。千尋と珠代をこちらに呼んできてくれないか」

「わかりました」


 有賀氏は障子を開け、長廊下へと出ていく。


「千尋さんは中学生と聞きましたが」

「14歳です。次女の珠代は6歳になります。母親が早くに亡くなったので、寂しい想いをさせてしまっているのでしょうが……」

「宮川さんも云っていました。とても気丈に振る舞わられていると」

「ええ。幼い妹の面倒をよく見てくれています。娘なりに島や家族のことを考えてくれているのでしょう。それが時々、気の毒に思います」


 どこか寂し気に豊田氏は云った。

 すると、障子の向こうで人の気配がした。


「お父様。千尋です」

「ああ。入りなさい」

「はい」


 障子がすっと開く。

 正座をしたセーラー服姿の少女が廊下から現れる。凛とした目つきに、腰まで伸びた長い髪。人形じみた気品さを感じさせる。


「長女の千尋です。結城先生、はじめまして」


 そう云って、千尋さんは和室に入ると流れるような所作で膝をつき、こちらにお辞儀をした。非常に美しい動作なのに力が入った様子は一切ない。普段から自分の振る舞いを厳しく律している様子が伺えた。


「これはご丁寧に。千尋さんは当代のヒメコだそうですね」

「はい。次の例祭でも神楽を務めさせていただきます」

「そうですか。楽しみにしています。もし差し支えなければ、時間があるときにお話を伺わてもらってもいいですか? ヒメコについてぜひ知りたいので」


 確認をとるように千尋さんは豊田氏のほうを見る。豊田氏が頷くと、千尋さんは照れも気負いもなく、淡々と答えた。


「私で役に立てることがあればなんなりと」

「ありがとうございます」


 宮川氏が彼女を褒めちぎった理由がわかった気がする。浮世から隔絶された、ある種の風格が千尋さんから感じられた。

 もともとの千尋さんの気質のためなのか。ヒメコという役割を背負っているせいなのかは、今の私には判断できない。


「チーちゃーん」


 小走りするような足音が聞こえた。すると廊下から灰色のワンピースを着た幼い少女が現れる。千尋さんは慌てたように少女に云った。


「ダメだよ、珠代。お客さまが来てるんだから」

「えー、いっしょに遊んでくれるっていったじゃん!」


 駄々をこねる少女に、千尋さんは初めて困ったように狼狽えた顔を見せた。すると豊田氏は苦笑しながら、おいでと手招きをする。


珠代たまよ、こっちに来なさい。お客様に挨拶」

「おきゃくさま?」


 そこで初めて私に気づいた少女――珠代は緊張したように顔をこわばらせた。そのまま父である豊田氏のもとに向かうと背中に隠れてしまう。


「申し訳ない。こちらは次女の珠代です。家族には甘えるのですが、人見知りなところもありまして……」

「いえいえ、お構いなく。はじめまして、珠代ちゃん。結城です。しばらく家に泊まらせてもらいます。よろしくね」


 珠代ちゃんは警戒するように私を見たが、「珠代」と千尋さんに言い含められ、おずおずと前へ出る。

 姉の真似をするように正座をすると、頭を下げた。


「タマヨです。6さいです。おねがいします」


 珠代ちゃんが挨拶したのを見て、千尋さんは優しく微笑した。

 人形じみた容姿に初めて彼女の感情が垣間見えた。こうして並ぶと、姉妹は特に目元がよく似ていた。凛とした綺麗な吊り目をしている。


「もうすぐ夕飯の支度もできます。部屋にご案内しましょう。有賀君」

「はい。先生、こちらです」


 私が案内されたのは邸宅から渡り廊下を歩いた先にある離れだった。

 外に開放された渡り廊下からは庭の様子を伺うことができた。低木にまぎれるようにして、石造りの構造物が見えた。


「あれは古井戸です。地下の水脈に繋がっていると聞いています。いまは使われていないんですけどね」


 有賀氏に案内してもらいながら、離れに入った。八畳ほどの和室である。小さなテーブルライトが置かれた木彫りの座卓と設えられている。部屋の隅にはたたまれた布団が置かれていた。

 荷物を置いた私はその後、大広間に通された。大きな座敷卓にはイカの煮物やちらし寿司、刺身の盛り合わせ、お吸い物が用意されていた。


「どれも今朝、島の近海で獲れた魚です。祥子しょうこさんが腕によりをかけてくれたので、ぜひご賞味ください」


 祥子さんは有賀氏のご母堂で、豊田家の邸宅に住み込みで働いている。料理などは祥子さんが担当しているようだ。漁で獲れた魚の一部は津奈比売神社に奉納されるらしい。

 口に運ぶ。どれも恐ろしいほど美味かった。


 私は舌鼓を打ちながら、豊田家や有賀家と卓を囲みながら、歓談を続けた。

 大学教授が珍しいのか、有賀氏も豊田氏も私の研究を聞きたがった。これまでの研究の話をしていると、珠代ちゃんの面倒を見ていた千尋さんも興味深そうに耳を傾ける。

 手厚い歓待を受け、私は安堵した。実地調査を行う際、地元民とのラポール、つまり信頼関係をどう構築するかが大事になる。この信頼関係の構築に手ごたえを感じていた。

 この短い滞在日数でどこまで津奈島という共同体に踏み込めるか。改めて今回の首座目的を実感する。


 こうして島での1日が過ぎた。

 現在は夜の11時。家の人間も眠りにつき、あたりは静まり返っている。

 波の音や野鳥の鳴き声に混ざって、赤ん坊の泣き声が聞こえた。近くに住居があるのだろう。

 明日も早い。今日はここで筆を置くことにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る