24. ある密漁者の懺悔_4

 津奈シップスの業務はまず研修から始まった。津奈シップスの社員はそれぞれシラス漁班、輸送班、会計班などに分かれる。


 しかし班に関わらず、新人に叩き込まれるのはウナギに関する知識だった。さらに漁の方法や、津奈島におけるシラスの保管場所についても教示される。

 漁獲したシラスは養殖ウナギの苗種である。このため、通常の漁と違い、シラスは活きた状態で保管しなければならない。


 津奈シップスでは、港にある水産加工工場の一部区画を借り上げ、シラスを保管するプールを用意しているという。ここに獲ったシラスを保管したのち、随時流通を進めるというのが一連の流れになっていた。


 工場内にある保管場所は偽装した壁に覆われており、万が一、外部からの立ち入り検査が行われた際、隠せるようになっている。

 ある意味、会社の事業における生命線ともいえた。


「ここの秘密は絶対に死守しろ。バレたら死を意味すると思え。いいな」


 研修の講師役を務める幹部は何度も佐原たちに念押しした。佐原たちは黙って頷くしかできなかった。

 そして研修が終わり、会社の業務が本格的に始まった。


 佐原はシラス漁班に配属された。シラス漁班は最も人数が多く、兵隊とも称されるチームである。チームのリーダーは工藤が務めていた。


「じゃあ、行こうか」


  陽が沈んだ頃。工藤の号令に従い、佐原たちは宿舎を出て、港に集まった。

 港に行くと、小型のフィッシングボートが並んでいた。年季が入ったボートのオープンデッキにはシラスを入れるための水槽が十個以上並んでいる。地元の漁師たちが貸し出した船だという。操船も漁師たちが務めることになっていた。


 シラス漁班が出発する前に、まず見張りの船が先に出向する。見張りの船は主に湾口を張り、通常の漁をするふりをしながら、海上保安庁のパトロールを警戒する役割を担っていた。


 津奈島の内湾は山々に囲まれているため、外界から内湾の様子を伺うことは非常に難しい。湾内の侵入さえ気をつければ、内湾では自由に漁が行える。


 陸にいる佐原たちは見張り船の連絡を待つ。工藤は緊張した面持ちで無線を握っていた。

 

 日も暮れて、海が夜の色に染まった頃、「外海、異常なし」とぃう連絡が来た。


 この連絡を合図に、佐原たちも動き出す。

 停泊している漁船にはそれぞれナンバーが割り振られており、佐原は「6」の船に乗り込んだ。同船しているのは他4名。その中には工藤の姿もあった。

 

 工藤が操船し、いよいよボートは出航する。出航といっても、漁は内湾で行われるため、港から少し離れるだけである。

 各ボートは内湾でそれぞれ担当エリアがあり、漁をすることになっていた。佐原たちのボートは内湾の東側で停船する。


「よし。そろそろいいだろう。ライトを海に落としてくれ」


 指示に従い、集魚灯を海中に放り込む。すると墨のように黒い海が蛍色に染まった。集魚灯の光が海中で蜃気楼のように揺れている。


 佐原たちは光を見つめる。ウナギの稚魚であるシラスウナギは光に引き寄せられる性質がある。そのうち、シラスたちが蛾のように光へと吸い寄せられるはずだ。


 しかし実際のところ、どこまで獲れるのだろう。


 佐原は事前に工藤からシラス漁の動画を見せてもらっている。シラス御殿を見ても、かなりの売上げをあげられるのは間違いない。


 それでも漁は水物だ。魚が獲れるかどうかは博打に近い。特にシラスはここ数年、全国的に不漁が続いている。たとえ昨年が好調でも、今年はぱたりと獲れなくなる事態は十分にあり得る。


 来い、来い、来い、来い。


 佐原は必死に祈り続けた。

 ふと視界に動く影が見えた。海中に沈んだ光をノイズのように揺らす影。よく目を凝らさないと見えないくらいに小さな影がいくつも、いくつも、いくつも。

 ほかのメンバーも気づいたらしい。慌てて網を持ち、水中をかきまぜた。


「手ごたえがあるぞ!」


 メンバーの1人が海中から網を救い上げる。細かい網の底にこんもりと半透明の山ができていた。佐原は手にしたライトで半透明の山を照らす。

 シラスだ。シラスの群れだ。


「札束が集ってきたぞー! 遠慮なく獲れ獲れ獲れー!」


 威勢がいい工藤の一声に、船上の佐原たちは一気にボルテージをあげた。

 網を手に持ち、海面を掬い、持ち上げる。すると網の中には大量のシラスが入っている。捕まえたシラスを海水が入った保存ケースに入れる。


 どれだけすくっても、すくいきれないほど、シラスが獲れる。ものの数時間もしないうちに、すべてのケースの中が満杯になった。

 工藤は無線でほかのボートの確認を取る。どこもケースがいっぱいになったらしい。


「今日のノルマは達成だな。引き上げるぞー」


 こうして初めての業務はあっという間に終わってしまった。

 想像以上の手応えに佐原は言葉を失う。今日だけで、しかも佐原たちの船だけで10キロ以上のシラスが獲れた。ほかの船も含めたら、100キロ近くになる可能性がある。


 これがすべて取引されたら、どれだけの額になるのか。シラスの取引価格は全国の漁獲量によっても変動するが、おそらく今日だけでも一億近くは稼げている。

 もちろん、ここから島の人間への分配などがあるので、佐原の手元にいくら支払われるかはわからないが、それでも多額の収入が入ってくるのは間違いない。


 グワアアァーーーーーーーーン

 グワアアァーーーーーーーーン


 いきなり鐘のような、唸り声のような音が海に響き渡った。どこから音が響いているのか。周りを見渡した佐原は湾内の外れにある岬に気づいた。

 暗闇に目を凝らす。岬には海に面した洞窟が口を開けていた。洞窟の入り口から音が絶え間なく響いていた。


「おー、今日はツナラ様もご機嫌だなぁ」


 工藤が笑いながら云った。


「知ってるか? あの洞窟にツナラ様が封じられてる伝説があるんだと」

「ツナラ様はウナギだろ?」

「神様の名前もそういうんだよ。まぁ、風の反響だろうけどさ」


 港に着くまでのあいだも、洞窟からの反響音はずっと響き続けた。

 まるで洞窟そのものが嗤っているように思えた。

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