23. ある密漁者の懺悔_3
歓迎会の時間となり、佐原たちはワゴン車に乗せられた。山道を走ること15分。たどり着いたのは、例のツナラ御殿だった。
3階建ての建物に隣接したガレージに車を停め、中へと案内される。
「やぁ、よく来たな、みんな!」
まるでパーティ会場のようなリビングに入ると、湯沢に出迎えられた。
テーブルの上には刺身の盛り合わせや天ぷら、竹の子と椎茸の炊き合わせ、肉の串焼き、さらには日本酒やビールの瓶、チューハイ缶が山積みとなっている。
リビングには佐原たちのほかに老人たちの姿があった。湯沢は老人たちと談笑している。
佐原のそばにいる高橋がフンと鼻を鳴らした。
「津奈島の村長や村議会の議員たちですね。どうやら我々に媚びを売りに来たようだ」
「媚び? なんのために?」
「決まってるでしょ。金のためですよ」
高橋はせせら笑いを浮かべながら云った。
「湾内にダイヤがうじゃうじゃ泳いでいるというのに、彼らはそのダイヤを金に換えることすらできなかった。我々がいなければ、なーんにもできない連中なんですよ」
「なにもしてないのは、あんたもおなじだろ」
高橋の背中を叩いたのは、工藤だった。忌々しそうに高橋は工藤を睨むが、引きつった笑い浮かべる。
「わ、私の価値はこれから発揮されるんです! そのためにこの島へ――」
「あんたが島へ来たのは、パパ活相手のために銀行の金を横領してバレそうになったのを湯沢さんが肩代わりしたからだろ? 勘違いすんな」
工藤の言葉に、高橋は顔を真っ赤にする。しかし言い返す言葉を思いつけなかったらしく。そのまま佐原たちから離れていった。
高橋が離れていったのを見て、工藤は苦笑する。
「マジ、どうしようもねーな、あのおっさん。注意して見とかねーと」
「でも、いろんな人が集まってるんだね」
「まぁ、人手不足なのよ。あんなろくでなしもかき集めなきゃいけないくらいさ」
「俺もそのろくでなしの一人か」
「コウちゃんはちげーよ。オレが直々にスカウトしたんだから」
工藤は佐原を小突きながら笑った。
「もしかして、ケイちゃんもここに住んでんの?」
「ああ。古参は部屋を使わせてもらってるのよ。こんだけ広いと、ハウスキーパーも必要だしさ」
「俺も出世すれば、ここに住めるって?」
「ガチで出世すれば、自分の城も持てる。ちなみにオレは都内の億マン狙い」
夢物語みたいな話だが、ツナラ御殿を見ると夢物語も現実味を帯びる。わざわざツナラ御殿で歓迎会を開くのも、従業員の働くモチベーションを掻き立てるためだろう。
「明日から、忙しいぞ。覚悟しときな」
「わかってる」
佐原が返事をしたところで、湯沢がビールが入ったカップを手に一同の前に立った。
「えー、改めましてみなさん。今日はこの津奈島、そして津奈シップスに来てくれてありがとう。みんな知ってる通り、うちは地域に根差した水産資源の確保、および流通を取り扱っています。この津奈島は宝島です。大金脈といってもいい。この金脈を掘るためには地元のみなさんと、従業員のみなさまの尽力があればこそ。今年は昨年以上の成長を果たせるでしょう」
ここで湯沢は言葉を切った。全員の顔を眺めたのち、急に鼻をすすり始める。湯沢は感涙したように涙ぐんでいた。
「我々は家族です。この島でともに生きる運命共同体です。この島はまだ足りないものだらけですが、だからこそ、これから様々なモノを足していける! いろんな未来を描けるのです! こんな素晴らしい場所はほかにない! 会社の発展のため、島の未来のため、みなさん力を合わせていきましょう! 乾杯!」
湯沢のテンションに面喰いながらも、佐原はまわりに合わせて「乾杯っ」とグラスを掲げた。
そのまま歓談となり、佐原は工藤と話しながら、料理をつまんでいた。湯沢は今日入ってきた社員一人一人に声をかける。
「高橋さん、来てくれてありがとな。元メガバンク銀行員の力、頼りにしてるよ」
「ええ、まぁ……」
高橋の肩を叩いた湯沢は佐原のほうへ向き直る。工藤の顔を見ながら、納得したようにうなずいた。
「そうか。君が佐原くんか。ケイから話は聞いてるよ。親父さんは大変だったね」
「ありがとうございます……。父はいい施設を見つけられたので大丈夫です。母を一人残したのは心配ですが」
「なぁに。あとでたっぷり仕送りを送ればいいさ。うちの給与のよさは日本有数だしな。あ、でも家を買うときは気をつけろ。贈与税がかかるからな」
湯沢は屈託のない様子で語りかける。最初の出会いでみなのスマートフォンを回収した時の圧がいまは消えている。うっかり気を許して、この人を全面的に信頼してしまいそうになる。
「湯沢さんはこの島の出身なんですか?」
「いいや。四国の生まれさ。東京でいろいろ事業やったりしてたけどな」
湯沢は云った。
「僕の田舎でもシラスウナギ漁はされてたからさ。ここに来ると、つい故郷と重ねたくなるんだよ、うん」
湯沢の話によれば、もともと湯沢は津奈島出身者と東京で知り合ったらしい。そこで津奈島で獲れるウナギの話を訊いたという。
「売り方がわからんって云われたからさ、最初はコンサルの立場で島に来たわけよ。そしたら、まぁ、シラスがわんさかいるわいるわ。それでこりゃあ、会社立ち上げて本腰入れてやったほうがいいって、村長さんたちにも持ち掛けてさ」
「それで年商百億?」
「あ、書類上は二桁で通してるから、大っぴらには云わないでね」
おどけた調子で云うが、湯沢の目は笑っていなかった。そのとき、香ばしい匂いが庭じゅうに立ち込めた。歓迎会の前、佐原が部屋で嗅いだ匂いである。
「みなさん、お待たせしました~。島特製のつな丼ですよ~」
宮川と、宮川の長女たちが丼を載せたお盆を持って現れた。丼の中身はどう見ても、ウナギの蒲焼きを載せたうな丼である。
佐原が不思議に思っていると、工藤が口を挟んだ。
「こっちじゃ、ウナギのことをツナラって呼ぶんだって」
「あー。だから、つな丼」
「ついでに神様の名前も、ツナラなんだと」
工藤は笑いながら云った。
「神様を食うなんて、オレたちも罰当たりだな」
「いいから、いいから、遠慮しないで。おいしく召し上がってくれれば、ツナラ様も喜んでくれるよぉ」
宮川は目尻を垂れさせながら、佐原の前にお盆を突き出した。
「ここらの海で獲れた天然ウナギ。美味いよ?」
タレが染み込み、焼き目の入った蒲焼きが艶を発しながら、暴力的な匂いを丼から漂わせている。佐原はむせそうになった。
「すいません。実はウナギ、食べられなくて」
「えっ。佐原くん、実家は鰻屋でしょ?」
湯沢のツッコミに、佐原は笑いながら云った。
「俺、ウナギ食べられないんですよ。だから実家も継げなくて」
「そうなの? 一口くらい食べてみたら。ここのは違うから」
「ははは、食べられたらいいんですけど、どうしても体質的に……」
「いいから食えよ。な?」
湯沢の声のトーンが変わった。
いつのまにか佐原の肩に手が置かれている。湯沢の太い指先が佐原の方に食い込んでいる。
「俺たち、家族なんだから。家族の飯が食えないのか?」
「湯沢さんっ」
慌てて工藤が割って入った。
「コウちゃん、マジでウナギが食えないんですよ。ウナギを焼いた匂いが昔からダメで、親父さんともそれで仲が悪かったくらいで」
「どうにもならないのか?」
「湯沢さんの蕎麦アレルギーと一緒です。食ったら死にます」
佐原がウナギを食べられないのはアレルギーではないのだが、工藤の言葉に乗っかることにした。湯沢はそれでも手を離さなかったが、「あの」と宮川が声をかける。
「兄ちゃん。刺身は食える?」
「あ、はい。魚自体は好きなので」
「じゃあ、とっておきの刺身を用意するよ。無理に食べたりしたら、それこそツナラ様の罰が当たるってもんだ。なぁ、湯沢さん」
宮川の言葉に、湯沢の表情がふっと緩んだ。肩をつかんだ手を離し、その代わりにバンバンと肩を叩いた。
「そうだな。無理に食わせるもんじゃなかった。すまん、佐原くん。これから期待してるよ!」
「はぁ」
生返事をする佐原を置いて、湯沢は笑いながらほかのスタッフのもとへ向かった。
工藤のほうを向くと、申し訳なさそうな顔で合掌している。
「湯沢さん、めっちゃいい人なんだけど、たまに熱くなりすぎるときがあるんだ。コウちゃんのこと、憎くてやってるわけじゃなくてさ」
「こういう仕事だからね。上司がぶっ飛んでるのは想定済みだよ。地元愛の強さはビックリしたけど」
「だろー? 自分が儲けたいってだけじゃないのよ、あの人。なんにもない島だけど、暮らしてるみると悪くないのよ。地元の人もいい人ばっかでさ。な、宮さん」
「敬一郎くん、嬉しいこと言ってくれるじゃない。さ、こっちならどうかな。きっと食べられると思うよ」
宮川は刺身を出した。半透明の身が綺麗に切り揃えられている。佐原は刺身に箸を伸ばし、口に運んだ。
「あ、おいしい……」
「でしょ? ツナラだけじゃないんだよ、この島は」
宮川は嬉しそうにニコニコと笑っている。
佐原は顔をほころばせながら、周りを見渡し、そして気づいた。
談笑している津奈シップスの社員たち。彼らから離れたところで、津奈島の老人たちが集まり、じっとこちらを見ている。
歓迎しているわけでも、敵意を向けているわけでもない。
彼らの視線が意味するものがなんなのか、佐原は上手く言葉にできなかった。
ただ、猛烈な居心地の悪さだけは覚えた。
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