3. 椛島裕子への取材
当初、取材は私のみで進める予定だった。
しかし投稿者と面会する前日になって、安達氏からある提案がなされた。
番組のメインパーソナリティである
「投稿された怪談の深堀り取材って今までうちの番組ではやってないし、面白い企画になると思うんだよね。ミオちゃんもこの話に興味持ってるみたいでさ。悪いんだけど、ミオちゃんも取材に同行させてもらえない?」
ネタを好きに扱っていい、といっておきながら、ちゃっかり美味しいところは乗っかるつもりらしい。こういうところは抜け目がない。
相応のギャラを貰うことを条件に、私は提案を受け入れた。
取材の打ち合わせ日。『トリハダQ』のオフィスに来た私は、安達氏に連れられてきたMCの水城ミオと初めて対面した。
「どうも、久住さん! 水城ミオです。気軽にミオって呼んでください。今日はよろしくお願いいたします!」
水城ミオはまだ20歳を過ぎたばかりの女子大学生だ。
垂れ目が印象的で、整った容姿をしている。
とにかく快活な女性であり、映像を専攻に学んでいるらしい。
もともと『トリハダQ』にも制作スタッフとして参加するはずだったと聞いている。面接に応じた安達氏が彼女のタレント性に気づき、MCとして起用したことで『トリハダQ』は人気番組となった。
派手な外見に反して、心霊スポットへの取材はいつも落ち着いており、言葉遣いのセンスからも聡明さが伺える。番組での彼女にはそんな印象を抱いていたが、実際の本人のキャラも印象と違わなかった。
「一度やってみたかったんですよ、怪談のガチ取材。ホラー映画の導入みたいでワクワクするじゃないですか。あ、人見知りとかは全然ないので突撃取材とかはNGなしでいけます!」
多少テンションは高いが、仕事に対してポジティブに向き合ってくれるミオの態度に好感を持った。おかげで取材の方針の話し合いもスムーズに進んだ。
基本的に取材は私とミオの二人で進める。
その際、GoProを回し、取材の様子を撮影するのが条件となっていた。ただし先方が撮影を嫌った場合、音声の記録にとどめる。
まだ今回の取材が企画として成立するかどうかも未知数のため、なるべく撮影素材を集めてほしいというのが安達氏のオーダーだった。
さらに安達氏は、番組の公式アカウントからツナラに関する体験談の募集をかけてみることも提案してくれた。
「ツナラのワードで募集をかければ、なにか引っかかるかもしれないじゃん。そこから取材を広げることもできるでしょ?」
こうして企画の方針が固まったところで、発端となった怪談の投稿者である女性のもとへ取材に向かうことになった。
投稿者の名前は
2月の初週。冬の冷たさが容赦ない朝。
私とミオは浜松へと向かった。取材先へは私の車で向かうことになっていた。撮影素材を確保するため、ダッシュボード等にGoProが設置され、助手席にミオが座る。運転しているあいだも車内の様子を撮影するらしい。
「こういうオフトーク的なのも視聴者的には美味しいので。気軽に話しましょう。ヤバい箇所は編集でカットできるので」
私とミオでは年齢が一回り違う。話の共通項などあるわけもないが、そんなことはまったく意に介さずミオは話を振り続けてくれた。
どうやら私の著作も読んでくれていたらしく、おかげでこれまで行ってきた取材や『トリハダQ』の裏話などで盛り上がり、厚木を通り過ぎる頃にはだいぶ気安く話ができる関係性になっていた。
しかし車が浜松インターチェンジに差し掛かり、一般道へ降りたところでミオの口数も少なくなっていた。
失踪したのは椛島裕子の夫、椛島
念のため、取材前に静岡県警の行方不明者公開情報リストも調べていたが、リストの中には健太郎に該当する人物の名前が掲載されていた。
少なくとも投稿者の夫が行方不明になったのは事実である。そんな夫の帰りを待つ女性の話に、我々はこれから土足で踏み込もうとしている。
不謹慎な仕事であるのは承知している。
******
裕子は浜松市内にある一戸建ての書んきょで暮らしている。子供はなく、市内の小学校で教職員として働いているという。
「今は仕事だけが救いです。家に一人でいると、気が沈んでしまいますので」
裕子はそう言って、力なく笑った。
家屋には大きなソファや夫婦で使っていたであろうクッションが置かれ、リビングには健太郎氏と撮った写真が飾られている。壁はシミひとつなく、白い壁紙に覆われている。写真に比べて、目の前の裕子はやつれて見えた。
三脚で設置したカメラに囲まれ、私とミオ、裕子はテーブルを囲んで話を始めた。慣れない状況のためか、当初裕子は緊張している様子だったが、ミオが話しかけると少しずつ表情が柔らかくなってきた。
もともと怪談好きだったらしく、若いころは怪談の投稿もよく行っていたらしい。『トリハダQ』も主に怪談の紹介を楽しんでいるようだった。
「警察の方も捜索は進めてくれてるんですけど、全然手掛かりがつかめなくて。例の言葉がなんなのかも全然わからなくて。藁にもすがる気持ちで投稿させていただいたんです」
裕子もこちらの質問には誠実に答えてくれることを約束してくれた。
お互いに話をする準備が整ったので、我々は取材を開始した。
椛島健太郎は水産加工品の会社に勤めていたらしい。冷凍したウナギの物流などを扱っており、地方への出張も養鰻業者との商談が多かったらしい。
「会社で作った商品のサンプルを持って帰ることもありましたね。おかげで、家ではしょっちゅうウナギ料理が食卓にあがってました」
この冷凍ウナギはラインナップに富んでおり、冷凍の切り身や蒲焼きはもちろん、ウナギの刺身もあったらしい。
出張先は九州や四国、時折中国地方にも出かけていた。健太郎がどこでツナラを食べたのかはわからないらしい。
続けて、私は健太郎が云ったという寝言についても質問をした。椛島健太郎がどのタイミングで寝言をよく云うようになったのかを確認するためである。
ところが、ここで急に裕子の返答は歯切れが悪くなった。
「寝言……。はい、そうですね。この頃からですね。寝言は。はい」
健太郎が見たという「幸せな夢」についても、他になにか聞いていないか訊ねるが、やはり裕子の態度はぎこちなかった。
「さぁ、わからないです。目が覚めたあとも、おかしな様子はなかったので。ええ」
裕子はずっとこちらと目を合わせようとせず、明後日の方向を見つめている。
そこで、ミオはあることに気づいた。
ミオは手を挙げると、リビングの壁のある一点を指さした。
「リビングのあそこの壁、なにかあるんですか? 塗り直したようですけど」
裕子がずっと見つめていたのはリビングの白い壁だった。
壁のクロスにはシミ一つなく綺麗な状態を保っているが、よく見ると一面だけ白味が異なっている。後から壁紙を張り替えたのは明白だった。
裕子は目を大きく見開いていた。何度も何度も小刻みに首を振る。
「ち、違います。あれは、私が汚したんです。主人は関係ありませんっ。私がコーヒーをこぼしてしまって、それで……!」
裕子はちらちらとカメラを気にした。私はミオに頼み、一旦カメラの録画を切るよう指示し、相手の気持ちが落ち着くのを待った。
10分ほど沈黙が続いた。やがて裕子はなにかを諦めたように肩を落とした。
「ごめんなさい。ちゃんと全部話すと云ったのに。どうしても、あのときの夫の姿を思い出すのが怖くて……」
投稿された怪談には、伏せられていた話があったのだ。
他人に語ることも阻まれる恐ろしい体験談が。
「教えてください、裕子さん。我々は健太郎さんの身になにが起きたのか知りたいんです。もし負担であれば、カメラのほうも止めますので」
しばらく逡巡したのち、裕子はボイスレコーダーによる録音だけを条件に、話を切り出した。
「ツナラという言葉を口にしてから、1ヶ月ほど経った頃です。急に夫が変わり始めてしまったんです……」
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