2. はじめに

 本稿はフィクションである。

 登場する人物、地名もすべて実在の人物・団体とは一切関係がない。


 そんなことは本稿が【第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞】に応募されている時点で自明だと思うかもしれない。


 ただ、本稿の執筆経緯は少々入り組んでいる。まずは私がどうして本稿を執筆するに至ったか。その経緯から説明させていただければと思う。


******


 私は【久住くずみヒロ】名義で活動しているライターである。

 主に都市伝説系やホラー系のネタを専門にしているが、どんな仕事でも引き受けるので、業界では便利屋的な存在として認知されている。


 去年の冬のことである。動画配信チャンネル『トリハダQ』のディレクターを務める知人の安達氏から怪談の下読みを手伝ってくれと頼まれたのだ。


『トリハダQ』はホラー特化型エンタメ番組を謳う動画配信チャンネルである。

 怪談好きの素人女子大生である水城みずきミオをメインパーソナリティーに据え、心霊スポットの探索や都市伝説の検証などを行っている。


 ピンクに染めたショートヘアの美人が臆することなく心霊スポットに足を踏み入れ、毎回美味しいリアクションをしつつも、ゲストと絶妙な掛け合いをする姿が人気を博し、登録者は100万人を超えている。ホラー系のコンテンツでは一番ノリに乗っているといってもいい。


 この『トリハダQ』の番組内に視聴者から投稿された奇妙な体験談を紹介する『みんなのトリハダ』というコーナーがある。

 要するに実話怪談の投稿企画だ。

 大抵、この手の投稿は番組で紹介する前に、運営スタッフによる選定が行われるのだが、最近は投稿数があまりに増えており、運営スタッフだけでは確認が追いつかなくなっていた。


 安達氏にはお世話になっており、何より数年がかりで取り組んだ大きな企画がぽしゃったばかりで、当時の私はヒマを持て余していた。


「なんか面白そうなのあったら、そっちで使ってくれていいからさ。よろしくー」


 と雑なコメントともに安達氏から転送されてきた怪談の投稿メールが約900通。

 ここから番組的に「使えそうなネタ」と「使えないネタ」にふるい分けていかねばならない。


 投稿怪談の使えるネタ、使えないネタとはなにを指すのか。

 語り口の稚拙やネタの斬新さを重視する人間もいるだろうが、個人的には「ネタのガチっぽさ」にこそ実話怪談の神髄があると考えている。


 実話怪談は「体験した人間の主観で語られた奇妙な体験談」であり、それがどんなに奇妙な内容であろうと、体験者が実際の出来事として語る限り、それは実際に起きたこととして扱うという建前がある。


 しかし実際のところ、聞いてる側からすれば、話が本当にあったかどうかというのはどうでもよかったりする。

 肝心なのは「確かにそんなことも起こるかもしれない」というリアリティである。

 リアリティとは話のディティールではなく、体験者自身の語り口にこもった実感に宿る場合が多い。実感がこもった語りは、体験者自身の不安や恐怖を聞き手側にも伝播させる力がある。

 だからこそ、実話怪談の下読みをする際は、語り口の実感を重視するようにしていた。


 とはいえ、そんな実感がこもった怪談などそうそう出会えるものじゃない。

 最近は怪談の動画も増え、怪談の語り方を紹介する書籍も増えている。このため、一種のテンプレに沿って語られる怪談も増えてしまった。


 こちらもプロなので、怖がらせようという作為を持った文章は一読すればわかってしまう。今回寄せられた怪談もそういう類の話がほとんどだった。

 そういうものだと割り切っているので、私も淡々と下読みを続けていた。4分の3まで確認を進めたとき、ある投稿が目に留まった。


 出張先でツナラと呼ばれる食べ物を口にした夫の様子がおかしくなり、そのまま失踪してしまった、という体験談である。投稿者は夫の妻らしい。


 正直なところ、怖くはなかった。

 食べた人間が彼岸へ連れていかれるという流れはヨモツヘグイの逸話を連想させる。モチーフは興味を惹かれるが、体験者の感情が伝わる書き方になっていない。ただ事実だけを羅列しているように思える。

 しかし私は仕分けの作業を止め、考え込んだ。


 ツナラという言葉に既視感があったのだ。

 なのに、どこで見たのか、誰から聞いたのかがまったく思い出せない。


 ひとまず保留フォルダに入れて、作業を進めるが、やはりツナラの言葉が頭から離れない。我慢しきれなくなった私は知り合いに片っ端から電話をして訊ね回る。

 すると民俗学に詳しい知人からこんな回答が得られた。


「ツナラ信仰のことじゃないか? 結城ゆうき連十郎れんじゅうろうの『民俗信仰探訪』に出てきたはず」


 そこでようやく既視感の理由が判明した。

 何年か前に、『民俗信仰探訪』を古書店で購入しており、一読した覚えがある。すぐに本棚から引っ張り出し、ページをめくると、該当の記述が出てきた。


『S県にある津奈島つなしまという島をご存じだろうか。

 日本海の南西に位置する小さな離島だ。地図上で見ると、まるで横たわる三日月のような形をしている。

 津奈島には現在、500名に満たない人々が住んでいる。彼らは漁業を主な生業とし、小さな島の中でささやかな生活を営んでいる。

 この小さな島には我が国に仏教が伝来する以前より成立した信仰が存在する。

“ツナラ信仰”と呼ばれるこの独自の信仰はいまもなお島の人々に息づいており、島の精神的支柱になっている』


 ツナラ信仰に関する記述はこれだけだ。どのような信仰なのかはわからない。結城教授は10年前に病死しており、つなら信仰に言及した著作はこの1冊だけだった。

 

津奈島の文字を見て、数年前に読んだ時とは違う感慨を抱いた。

『民俗信仰探訪』が刊行されたのは2007年。まだこの時には津奈島には人が住んでいた。それも今では過去のものとなっている。

 

 5年前の夏――2018年7月21日早朝。

 津奈島は突発的な津波に見舞われ、島民全員が行方不明となった。


 当時、ニュースでも大きく報道され、「津奈島災害」の名称と共に、小さな離島の名前は一躍全国に知られることとなった。結局、なぜ津波が発生したのか謎のままになったと聞いている。

 

 島民が災厄に見舞われた離島の民間信仰と、謎の言葉を残して失踪した会社員。

 両者をつなぐ「ツナラ」という言葉。

 

 偶然かもしれない。そもそもこの怪談自体、ツナラ信仰をベースに創作されたという可能性も十分にありうる。頭ではそう思っているのに気になって仕方がない。こういうときはすぐ行動に移すに限る。

 

 私は安達氏に連絡を取り、怪談を深堀りさせてくれないか頼んだ。

 怪談に記されたツナラの言葉と津奈島の関連を伝えると、安達氏も興味を示し、こんな提案もしてくれた。


「だったら、投稿者さんに連絡とって取材OKか確認してみようか? 久住ちゃんも直接話を聞いてみたいでしょ?」


 

 こうして取材結果についてもそちらのネタとして扱って構わないという言質がとれた。かくして2023年1月、ツナラに関する取材を始めた。関係者に取材を重ね、事実の検証を重ね、そして本稿は今の形にまとまった。


******


 おそらく本稿をお読みの方は疑問に思っているだろう。

 ならばこれは、怪談の内容を検証したルポタージュであり、フィクションではないのではないか、と。

 実は本来であれば、この原稿は『トリハダQ』との連動企画のノンフィクションとして商業出版される予定だった。

 しかし諸事情により出版計画は中止となった。

 なぜなら、ノンフィクションとしての刊行が不可能になったためである。

 このため供養の意味も込めて、本稿をこちらに投稿することにした。 


 もう一度繰り返す。本稿はフィクションである。

 少なくとも読者諸氏にとって、本稿に記載されている内容はフィクションとして捉えていただけるはずだ。


 もしも万が一、本稿をお読みの方の中にツナラという言葉に聞き覚えのある方がいたら、私の連絡先までご一報いただけると幸いである。


 そんな方が現れないことを切に願う。

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