第33話 映画でも作るんですか

 クルージングを終え、マリーナ内の休憩所では初めての航海を終えた優奈と真司が、興奮冷めやらぬ様子で感想を語り合っている。

 湊と彩子、バルバロは船を返す手続きがあると言って、優奈達から離れた。


「あまり時間は無いかも知れないわ。今までは十一月二十九日に海面上昇が起こっていたけど、もし魔鯨が既に目醒めているなら、早まる可能性だって否定できない」

「同感だな。優奈が白鯨かも知れないなら、いっそ全部話しちまったらどうだ? それがきっかけで目醒めるかも知れねえ」

「真司の可能性もゼロじゃない。この後二人に話そうよ」

「そうね。あたしの家に二人を呼びましょうか」


 彩子の提案に二人は同意し、優奈と真司の元へ戻って皆でマリーナを後にした。


「じゃ、悪い。俺バイトなんだ。後で連絡してくれ。優奈、真司。またな」

「おっす! バル男さん、今日はあざしたっ!!」

「バル男さん、本当にありがとう。すっごく楽しかった!」


 バルバロは魔鱶の身の入ったクーラーボックスを肩にかけ、背中を向けて手を振って逆方向の電車へ乗った。

 やがて湊達の前にも電車が来た。これから荒波部四人で、彩子の家へ向かうのだ。


 電車の中でもヨットでの航海の話で持ちきりだった。自分達でヨットを買うとしたら、いくらぐらいするのか真司が調べ出して「全員でバイトすれば中古のヨットは買えるじゃん!」と目を輝かせていた。

 それには湊も興味津々で、その一瞬だけは白鯨探しことも頭から離れていた。何事も起きない平和な東京で、荒波部全員で船を出す想像を、駅に着くまでずっと膨らませた。



「さすが先輩。綺麗にしてますね」

「おわぁぁー、女子の良い匂いがする」


 彩子のマンションに到着し、初めて部屋に入った二人は、キョロキョロと周囲を見渡す。


「サイコ先輩、僕がお茶入れるよ」

「あら、ありがと」


 さらりと二人の関係性を疑われるようなやり取りをかますが、幸いにも部屋を物色している優奈と真司の耳には届かなかった。


「夕霧先輩。この写真、もしかして先輩のご両親ですか?」

「ええ、そうよ。海外で暮らしてるの。あたしも若いでしょー。高校入ったばっかよ」

「へぇー、すごいですね。でも、一人暮らしって大変じゃないですか?」

「まあ何かと大変な事もあるけど、自由でいいわ」


 優奈はその写真を手に取った。今の派手目な彩子とのギャップが新鮮だったのか、まじまじと見つめてクスッと笑った。

 少しして、湊がお茶を並べて四人がテーブルを囲んだ。


「さて、優奈、真司。信じられないかもしれないけど、大切な話があるの」

「?」

 彩子は、湊と自分が巻き込まれたその運命について、白鯨として共に戦うかもしれない二人に、ゆっくりと話し始めた――。

 


 ▼



「あーもう、どうしたらいいのー」


 彩子は不満げな声をあげてソファに倒れ込む。

 優奈と真司に百年後の東京や白鯨と魔鯨の事を打ち明け、二人のうちどちらかが白鯨では無いのか、と直球に尋ねた。

 その結果は、特に得るものは無かったのだ。


 平和に暮らしている優奈と真司の視点に立てば無理もないが、真面目な顔で彩子が一連の出来事を話した直後、二人は声をあげて笑い出して「映画でも作るんですか」と、微塵も信じる素ぶりを見せなかった。

 なんだか恥ずかしくなった彩子はその空気に負けて「そうなのよー、映画製作やってみたくてー」などと思ってもいない事を口走り、話は終わってしまったのだ。


「まあでもサイコ先輩。その話をして優奈か真司が目醒めるか試す、っていう目的だったから、信じて貰えなくても気にする事無いよ。元気出して」

「うん……ありがと、湊」


 ちなみに優奈の様子に変化は無く、その日はまた夏休み中に遊ぼうという約束だけしてお開きになった。


「ベリーと同じ言い伝えを知ってる以上、優奈が白鯨だと思うんだけどなー」

「僕もそう思う。また方法を考えよう」


 とりあえずご飯にしよう、という事で、彩子はキッチンに、湊は同時進行で洗い物をすべくその隣に立った。

 

 ▼


 優奈と真司に今までの出来事を打ち明けてから半月ほどが経過した。

 その間も湊と彩子は何度も泊まりで作戦会議を重ね、時折バルバロとも外で会い、荒波部でも何度か遊びに行った。

 しかし優奈の様子は何も変わらず、特に成果の得られない日々が続いていた。


 夏休みも終盤に差し掛かったある日。珍しく優奈から「驚きの発表がある」と、荒波部全員に召集がかかった。

 指定された集合場所は、彩子の家からモノレールに二駅ほど揺られた場所にある、海が近いファミレスだ。


「で、どうしたんだ優奈。テンション上がる話じゃ無かったらしっぺだぞしっぺ!」

「真司うるさい。でも、テンションは上がるね。これは」


 ドヤりとした笑顔で、三人を見やる優奈。


「なんと! 御座船ナイトクルージングの無料招待券、もらいましたっ!」

「「「おぉー!」」」


 それはいつぞや湊と彩子が二人で乗った、現代の紅妖でのクルージングだ。日中はこの間のように湾内をくるっと一周する手軽な内容だが、夜はそれとは異なりしっかりとしたコース料理が出て、レインボーブリッジを越えて二時間ほどのクルーズになる。


「こないだバル男さんと行ったクルージングが楽しくって、なんだか船乗りたくって、お父さんに話したらなんか株主? か何かでもらっちゃった! すごいでしょ!」


 優奈が嬉しそうにはしゃぐ。湊も彩子も白鯨絡みで行き詰まっていた最中、救われたような気分になる。

 思わず頬が緩んだ。やっぱり、仲間とどこかへ行くのは楽しいのだ。


「ちなみに五人分貰ったから、この間のお礼も兼ねてバル男さんも誘いたいの!」

「あら、いいわね。あたしから連絡しとくわ」

「バルバ……いや、バル男さん夜バイトだから、バル男さんの休みに予定合わせよっか」


「めっちゃ楽しみだぜ! しかも船、でかいよねこれ? いつか俺、デートに使おう」

「いつか生きてるうちに何かが間違って天文学的な奇跡が起きて、そんな夢見たいな機会が来るといいね」


 優奈が哀れみ百パーセントの瞳で、真司を葬った。

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