第25話 離宮へ




















三日後、メイヴィスはコーディの宿る古書を片手に馬車に乗り込んだ。その胸には、カレンに無理やり付けられたブローチが光っている。これに関しては、メイヴィスはすでに拒むことは諦めていた。


「ルアンには一日ほどで到着するそうですが、体調が悪くなったらおっしゃってくださいね」


正面に座るカレンが声をかけてきたので、メイヴィスは頷く。

一日であればそう長旅でもない。ただ、どこか違和感があるだけで。


「ルアンにはどのくらいの期間滞在するの?」

「体調が良くなるまでだそうです。ひと月かもしれませんし、雪が解けるまでの間ずっとかもしれません」

「そうなの」


どこにいてもメイヴィスのやることは変わらない。

ただ、ひどく退屈になりそうだと思った。


「侯爵令嬢様、そのご本は離宮でお読みになるのですか?」


ずっと気になっていたのだろう。だが、カレンはどこか他に思惑がありそうな顔をしている。


「ええ、そのつもり」


図書館に出入りしていることを知っているカレンに対して、その言い訳は気楽だった。


「差し出がましいですが、あまりにも古いようなので、お戻りになった際に修復を頼みましょうか?」


確かに、手にしている古書は表紙はボロボロ、中の紙もずいぶん色が変わってしまっている。読みにくいのでは、と思うのは当然だ。


「そうね。考えておくわ」


メイヴィスはそう返した。コーディが良しとするかどうか、それが問題であったのだ。是非と言えば頼めば良いし、嫌がればやめれば良い。カレンは忙しい身の上であるから、帰る頃にはきっと忘れてしまっているだろうという推測もあった。


「かしこまりました。では、こちらをお飲みください」


差し出されたのは濁った液体だった。


「これは?」

「酔い止めです。気休めにしかならないかもしれませんが、飲まないよりは良いかと思いまして。不要でしたら大丈夫です」


カレンの気遣いに、メイヴィスはまたシャロンが恋しくなった。気遣いでも何でもなく、決まりであるのかもしれないが。


「いいえ。ありがとう」


少量の液体をぐいっと煽り、喉に流し込む。苦味に顔を顰めたが、カレンはすぐに水を差し出した。


「薄くならない?」


咳をしながら尋ねると、カレンは首を振った。


「それを想定して調合してあります」


それならば、とメイヴィスは今度は水を流し込んだ。










♢♢♢♢♢









侯爵令嬢様、とメイヴィスはカレンに揺さぶられた。


「到着です」


いつのまにか横になって眠っていたメイヴィスは、腕をついて起き上がる。外は明るい。そして、空気が冷たくないと思った。


「ご気分はいかがですか」

「えっと……悪くないけど。私、どのくらい眠っていたの?」


一日かかると言っていたのに、もう到着だと言う。メイヴィスは自分がそこまで長く眠っていたとは思えなかった。


「ずいぶん長く眠っておられました。これからお食事です。参りましょう」


カレンの物言いで、メイヴィスは食事を個人ではできないのだと理解した。普段であれば腹の具合を尋ねてくるからだ。


「カレン。離宮へは療養のためにって話だったけれど、殿下は仕事はされないの?」

「全くというわけではございません。最低限行うそうです」


つまり、余暇は多いということだ。


「離宮にも王宮ほどとはいきませんが、書庫があるそうです。温泉に入りがてら、のぞいてみてはいかがでしょう」


それを聞いて、メイヴィスは少し元気が出た。


「そうするわ」


脇に抱えた古書を持ち直し、メイヴィスはカレンの後をついていく。コーディには悪いが、この重たい本を、早くどこかに置きたかった。


「お部屋にはお食事の後にご案内しますので、そちらの本はお預かりします」


メイヴィスの様子に気が付いたのか、カレンは手を差し伸べる。他人にコーディを渡していいのか気になったが、カレンが開くことはないだろう。そう信じたい。


「古いから丁重に扱ってね」

「承知しました」


表紙にすら目を通さず、カレンは本を抱きしめた。













食堂には、メイヴィス以外が揃っていた。クリスタやルーナの侍女であろう女たちの視線が痛い。特にサイラスは一番に出発しているので、かなり待ったかもしれない。


「遅れて申し訳ありません」


三人の姿を認めると、メイヴィスは頭を下げる。


「構わない。座れ」


サイラスの言葉で頭を上げ、空いていた席に着く。今日は末席だ。理由は知らない。考えない。

大小様々な白い皿数枚とカトラリーが並んでいる。ナプキンを膝に置いた。


(殿下からは遠ければ遠いほどいい)


どうせ見もしないだろうが、メイヴィスもあまりサイラスを視界に入れたくなかった。


「何かあったのですか?」


尋ねてきたのは隣にいたルーナだ。


「いえ、私が少し眠ってしまって、それで遅れました」

「お体の具合はいかがですか?」


斜め向かいに座っていたクリスタが身を乗り出してくる。


「もう大丈夫です。ありがとうございます」


口元だけ笑みを浮かべて、メイヴィスはそう返した。笑顔を作るのは難しい。

それから間もなく料理が運ばれ、食事が始まる。いつもより機嫌が良く見えるサイラスは、ぽつぽつとクリスタやルーナと言葉を交わしていた。

メイヴィスは自分の分を無言で食べ終え、早々に退席した。



















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