第24話 ツケの支払い





















「久しぶりに顔見せたかと思えば、今度は離宮へ療養だと?」


一人で動けるようになった頃、メイヴィスは図書館へ向かった。彼の顔を見るのは実にふた月ぶりである。


「この寒さだから体調不良者が多いみたい」

「お前もな」

「離宮なんてあるのね」

「おい無視するな」

「何か知ってる?」


あくまで無視を決め込むメイヴィスに呆れ、コーディは質問に答える。


「離宮といえばルアンだな」


そういえばそんな名前だったとメイヴィスは頷いて先を促す。


「あそこは暖かいだけで何もない。温泉はあるがな」

「温泉?」


首を傾げるメイヴィスにコーディは「ああ」と応える。


「あったかい湧き水だ。弱った体に良いらしいぞ」

「ふぅん」


少し湯に浸かった程度で、生まれ持った虚弱体質が治るわけでもない。コーディの広告はさほどそそられなかった。


「お前は全く気にしていないんだな。他の妃候補も行くんだぞ?」


無関心な様子のメイヴィスに、コーディはわかってるかと加える。


「それが何?」

「何もない離宮で、本当にただゆっくりするだけだと思ってるのか?」

「ここと変わらないと思ってるけど」

「他の妃候補たちは必ずお前を蹴落としに来る」


ピシッと突きつけられた指を見ていたメイヴィスは、一瞬理解が遅れた。


「え? なぜ」

「なぜって、王太子と親密になる良い機会だろ」

「な、なるほど?」


ピンと来ていないメイヴィスに、コーディはわざとらしく大きなため息をつく。


「王妃の座に興味のない自分には関係ないってか? だとしても、女ってのはおっかないの。誰が愛を掻っ攫うかでいつの時代も喧嘩してんの」

「わかるけど。全員がそう、みたいな言い方はちょっと」

「それはそう。ごめん。って、そうじゃなくて!」

「コーディ。私がイマイチピンと来てないのは、二人ともそんなことをするようには見えないからなのよ」


公爵令嬢と伯爵令嬢を思い出す。

どちらも穏やかで人を害するようには見えない。何せ出来レースなのだから、クリスタには動機がないしルーナもどちらかといえば諦めているように見えた。


「チッチッチ、甘いな侯爵令嬢!」

「どうして」

「問題は本人じゃない。侍女たちだ」

「侍女……」


思えば、メイヴィスの心を追い詰めるのはいつも侍女たちであった。


「主人が王妃になれば自分たちの立場も上になる。本人にその気が無くても、侍女たちは確実性を上げるためにとまずお前を潰しに来るだろう。お前の意思なんて関係ないんだよ」

「そう、かもね」


やる気のない女は目障りなだけだ。邪魔をしたくなる気持ちは理解できる。


「潰す、って具体的に何するのかしら」


抽象的な言葉に思わずつぶやく。


「そりゃ、でっちあげの目撃証言に作られた証拠で罪をなすりつけたりとか、ありもしないことを王太子や主人に吹き込んだりとか?」

「なるほどね」


良くて投獄、悪くて処刑。つまりそういうことだ。


「どうするつもりなんだ?」


近距離で覗き込んでくるコーディの顔を見つめ返す。

どうするもこうするも、メイヴィスに防衛手段はない。味方なんて誰一人いないのだ。


「どうもしないわ。今までだって罪はたくさん被ってきたし」


中には濡れ衣を晴らしてくれた者もいるが、ごく稀だ。

今生きているだけでも奇跡に近い。

コーディは強がりでも何でもないメイヴィスの言葉にまたため息をついた。


「……侯爵令嬢。前に侍女を探すの手伝ったよな」

「そうね」

「その時の対価、俺は考えておくと返事したな」

「そう、ね?」


うろ覚えである。


「じゃあ、俺をルアンへ連れて行ってくれ!!」


思いがけない提案に、メイヴィスは叫ぶことはおろか、声を上げることもできなかった。


「お前が見つけた本があるだろ。あれを持っていってくれ」

「うぅん、まあ、それくらいなら別に……いい、か?」


本の持ち運びをするだけなら、メイヴィスにもできる。置いてけぼりにしない自信はないが。


「コーディ、そんなに温泉に入りたいの?」

「いや違う。そもそも入れん」

「じゃあ、何?」


魂胆を教えろとせがむと、コーディは視線を泳がせた。


「……と」

「と?」

「とっ、友達と旅行に行きたいなあって思うのは悪いことかよ?」


可愛げがあるなあと思いながら、メイヴィスは照れているコーディを眺める。だが、揶揄いはしない。


「離宮には温泉以外、本当に何もないの?」


顔を隠そうと向けられた背中に問いかけてみる。コーディはすぐさま振り向いた。


「ん? ああ、あとひっろい森と……馬のために広い土地があるらしい。王太子なんかは乗馬することもあるって」

「乗馬……」


馬は苦手だ。馬に限らず、言葉が通じない生き物は全て苦手だ。言葉が通じる人間ですら苦手だというのに。


「なんだ、動物もダメか」


メイヴィスの表情が暗くなったのを見て、コーディは腕を組む。


「ダメというか、嫌われるのよ。いるでしょう、そういう人間」

「動物にまで嫌われるって……お前そんなに性格悪いのか?」

「否定はしないけど。舐められてる、が正しいんじゃないかしら」


ふぅん、とコーディは天を仰いだ。


「……何にせよ。ちゃんと連れてってくれよ」

「騒がなければそれでいいわ」


目立ちたいわけではない。穏やかに過ごしたいだけなのだ。


「俺が騒いだことあったか?」

「あなたはいつでも冷静だけど。万一があるからね」


コーディは肩をすくめ、メイヴィスに部屋に戻るよう促した。




















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