第12話 生誕パーティー





















「……嫌な夢」


書庫備え付けのベッドで目を覚ましたメイヴィスは、頭を抱えた。忘れていたはずの遠い記憶は、どうしたって苦々しい。

マリアがメイヴィスに与えたものは、年齢に見合うものではなくなったこともあり、全て処分した。必要ないからとドレスは最低限、装飾品は持たない。

侯爵令嬢とは思えないほどの質素ぶりだ。

どう見ても両親からもサイラスからも愛されていないメイヴィスは、周囲にとって蔑んでもいい存在になっていた。メイヴィスを迫害しても仕返しをされることがないから。


「はあ……」


寝起きの気分が最悪なメイヴィスは、ケープを引っ掛けて書庫を出た。


















散歩でもすれば気が紛れると思ったのだ。

起きた時、コーディの姿はどこにもなかった。

しかし、夜を迎えた王宮は今夜は特に気配がない。


「電気もほとんど消えてるわね」


奇妙だと思い、外に出る。すると、来客を迎える王宮玄関の方が騒がしいことに気がついた。


「大広間……パーティーでもあるのかしら」


暗い廊下を辿っていると、奥の方から光と人影が見え、メイヴィスは柱に身を隠した。そうしながら、足音を立てないよう近づく。


「ラングラー侯爵令嬢、出席しなかったな」


若い貴族の集団が、大声で会話をしているのが聞こえた。メイヴィスは思わず、被っていたケープのフードを引っ張って顔を隠した。


「一度も社交界に出ないそのお顔をやーっと拝見できると思ったのに。残念ね」

「でもよ、来なかったってことは理由があるだろ? やっぱりラングラー侯爵が無理矢理娘を妃候補に推薦したってのは本当だったんかな?」

「何が言いたいの? 殿下が妃候補としてラングラー侯爵令嬢を認めていないって?」

「だってそうだろ、何の説明もなかった。まるで最初から妃候補は二人だけみたいだったじゃねえか」


何の話をしているのか、メイヴィスにはよくわからなかった。ただ、今夜は何かしらのパーティーが催され、そこにメイヴィスが招待されなかったことだけはわかる。そしてカレンが、メイヴィスにつきっきりでなくなった理由も。


(カレンが私に何も言わずに動いていたってことは、伝え忘れたわけではなさそうね)


貴族たちは手に持っていたグラスを鳴らす。挨拶も終わり、自由な時間を楽しんでいるのだろう。

会話は続く。


「無理もない話だ。何の取り柄もない、ただ侯爵令嬢ってだけで断れずに受け入れた女を愛せるはずがない。ラングラー侯爵令嬢がどんなお人柄かは知らないが、ろくな女じゃないんだろう。殿下に寵愛されてないってのがよくわかる」

「ちょっと、誰かに聞かれたら不敬罪で捕まりかねないわよ!」

「はあ? みんな同じこと思ってるだろ。ま、この様子じゃ心配しなくても、ラングラー侯爵令嬢が王妃になるなーんてことはなさそうで安心したよ」

「王太子殿下の生誕パーティーを欠席する王太子妃候補とか、前代未聞だしな」


下品な笑い声を聞きながら、メイヴィスは天を仰ぐ。


(王太子殿下の誕生日……知らなかった……)


きっと、サイラス本人の指示だろう。だからカレンはメイヴィスに何も言わなかったのだ。


(知らなかったとはいえ、知ろうともしなかった私が悪いのよね。きっと)


貴族たちの言葉は正しい。

メイヴィスはサイラスに愛されていない。妃候補への装飾品も渡されていなければ、パーティーにも招待されなかった。それが全てを物語っている。


(参加したかったわけじゃないけど、祝う気持ちがないわけでもないのに。私には祝われたくもない、か)


メイヴィスが立ち尽くしている間にも、貴族たちの会話は続いている。


「ラングラー侯爵令嬢と言えば、王太子殿下とオルセン公爵令嬢様の茶会に乱入してぶち壊しにしたらしいじゃん。頭イカれてるよな」

「他にも、パリッシュ伯爵令嬢様を木から突き落として怪我をさせた、とか言われてたわね」


(ああ、やっぱり)


事実とは異なる噂が流されている。全てはメイヴィスを悪に仕立て上げるために。


(……そこまでして私を追い出したいのか、単にストレス発散の捌け口にしてるだけなのか)


立ち去りたい。これ以上聞きたくない。だが動けば彼らに存在を悟られてしまう。メイヴィスにはどうすることもできなかった。


「でも不思議じゃない? その噂が本当なら、とっくに王宮を追い出されてるはずでしょう。そんな話は聞かないわ」

「そうそう。それに、怪我をしたのはどうやらラングラー侯爵令嬢の方らしいじゃない」

「そりゃ、お優しい伯爵令嬢様だな。わざわざ名乗り出るなんて」


せめてもの抵抗に耳を塞いだが、あまり意味はなかった。震えた空気は確実にメイヴィスの耳まで音を届けてくる。


(……なるほど)


たとえ何が真実であっても、メイヴィスの株が上がることは決してないのだ。もちろん、同情されることも。


「じゃあ、その怪我の回復のために今夜はいらっしゃらないのか」

「いたとして、主役を食い潰すでしょ。社交界に出て来たことのない箱入り令嬢のお披露目と王太子殿下の生誕パーティーを同時にやるわけないし?」

「それは王太子殿下の本意ではない、と」

「殿下はマジで侯爵令嬢に興味ないらしいし、本当のところはわからないけどねー」

「でも殿下もお気の毒よね。訳あり令嬢を押し付けられて」

「噂が本当なら誰も迎え入れたくないからなあ」


好き勝手な言葉が、メイヴィスの心を刺していく。

周囲からの関心と悪意を避けるため、距離をとっているのはサイラスよりメイヴィスの方だ。何を言われても平気なつもりでいたが、実際耳にするのは辛い。


「ん? お前、何者だ」

「!」


息をひそめ、音も立てていなかったはずなのに、メイヴィスはその集団の一人に見つかってしまった。


「そんなところで何をしている?」


手首を引っ掴まれ、集団の前に連れていかれる。好奇の視線がメイヴィスを刺し、思わず顔を伏せた。視界に映る足の多さに、逃げ出したくてたまらない。


「見たことのない格好ね。どこから来たのかしら」


どう言い訳をするべきか、メイヴィスは必死に考える。が、良い誤魔化し方が何も浮かばない。


(正体を知られたくない、でも逃げれば騒ぎになる……侍女がここにいるのはおかしいし、何か、言わないと……)


「黙ってて怪しいな。招待客じゃないんだろう」

「……」


答えないメイヴィスに痺れを切らし、一人の男が「衛兵! ここに侵入者だ!」と叫んでしまった。


(もしかしたら、シャロンに会えるかも)


ここまで来ると逃げても捕まるのでそんな気も起きず、別のことに期待する。

するとその時。


「何を騒いでいる」


冷たい声が、その場の空気を凍らせた。




















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