買い食い団子

CHOPI

買い食い団子

「月、でっけーな」

「それなー」

 

 ******


 仕事終わり。朝よりマシだとは言え、それでもそれなりの人数が押し込められている車両を見てげんなりする。一日フルで働いた後、最後の最後にコレというのは何年たったところで慣れはしない。気持ちが重たいまま、何とか一人分の隙間を見つけて身体を押し込んだ。


 地下鉄の薄暗いトンネルの中を走る車窓に反射して映る自分の顔があまりにも暗く、一周回って笑えてきてしまった。同じく映っている横の人の顔をチラッとを見れば、同じような顔の人。反対側にはスマホを死んだ目で眺めている人。自分の後ろに映っている人の頭は、電車の振動とは明らかにリズムの違う動きをしていて、あぁ、恐らく眠りかけているに違いない。


 こんなに疲労困憊で、地下鉄みたいに真っ暗で。どんどん思考も暗くなって――……


 と、思考が暗い方へ引っ張られて、危うくネガティブに飲み込まれる、そのギリギリのところで、図ったようなタイミングで電車が地下鉄から抜けて地上へと出た。今朝は車窓から爽やかな秋晴れの空が広がっていた事を思い出す。それに呼応するかのように、車窓の外に見えたのは、でっかくてまるい、金ピカのお月さまだった。


 おぉ。小さな感嘆の声が、吐息と共にこぼれた。自分の働く会社のある町は、煌々とビル明かりで染まっていたから意識が向かなかったけれど。もうこの辺りまで来ると郊外だから、月の光がとても明るかった。


「ただいま」

「おかえり、俺も今帰ったとこ」

「買い物は?」

「してない、今から行く。一緒に行かね?」

「おっけ、荷物だけ置くわ。すぐ出ようぜ」

「おけー」

 ルームシェアして早数年。年の近い兄弟で、家を出てからもう一回、一緒に住むなんて想像もしていなかったけど。なんだかんだ兄弟だから気を使わなくて済むし、家賃も光熱費諸々も折半で済むから結構良かったりする。


「おー、月が明るいことー!」

「この辺ちゃんと暗くなるから、やっぱり明るさ感じるよな」

 月を背負うように歩き出せば、2つ分の影法師が目の前を長く伸びている。その影を追いかけるようにして、男二人で近所のスーパーへ。閉店間際の駆け込みで、半額シールの張られた総菜を物色する。と、その横に白くて丸い一口大の団子が積まれていた。


 ポップを見れば「お月見団子」の文字。あぁ、そりゃそうだ。9月、10月はお月見の季節だよな。


「なー、これ食う?」

「なに、団子? 珍しい」

「何となく」

「別に良いけど」

 ってなわけで、こちらも買い物カゴにイン。


 スーパーからの帰り道。

「で? どうすんの? これ」

「腹減ったし、食いながら帰ろうぜ」

 買い食いなんて、もうなかなかにするような年齢でも無いけれど。でっかくてまるい、金ピカのお月さまを見ていたら、ちょっと子ども染みた月見も良いかな、なんて。


「……俺ら、いい大人だけど」

「たまにだし、いいんじゃね」

「……あ、そ」

「要らねぇならいいけど」

「いや、食う」

 いつまでたってもこういうノリは成長しない。どんなに成長したって関係性は兄弟だ。


「うま。あんこが染み渡る」

「もち、硬くね?」

「しかたねーよ、惣菜の半額のやつだし」

「そりゃそうか」

 少し硬い団子を二人で食べながら、家のある、月明かりへ向かって歩いていった。

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