第70話
クルシアとヴィール……、それから一応はリュロイにも、魔術を教えたり、その為の道具を作ったり、収穫祭で人々が踏み荒らした森の魔力がどうなったかを調べたりしながら、秋の日々は過ぎていく。
熟練の魔術師であるリュロイにとっても、何かと道具を用いる僕の教え方は物珍しいらしく、他の魔術師を志す者達の育成にもそれらを用意できないか、真剣に検討してるらしい。
何度か述べたが、魔術を覚える事には危険が伴う。
魔力のコントロールも、決して目に見えるものじゃないから、感覚に従って、できた心算になっていて、次のステップで、実際に使った魔術を暴発させるなんて事故は、ザラに起きる。
実際に、魔力のコントロールができたとしても、その魔術を発動させるのに必要魔力を、ちゃんと伝えられずに暴発が起きる、なんて事もあるか。
僕の場合は、先日の光を放つだけの杖は、薄い赤と、彼らが魔力のコントロールに用いた溶液の色で、指示を出した。
道具を用いた可視化の効果は、リュロイの目にも絶大に見えたのだろう。
もちろん、道具を用いる場合のデメリットも当然ながらあって、最大の物は、その用意に金が掛かる事。
実はあの、魔力を注いで色を変える溶液だって、そんなに安い物じゃない。
僕は元々ヴィールには魔術を教える心算だったから、それらの道具の準備に金を惜しむ事はないし、クルシアだって領主の子だから、何を教えるにしてもまずは安全を優先してる。
つまり今は、コストを度外視して魔術を教えてるから、効果と安全が確保されているのだ。
尤も、ずっと安全なままに魔術を学ぶと、幾ら口で危ないと言われていても、魔術を侮ってしまうかもしれないから、いずれは失敗も見せる必要があった。
……まぁ、それも、僕が敢えて装填術式を暴発させて、腕の一本でも吹き飛ばして、実証してみせようかと思ってるけれども。
多分、物凄く大きなショックを、特にヴィールには与えるだろう。
だがそれくらいの事をしてでも、魔術が便利なだけの力じゃなく、危険があるって教えなきゃならない。
凄く痛いが、僕の腕は再生のポーションで治るし。
なのでリュロイが、他の魔術師を志す者達の育成にそれらの道具を使いたいなら、どれだけの予算を確保するか次第である。
今の講義では、リュロイから新たな魔術の知識を得られる事もあって、僕にとっても有意義だから、もしも彼が僕に各種道具の準備を依頼するなら、手間賃に関しては多少割り引いても構わない。
だが材料費だけでも、相当な出費を覚悟して貰う必要はあるだろう。
森の魔力に関しては、継続して調べてるけれど、収穫祭の前と比べて、最外層、外層の魔力は確実に減った。
但し人があまり踏み込まない内層、最内層でも、環境の断片から採取される魔力は減っていて、……恐らくそれらは、生った実に移ったのだと予測される。
暫く後にはそれを魔物が喰い、数を増やして、結果として森の魔力も増えるのだろう。
つまりイルミーラの人々が行う、収穫祭で森の実を持ち帰るという行為は、割と理に適ってるらしい。
最外層の魔力が少ないのは、人が木を切り、実を取り、外に持ち出しているからだ。
ならば森の中に最外層という環境を、いや、大樹海の中に森という、人の力が及ぶ範囲を生み出しているのは、他ならぬ人の手によるものだった。
それは本当に逞しい話で、大樹海にとって、その状況をひっくり返す手の一つが、氾濫になるのだろう。
イルミーラの人々の営み一つが、大樹海との戦いである。
さて、そうした時間を過ごしていると、秋のある日、一人の男が僕のアトリエを訪れた。
兄からの、実家のキューチェ家からの手紙を携えた彼は、そう、イルミーラ国に推挙する為に手配して貰ったキューチェ家に所縁の錬金術師。
「よっ、キューチェ家の天才少年。いやぁ、もう全然少年じゃないな。いや、でも立派なアトリエじゃないか。これは羨ましい。あ、これは土産だ。向こうの珍しい素材を持ってきたぞ」
ただその人物は、僕がイ・サルーテで錬金術を学んでいた頃の、顔見知りと呼ぶには少し近くて、友と呼ぶにはちょっと複雑な、……同窓生であった。
彼の名は、ウィルグルフ・サンテ。
キューチェ家の親戚、分家の一つであるサンテ家の、優秀な錬金術師だ。
年齢は、僕よりも五歳くらい上だっただろうか。
僕のアトリエよりも、周囲の娼館を見て口元を緩めながら、彼はそんな言葉を口にする。
僕よりも随分と年上だったウィルグルフが、何かと近くにいてくれたのは、恐らく、サンテ家からそうしろって指示があったからだと思う。、
その辺りが、僕が彼を友と呼ぶのに躊躇ってしまう理由であった。
かといって、単なる顔見知りと呼ぶには、近い距離に居てくれたし。
でも今回、ウィルグルフがイルミーラにやって来たのは、僕にとっては物凄く驚きの人選である。
何しろ彼は、確かにサンテ家の跡取りではなかったけれど、間違いなく優秀な錬金術師で、また人付き合いも上手かったから、わざわざ大陸の西の果てまで来なくても、任官の口は幾らでもあるだろう人物だったから。
キューチェ家としても、イ・サルーテか、その周辺国で活躍して欲しいと思ってた筈。
どうして、ウィルグルフが?
彼なら、遠方の縁に活路を見出す必要があるとは、とてもじゃないが思えないのだけれど。
首を捻りながらも、立ち話もなんだからと、ウィルグルフをアトリエに招き入れた。
彼ならヴィールを一目見ればホムンクルスだと理解してしまうだろうが、それを僕の望まぬ形で錬金術師協会に報せるような事はないだろう。
「随分と、早かったね。頼んだ錬金術師がやって来るのは、冬になるかと思ってたのに」
二階の生活スペースに上がって、リビングの椅子を、彼に勧める。
見知らぬ客を、ヴィールは興味深げに眺めてて、ウィルグルフはそれに、納得したように頷き、笑みを返してた。
まぁ、それは別にいいとして、頼んだ錬金術師の到着は、僕の想定よりもずっと早い。
一体、向こうでどんなやり取りがあって、彼はここに来たのだろうか。
「あぁ、そりゃあ、今回の話を耳にして、俺が即座に立候補したからさ。こんな役割、他の誰かに譲ってたまるかってな」
僕の言葉に、ウィルグルフはやっぱり笑みを浮かべて、とても楽しそうにそう言った。
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