第69話
夏が終われば、実り豊かな秋が来た。
イルミーラではこの時期に、収穫祭が行われる。
尤も、イルミーラで主に育てられてる小麦は、秋に種を蒔いて冬を越し、初夏に収穫する品種だ。
つまり秋は主食となる穀物の収穫期ではない。
では一体、何が豊かに実って、何の収穫を祝うのか。
この時期に豊かに実るのは、森の木々の果実である。
イルミーラの人々にとって森は、いや、大樹海は基本的に敵だった。
他の地域、他の国々では、森の木々やそこに住む獣も、大切な資源として扱われるだろう。
しかしイルミーラでは、森からやって来る獣というか、魔物を殺し、木々を切り倒し続けねば、町は森に飲み込まれ、人々は住処を追われてしまうから。
樵は単に木を切るのではなく、森と戦い、征服しているのだ。
故にイルミーラの子供達は、樵という職業に憧れ、強い存在と見做してた。
もちろん、イルミーラの主な産業は、切り倒した木々や、魔物の素材を含めた、大樹海の産物の輸出である。
仮に突如として大樹海がなくなれば、イルミーラの経済は立ち行かなくなるだろう。
だがそれでも、イルミーラの人々は大樹海の恵みで自分達が生きてるとは考えない。
彼らは、自分達が大樹海から勝ち取った戦利品で、日々を生きているのだと認識している。
なのでこの収穫祭も、自然の恵みに感謝するとかそういう祭りじゃなくて、森に色々と実がなってるから盛大に簒奪して皆で騒ごう、みたいなノリだった。
実に野蛮な気もするけれど、実際のところ、ここで森から恵みを収奪せねば、冬頃には大幅に魔物の数が増えてしまう。
僕に中途半端に残った昔の倫理観、或いはイ・サルーテという先進的な国で育まれたそれでもいいけれど、そんな物はこの人と大樹海の戦いの前では、何ら意味を持たない。
普段、森に入れるのは魔物から自分の身を守れる、兵士や冒険者、それに樵くらいだけれど、この収穫祭の時期は話が変わる。
兵士と冒険者が多数動員され、森の最外層の魔物を徹底的に駆除し、町の人々が踏み入って森の恵みを収穫できるように一応の安全が確保されるのだ。
そう、もちろん、取りこぼしが絶対にない訳じゃないから、町の人々は大勢でグループを組んで、護衛に駆け出しの冒険者を雇う。
例えば、その駆け出しの冒険者の一人であるサイローは、今年はエイローヒの神殿、彼が育った孤児院の人々を護衛するんだとか。
とても嬉しそうに、薬草畑の世話をしてくれてる孤児の一人が教えてくれた。
尤も、僕のような錬金術師からすると、収穫祭はあまり歓迎できる祭りじゃない。
森を歩き慣れない町の人々が目立つ恵みのみを目当てに大勢で歩き回るから、薬草の類はグチャグチャに踏み荒らされてしまう。
生命力の強い森の環境は、やがて元に戻るけれど、それでも完全に元通りって訳じゃなくて、収穫祭の前後で薬草の群生地の位置が変わった、なんて事はザラにある。
また冒険者も、この時期は収穫祭に掛かり切りで、素材をあまり採って来てくれなくなるし。
ただ全てが悪い事ばかりじゃなくて、町の人々は森の怖さを氾濫等で十分に知っているから、事前準備は念入りに行う。
なのでこの時期は、ポーションの類の売れ行きが非常に良かった。
そして実際、魔物に襲われなくても、森を歩き慣れない人々は、転んだり枝で肌を切ったりと怪我をするから、そのポーションはあまり無駄にならない。
まぁ、大抵はポーションを使う程の怪我じゃないけれど、そこは買った人の自由だ。
森に入らず活気付いた町の雰囲気を味わう分には、花祭りや武闘祭と同じく、それなりに楽しめる。
去年の今頃は、アウロタレアは収穫祭どころじゃなかったし。
こうして祭りが行えるのは、とても良い事だと思う。
しかし僕には、この時期は町の人々とは別の楽しみが待っていた。
薬草畑の隣には、完全に趣味で作った田んぼがあり、僕はそこで米を育ててる。
米の収穫は、まさにこの時期だ。
去年は、町の収穫祭と同じく、僕の田んぼも散々だったけれど、今年は無事に実りの時期を迎える事ができた。
町の人々とは別に一人で、……いや、今はヴィールもいるから一緒に、実りと収穫を喜ぶとしよう。
米には、陸稲と水稲があって、僕が育ててるのは水稲だ。
所謂、水田で育てるお米である。
以前に大陸の、東部地域を訪れた時に手に入れて、こちらで育てて増やしてた。
別に隠してる訳じゃないから、近くの農家は僕が水田で米を育ててる事を知ってるけれど、田に水を張ったり抜いたりしてるのを見て、物好きだなぁという目で見るばかりで、興味を示してくる事はない。
実際、水田での栽培は、手間が掛かると僕も思うし。
アウロタレアは、というかイルミーラは、比較的に水の豊かな場所ではあるが、それでも無制限に農業に水が使える訳じゃなかった。
僕は環境を錬金術で整えてるから、多くの水も賄えるけれど、そうでなければ苦情の一つや二つは、他の農家からあっただろう。
収穫は、人手が足りないからこれも錬金術の道具で、一気に。
といっても、魔力に反応して複数の刃が回転する鎌と、マジックバッグを組み合わせただけの代物だけれど、人力だけに頼るよりはずっと早くに収穫が終わる。
これに関しては、譲って欲しいって声はとても多いけれど、値段を告げればそれでもって人は誰もいなかった。
そもそも、マジックバッグ自体がとても高価で、尚且つ販売には錬金術師協会への申請も必要だ。
幾ら便利な品であっても、それを欲する人の手に届かなければ、失敗作である。
その意味では、僕が作る道具は失敗作がとても多い。
僕は便利に使うけれど、材料費や作成の手間の問題で、広める事ができないから。
脱穀も、籾殻とそれ以外を選別するのも、同じく僕にしか意味のない、失敗作の錬金術の道具で。
それから一週間分の、自分達で食べる量だけを、これまで錬金術の道具で精米する。
あぁ、これは完全に道楽だ。
育てるのも、収穫も、脱穀も選別も精米も、錬金術ありきで成り立っていた。
調理だって、うちの調理場は、錬金術の恩恵がふんだんにある。
逆に言えば、そのくらいでなければ、東部地域の穀物である米を育てて、口に入れるなんてできやしない。
これは本当に、とても贅沢な事であった。
僕はヴィールと、炊いた米でおにぎりを結び、それを口に運びながら、秋の実りと収穫と、それから何よりも、錬金術に感謝する。
これが僕の、秋の祭り、収穫祭だ。
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