第47話


 花でいっぱいに飾られたアウロタレアの町を、僕はヴィールの手を引いて歩く。

 季節はもう完全に春で、気温も緩やかに暖かくなって来た。

 今はまだ、ヴィールの背中の羽を隠す為に着せてる外套も不自然ではないけれど、これから暑くなって来たら一体どうしよう。

 僕はずっと隠者の外套を着ていて慣れてるけれど、これはあんまり安易に量産して良い代物ではないし……。

 あぁ、いっそ夏は涼しく、冬は暖かい、外套の内側の温度を調節してくれる着用可能なエアコンを、錬金術で作ろうか。

 いやいやそれ位なら、夏用に涼しい外套、冬用に暖かい外套の二着を作った方がコストは安くなりそうだ。


「あっ、あの花、見た事ないよ!」

 思わず考え込みそうになった僕の手をグイグイと引っ張ったヴィールが、指先をパン屋の店先に飾られた黄色の花に向ける。

 そちらに目線を向けてみれば、飾られていたのは太陽花と呼ばれる種類の花。

 まぁ僕の知る言葉ではヒマワリだけれど、本来は夏の花だけに確かにこの時期には珍しい。

 何か特別な方法で育てたのだろうか?

 最近外を歩ける様になったばかりのヴィールが、見た事がないのは当然だった。


 今、アウロタレアの町で行われてる花祭りは、イルミーラでは春を象徴する催しとして広く国民に愛される祭りだ。

 イルミーラの冬は大樹海の影響か穏やかで、然程に厳しくはないけれど、それでも春の到来を喜ぶ気持ちは他の地域と変わらない。

 この季節はどこの町も花で一杯に飾り付けられ、人々は笑い、歌い、飲み、食べながら、一週間程を過ごす。

 またこの花祭りは恋の祭りでもあり、男女のどちらからを問わず、意中の相手に花を贈って告白をする。

 他にも何時もお世話になってる家族や、仲の良い友人にも花を贈るし、店で商品を買っても一輪の花が付いて来たりする。

 まるで僕の前世の感覚だと、バレンタインデーとホワイトデーと、父の日と母の日がごちゃ混ぜになった様な、そんな祭りだった。


 でもこの何でもありな感覚が、僕は意外と気に入ってる。

 年頃の少女達が花で飾られた衣装を身に纏って広場で踊っているし、その誰かが意中の相手なのだろうか?

 踊る少女達の姿に顔を赤らめながらも、花束を握ってチャンスをうかがう少年達の姿も見えた。


 それは見てるだけでも心が華やぐ光景だ。

 ……なんて風に言うと少し年寄り臭いだろうか。

 だけどそれは、僕の偽らざる心境だった。

 ちょっと心が浮き立つ自分と、それを冷静に諫める冷めた自分が、両方共に僕の中には存在してる。


「ね、あっちは?」

 次にヴィールが指を向けたのは、花で一杯に飾られた屋台。

 しかし店と違って小さな屋台は屋根の全てが花で飾られている為、普段とは全く別物に見えた。

 取り扱ってるのは、苺を漬けた酒と、苺を絞った果汁に蜜を加えて甘味を足したジュース。

 アウロタレアと王都の丁度間にある町、クランペアでは果実作りが盛んだと聞くが、そこから運ばれて来た品だろうか。

 いかにも花祭りに合いそうな飲み物で、行列が出来る程ではないにしても、客足は途絶える事なく繁盛してそうだ。


「ジュースの屋台だね。苺だって。飲んでみる?」

 そう問うてみればヴィールは大きく頷いて、はしゃいで僕を引っ張って屋台に向かって歩いて行く。

 それにしても、ヴィールは本当に力加減が上手くなった。

 こうしてはしゃぎながら引っ張っても、それが強くなり過ぎない様に、ちゃんと加減されている。


 バルモアには先日店に来た時に、シュロット・ガーナーには先程、蜜月の酒を領主に届けた時に尋ねてみたが、二人ともがヴィールに戦い方を教える事を了承してくれた。

 どうやらバルモアは引退後もこのアウロタレアの町に住み、クラウレ商会で教官として他の傭兵の指導を行うらしい。

 まだ二十を幾つか越えたばかりであるバルモアの全盛期は本当ならこれから訪れるのだろうが、彼女は子を成し生む為に傭兵の引退を決意した。

 だけどそれを、クラウレ商会は惜しんだのだろう。

 幾ら大きく商いを行うクラウレ商会とは言え、バルモア程に腕の立つ傭兵は、そう何人も抱えちゃいない。


 だからバルモアはアウロタレアの町から去らないし、僕とは長い付き合いだからと、バルモアはヴィールに剣を教えてくれるそうだ。

 勿論それなりの対価を支払っての話だが。


 一方、シュロットへの師事に関しては、僕が領主との間に交わしてる取引である、ヴィールにこの町で自由に暮らせる立場を与える一環だと判断されたらしい。

 教わる対価は領主であるバーナース伯爵から、シュロットに対して支払われる。

 要するにバーナース伯爵は、僕に恩を売る良い機会だと判断したのだろう。

 この所、僕やヴィールの生活には全く問題がないのに、バーナース伯爵からの依頼は何度もこなしてるから、このままでは対等な取引にならない恐れもあったし。


 小さな手で木のカップを握り、苺のジュースを口に運んで満足気な笑みを浮かべるヴィール。

 彼はその小さな手に、ちゃんと武力を握る事が出来るだろうか。

 後、あっと言う間に僕を追い越してしまったりはしないだろうか。

 ……多少不安になるけれど、楽しそうな様子のヴィールに僕は満足して、苺のジュースを口に運ぶ。


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