第48話


 イルミーラの四季は、特に大樹海の一部である森の中は、夏の暑さも冬の寒さも比較的穏やかだけれど、かと言って全く変化がない訳ではない。

 冬の時期には活動しない種の魔物も居るし、逆に冬にしか採取出来ない素材もある。

 そしてそれは、春であっても同じ事。

 基本的に春と言う季節は、野の獣と同じく魔物の活動も冬に比べて活発化するとされていた。

 けれども一部の魔物は繁殖、或いは子育ての為に巣に籠り、春の間は全く姿を見せなかったりもする。

 しかし、そう、巣に籠る繁殖の時期だからこそ、捕らえる事が可能な魔物も存在するのだ。


「と言う訳で、今日は蛇釣りをします」

 そんな風に僕が宣言すると、多分意味は分かってないのだろうけれど、ヴィールがパチパチと手を鳴らして拍手してくれた。

 場所は森の最外層から少し入った、外層の手前辺り。

 狙うは七ツ蛇と呼ばれる、蛇の魔物。


 七ツ蛇は繁殖の為に巣穴に居る春しか所在が掴めない魔物で、この時期を逃すとまず捕まえる事は不可能だ。

 生け捕りにしないといけないし、雄は兎も角、繁殖を終わらせた雌は個体数を維持する為にも逃がす必要があるから、捕獲はどうしても僕自身の手で行いたい。

 以上の理由から、最近はあまり採取をしてなかった僕も、自ら動く必要がどうしてもあった。


 だけどやはり、もう暫くの間はヴィールから目を離したくはない。

 僕はかなり悩んだが、ヴィールにもいずれは採取を手伝って貰う様になるだろうし、まだ少し早い気も多少するけれど、森を体験させる事にした。

 森でも最外層や外層ならば、例え何があっても自分とヴィールの身を守り切れる自信はあるから。


「用意するのは長さが六~七十cmくらいの短い竿と糸が二m、餌をしっかりと固定する為の仕掛けと、餌の鳥肉」

 釣りとは称したが、魚を釣る時の様な針は特に必要ない。

 直径十~十五cm位の縦穴、七ツ蛇の巣に、糸で固定した餌の鳥肉を垂らしてやれば、向こうからガブリと食い付いて離さないから、後は引っ張り上げてやるだけだ。

 実に簡単である。


 但し注意が必要なのは鳥肉から七ツ蛇を離す時で、まず絶対に素手で蛇体に触れてはならない。

 下手に素手で蛇体に触れると、怒った七ツ蛇が鋭い鱗を逆立てて、手がズタズタに切り裂かれてしまう。

 なのでどうしても触る必要がある時は、長めのトングの様な道具を使うか、防刃効果のある素材で作ったミトンの様な物を装着して掴む。


 次に注意するのは、当たり前だが咬まれない様にする事。

 七ツ蛇の牙からは、命に別状はないが、一時間ほど身体を麻痺させる毒が出る。

 森の中で身体を麻痺させられてしまえば、下手をしなくとも命の危機だ。


 しかしだからと言って恐る恐る捕まえて、うっかりと逃がしてしまうのも拙い。

 仮に一度でも七ツ蛇を地に落とせば、姿を周囲に溶け込ませて逃げ出してしまう為、もう二度と見つからないだろう。

 随分と特殊な能力の多い蛇に思うだろうが、それもその筈、七ツ蛇と言う名前は、この蛇が七つもの特殊能力を保有する事に由来する。

 例えば身体を真ん中でズバッと切っても、頭がある方は生き残って傷口を再生する程に生命力が強いだとか、そもそも尻尾の先なら自切が可能だとか。


 なので一見簡単に見えるが、実は危険も多い七ツ蛇の捕獲を、僕はと言うか、錬金術師はあまり冒険者に任せようとしない。

 一見簡単そうに見えるからこそ駆け出しの冒険者でも挑戦出来てしまうし、それ故に不慮の事故も増えてしまうから。


「釣れた七ツ蛇は触らないで、そのまま竿を動かして吊って運んで、この酒で満ちたボックスに漬けるんだ。体が半分ほど漬かると、口を離して勝手に落ちるから、鳥肉はお酒に漬けないでね」

 説明を続ける僕に、ヴィールは真面目な顔で頷いていた。

 この様子なら、実際に採取、蛇釣りをやらせてみても良いだろう。

 回復のポーションや麻痺回復のポーションは常備してるし、そもそもヴィールは身体を流れる霊薬や、それを浄化する霊核の効果で毒には強い耐性がある。


 七ツ蛇は酒に漬かると無力化するので、あとは完全に酔った後に別の入れ物に閉じ込めて持ち帰るだけだ。

「但し気を付けて欲しいのは、釣れた蛇の頭に白い線が一筋、シュッと入っていたら、繁殖済みの雌だから逃がしてあげてね。トングで尻尾の先を強く引っ張ったら、口を離して尻尾を切り離して逃げるから」

 繁殖済みの雌には卵を産んで個体数を増やして貰わなければならないし、自切された尻尾も強い生命力が残る為、ポーション類の効果を高める良い素材となる。

 それから実は、尻尾はグニグニと歯応えがあって割と美味しい。



 一通り手順を説明した僕は、ヴィールに竿と餌の鳥肉を渡す。

 初心者だからまずは手本を見せる事も考えたけれど、将来的には文献で調べた採取法を、いきなり実地で試さねばならなくなる事は絶対にある。

 だから彼の将来を考えるなら、僕の過保護は控え目に、実践を積み重ねた方が良い。


 ヴィールは渡された道具を興味深そうに見ていたが、やがて観察には満足したのだろう。

 七ツ蛇の巣穴が良く見つかる赤イチイの木の根元で地面を探り、一度こちらを振り返る。

 見つけた穴が七ツ蛇の巣穴か、僕に確認したかったらしい。

 まぁしかしそれを確認するには糸を穴に垂らすしかないから、僕が一つ頷くと、ヴィールは慎重に竿を操って餌の鳥肉を穴に沈めて行く。


 七ツ蛇は春の間は、繁殖を終えてもパートナーと巣穴の中でのんびりと過ごしてるらしい。

 もっと具体的な事を言うと睦み合ってイチャイチャしてる。

 そんな所に肉の匂いがプンプンする餌が入って来たなら、邪魔をされた怒りと思い出した空腹で、ガブリと餌に噛み付くのだ。 


 基本的に怒りっぽいのは雄の七ツ蛇で、釣れる個体の七~八割は雄である。

 人間の場合もカップルがちょっかいを掛けられたら怒るのは大体男なので、その辺りは人も蛇も同じなのだろう。

 但し気の強い雌もいるらしく、時折だが雌が釣れる事もあった。

 多分雄を尻に敷いてる個体なのだろうけれど、繁殖済みだったらリリースだ。

 是非とも強い子を産んで欲しいと思う。


「あっ、あっ、釣れたっ! えっと、こう?」

 危なげなく七ツ蛇を釣り上げたヴィールは一瞬考え込んだけれど、無事に僕の言葉を思い出した様で、酒で満ちたボックスに蛇体を尻尾から浸して行く。

 もしかしたら、以前に川で釣りをさせた経験が、彼を冷静にさせてるのかも知れない。

 酒に触れた七ツ蛇の身体から力が抜けて、ぽちゃんとボックスの中に完全に落ちる。

 覗き込んで確認すれば、頭に白い線はなかった。


「そう、それでオッケー。でも一つ。森の中では、大きな声は出さない」

 周囲を警戒していたけれど、魔物の気配は特にない。

 だけどあまり大きな声を出してしまうと、聞き付けた魔物が寄って来る可能性も皆無ではないから。

 森の中での行動は慎重に。


 サッと自分の口を押えて頷くヴィールに、僕は思わず笑ってしまう。

「まぁ、今は近くに魔物は居ないみたいだから、大丈夫。次は気を付けよう。じゃあどんどん釣って行こうか。この時期しか採れない素材だから、最低でも五匹は欲しいからね」

 僕の言葉に張り切るヴィールと、次の巣穴を探して歩く。



 そうして森の中を探し回る事、およそ三時間。

 蛇釣りの成果は実に大猟で、捕まえた七ツ蛇は二十を超えた。

 どうやらヴィールは、僕が思うよりも遥かに森に愛されているらしい。


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