第45話


 以前から何度か言ってる気もするけれど、イルミーラの貴族は武家の性質を帯びる、力を重視する人々だった。

 勿論その力とは武力だけに限らず、策を練る知力や、領地を治めて他の貴族との利益を調整する政治力等も含まれる。

 ゲーム的な物言いをするならば、戦国シミュレーションの様なパラメータの高さが重要視されてるって意味だ。


 故にその貴族家を継ぐのも、長子に限らず優秀な最も能力に優れた者が選ばれる事が多い。

 当然ながら、例え能力が優秀でも人格的に破綻されていれば後継者から外されもするけれども。

 

 通常、長子を絶対とせずに後継ぎを選ぶ場合、特に能力を重視だなんて言い切ってしまってる場合、後継者争いは熾烈な物になるだろう。

 何故なら誰もが家を継ぐべく優秀たれと育てられるのだから、その者が努力をすればする程に、自分より兄弟の方が優秀だからと認めて諦める事は難しくなる。

 特に種も同じで与えられる教育も同等なら、優劣を自ら認められる程の大きな差は付きにくい。

 同じ血が流れるからこそ、優越感、劣等感が入り混じり、それは憎悪となって凄惨な後継者争いに繋がるのだ。

 そしてその決着は、多くの場合は完全に後顧の憂いが絶たれる形で着く。


 なので能力よりも年功序列で後継ぎを決める長子後継は、家を割る凄惨な争いを防ぐ上では合理的な方法だと言える。

 尤も家を継いだ長子が暗愚や暴虐であったなら、或いは統治される民が長きに亘って苦しい生活を強いられる事にもなりかねない。

 要するにどんな方法で後継ぎを選んでも、そこには一長一短が必ずあると言う話だった。


 しかしイルミーラでは、能力重視で後継ぎを選ぶ貴族が多いにも拘らず、後継者争いは然程に起きないそうだ。

 その理由は、生粋のイルミーラ人ではない僕にはあまり理解し難いのだけれど、この国の人間は受け継いだ物を守る事よりも開拓に心惹かれるからなんだとか。

 要するに自分が上で兄弟が下だと争ってる余裕はイルミーラと言う国にはなく、それ位ならば実家の支援を受けて独立し、森を切り開いて領地を得て身を立てる方が国益になるし、何よりも浪漫に溢れていて楽しいらしい。

 そんな考え方が上から下まで染み付いているから、後継者争いは比較的起き難いと言う。


 但し父から子まで、一家揃って皆が開拓魂に溢れていた場合、うっかり皆が開拓に失敗して命を落とし、後継ぎが居なくなって家が断絶したり、他家から優秀な養子を取って凌ぐ事も少なくない。

 まぁやはりこれも一長一短があると言う話の一つか。


 さて、ではバーナース伯爵から依頼される解決するべき悩みを持つ貴族の正体と言うのは、恐らくイルミーラの現国王の弟であるカレデュラ大公だろう。

 彼は別に開拓魂を燃やした訳ではないけれど、自らの武と知は現王である兄に及ばずと、国益の為に兄の補佐に回る事を宣言し、後継者争いを避けた人物だ。

 穏やかな人柄のカレデュラ大公は、今は外交の責任者として隣国ツェーヌや、その周辺の国々を相手に、イルミーラの国益を守って活躍している。

 でもカレデュラ大公が後継者争いから身を引いて兄を支持した時、その代わりに一つだけ条件を出したと言う。


 その条件は、相手の身分を問わずに愛した人と結ばれる権利。

 当時のカレデュラ大公には秘かに思いを寄せた相手がおり、その人物は城の衛兵の娘……、つまりは一般庶民だった。

 何でもカレデュラ大公は、時折父に弁当を届ける為に城にやって来るその娘に一目で惚れ込み、身分を隠して交流していたそうだ。

 本来ならば王族の一人であるカレデュラ大公が、下級貴族ですらない一般庶民と結ばれるなんて不可能だろう。

 けれども彼は自ら継承権を捨て、兄を補佐して王位に押し上げる事で、王となった兄から自らの想いを貫く許可を得た。


 この話はイルミーラに広く知られた人気のあるラブロマンスで、僕もこの話を題材にした劇を、一度だけだが見に行った覚えがある。

 だけどこの話には、劇等では語られない続きがあって、カレデュラ大公はそれ程に愛して妻を得たにも拘らず、それから七年の月日が流れても、二人の間に子供を授かってはいなかった。



「その御方は子が生まれずとも夫人に対する愛は一切変わらないのだが、やはり周囲はザワザワと囃し立てるのだよ。我が国の流儀を知らない外の国の連中は、特にね」

 苦々し気に、バーナース伯爵はそう口にする。

 あぁ、成る程。

 確かに他国からしてみれば、子を持たぬカレデュラ大公に自国の貴族や王族の子女を嫁がせれば、それはイルミーラに食い込む為の立派な足掛かりだ。

 ましてや嫁いだ娘が子を成せば、王位を狙える可能性だってある。

 イルミーラの継承には能力こそが重視されるから、生まれた子の力量次第では多少の不利も覆し得るだろう。


「故に私としてはイルミーラの貴族としても、あの御方の友の一人としても、愛する夫人との間に子を成して欲しいと思うのだ。……難題だとは思うが、どうだろうか?」

 そんな風に、バーナース伯爵は僕を真っ直ぐに見つめて、問う。

 どうだろうかとの言葉の意味は、可能か否かを問うている。


 ……うぅん。

 まぁ普通に考えればそれはとても難しい事で、バーナース伯爵は藁をも縋る思いでこの話を僕にしてるんだと思う。

 不妊に関しては男性が原因の場合も、女性が原因の場合もあるし、その問題がどこにあるのかも本当に様々だ。

 男性の場合は行為が不可能だったり、種に問題があったりそもそも作れなかったり。

 女性の場合は何らかの理由で排卵がなされなかったり、種を受けた卵が胎に着床しなかったり。


 一体何が原因なのかを探る事すら難しく、また原因の特定が出来たとしても治療はもっと困難だろう。

 一見万能に思える再生のポーションも、この手の問題には全くの無力だ。


 だから否と言えばそれまでの話なのだけれども、実はそう言ってしまうと嘘になる。

 この手の不妊に関する話は、才ある血を残そうとする錬金術師の方が根深く問題になり易い。

 故にその錬金術師の家系の最たる物……、とまで言うと大袈裟だが、それでも長きに亘って錬金術師を輩出して来た七家には、不妊への対処法もちゃんと存在していた。

 但し、そう、門外不出の秘伝としてだが。


 実際にそれを最初に開発したのは七家の一つ、フロートリア家だとされるが、他の六家から潜り込んだスパイによってその秘密は盗み出され、各々の家が改良を加えて独自の物を秘伝としたらしい。

 と言う訳で僕は不妊への対処法を知ってはいるのだけれど、問題は勝手にそれを使ったら実家に物凄く怒られそうな気がする事である。

 こんな西の果てで一度使った位でバレはしないと思うのだけれど、この手の問題を一度解決すれば、次から次へと同様の頼みをされかねない。

 バーナース伯爵は兎も角として、カレデュラ大公やその夫人が、自分達と同じ悩みを抱えた夫婦に出会った時、僕の事を喋ってしまわないとは限らないから。


「その夫婦のお時間を三日三晩いただければ可能ですが、お引き受けは出来ません。それは遠く、イ・サルーテの七家の秘伝ですので、その使用が広まれば僕もヴィールも無事では済まないでしょう。例えこの国の王でも、その時は僕等を庇えないでしょうから」

 ただそれでも、どうにか協力してあげたいと言う気持ちはあったから、僕はバーナース伯爵に問う。

 彼等は、同じ悩みを抱えた夫婦に絶対に口を噤むと約束してでも、自らの子を欲するのかと。


 いやほら、僕も何度もカレデュラ大公とその夫人の恋物語は耳にしてるから、どうにも他人事には思えないのだ。

 まぁ実際には、イ・サルーテの七家にこの件が知られた所で、レシピの公開でもしてない限りは命までは奪われまい。

 秘伝として教えられたが、使ってはいけないなんて決まりは一つもないからだ。

 それに多分だけれど、この手の秘伝は七家だけの物じゃなくて、他の錬金術師の家や、或いは魔術師の家系だって秘匿してる可能性が大いにある。

 だけどそれでも、少なくとも僕はイ・サルーテには呼び戻されるだろうし、ヴィールの事が知られるタイミングとしては大分悪い部類になってしまうだろう。


 僕の言葉にバーナース伯爵は暫く眉根を寄せて考え込んでいたが、

「成る程、了解した。あの御方と話し合ってみよう。不義の贖いは命にすらなるだろうと。もしも仮に、それでも固く秘密を誓って子を望むとすれば、アウロタレアの花祭りの時期に合わせ、一週間程この町に滞在して貰う」

 やがて考えが纏まったのか、顔を上げると具体的な日時を指定して来た。

 つまりそれまでに準備だけはして置いて欲しいって意味なのだろう。

 この話の怖い所は、不義の際に誰の命で贖われるかが伏せられている所だ。


 尤も僕としては秘密さえ守ってくれるなら協力は厭わないし、準備が無駄になってもそれはそれで構わない。

 仮に無駄になったとしても、バーナース伯爵なら経費と手間賃は大いに弾んでくれるだろうし。

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