第44話
「やぁ、わざわざ来てもらってすまないね。楽にしてくれたまえ。うん、ヴィール君はお菓子でも食べるかな?」
随分と砕けた感じで僕らを出迎えてくれたのは、このアウロタレアの領主である貴族、ターレット・バーナース伯爵。
以前に会った時とは随分態度が違うけれど、どうやら厄介な交渉事が絡まなければこちらが彼の素であるらしい。
僕が初めてバーナース伯爵に目通りしたのは、確か森の巨人を倒した直ぐ後の事。
あれから幾度かバーナース伯爵とは会っているが、徐々に打ち解けて来た感じだろうか。
尤もそれは、僕にとってはバーナース伯爵の立場と権力が、バーナース伯爵には僕の錬金術師としての技術が、それぞれ必要だから成り立つ関係だけれど。
そう、僕はあれから時折、バーナース伯爵から錬金術師としての依頼を受けていた。
ちらりと横に目を逸らせば、今日もそこにはバーナース伯爵の護衛であるシュロット・ガーナーが立っている。
冬の武闘祭でもやはり優勝を果たした彼は、しかし今日は発する圧が幾分と弱めだ。
恐らくヴィールが同席しているから、意識的に発する圧を弱めてくれているのだろう。
「ありがとうございます。ほら、ヴィールもちゃんとお礼を言ってから戴きなさい」
仕事絡みの要件で呼び出された場に、明らかに子供にしか見えないヴィールを同席させる事は、本来ならば失礼にあたるのかも知れない。
だけど僕はヴィールに市民権を与える為にアウロタレアの領主であるバーナース伯爵を頼っており、その際にある程度の事情は話してる。
だから今はまだ、僕がヴィールから長時間離れたくないと言う事情は、バーナース伯爵も理解してくれていた。
霊核の動作はずっと安定してるから、僕が心配性過ぎるだけかも知れないけれど、もう少しの間はヴィールを出来る限り傍に置いときたい。
要するに僕の我儘だ。
しかしそれはさて置き、そろそろ話を進めよう。
「では、今回の依頼について聞かせてください」
ヴィールが菓子を頬張るのを見届けた僕は、バーナース伯爵に視線を戻す。
バーナース伯爵は子供に対して優しいが、それでも僕等を呼んだのは別にヴィールを愛でる為じゃない。
貴族と言うのは、それがどこの国の貴族であっても厄介な生き物で、他人に弱みを晒したがらない。
例えばの話だが、自らの屋敷に高名な医者を招くだけで、あそこの当主は病を抱えてるんじゃないか、次代は病弱なんじゃないかと噂されてしまうのが貴族だ。
そして強さを貴ぶイルミーラでは、その手の風聞は単なる汚名だけでなく、民の不安にも繋がって仕舞う。
だから貴族は各々の家に専属医を抱えていたりもするのだけれども、それだけでは解決できない悩みも時折出て来る。
そんな時にこっそりと秘密裏に悩みを打ち明けるのが、同じ立場の貴族なんだとか。
……普通に考えると同じ立場の貴族こそ、決して弱みを見せてはいけない相手だと思うのだけれど、武人気質のイルミーラの貴族達は、そうやって知った他人の弱みを利用する事は恥知らずな行いだと認識されてるらしい。
仮にその恥知らずな行いをしてしまった貴族は、他の貴族から一切相手にされなくなってしまう制裁を受けるそうだ。
貴族社会での孤立は、即ち死と同然だった。
まぁイルミーラの貴族の、独自の風習と言えるだろう。
さてそんなイルミーラの貴族の一人であるバーナース伯爵も、幾人かの悩みをこっそりと打ち明けられていると言う。
その解決の為に目を付けたのが、ホムンクルスを作成する程の錬金術師であり、作成したホムンクルスに自由な立場を与える為に、権力者との繋がりを欲する僕だったと言う訳である。
また貴族に特に多い悩み、性にまつわる物に関して、歓楽街に住んで娼婦を客としている僕は強い。
要するに秘密を守れる都合の良い人材として、僕はバーナース伯爵に認識されているのだ。
尤も互いの利益を尊重し合う関係だから、僕としてもその認識に、今の立場に不満はない。
『意中の相手を手籠めにしたいから強力な媚薬をくれ』なんて恥知らずな依頼は、絶対に持って来ないと約束してくれてもいるし。
貴族との付き合いは面倒臭いが、その悩みの解決は報酬も含めて意外に面白い物だったりする。
「今回の依頼は、……あぁ、勿論例によって引き受けてくれるまで誰がその問題を抱えているかは伏せるが、結構な大物なのだよ」
僕に向かって口を開きかけたバーナース伯爵は、一度言い淀む。
何時も自信ありげに振る舞う彼にしては多少珍しいが、どうやら相手はそれだけ、バーナース伯爵よりも高い立場の貴族なのだろう。
イルミーラ国内で、アウロタレアの町の領主であるバーナース伯爵よりも明確に立場の高い貴族と言えば、……そんなに数は多くない。
他の町の領主とは大きな差はないだろうし、領主の補佐をする役人貴族や、騎士連中は論外だ。
そうなると王都で高い役職を持った法服貴族か、或いは王族も一応は貴族の部類に入るだろうか?
まぁ正直、イルミーラの貴族に関してはあまり詳しくないのでサッパリである。
「うむ、それで依頼内容は、……その御方は既に七年、夫人との間に子供が出来ていないのだ。他に側室が居る訳でもなく、そう言った行為を欠かしている訳でもないにも拘わらずね」
あぁ、うん。
成る程。
良くある話だが、良くある話だからこそ貴族にとっては本当に困る問題だ。
そして、そう、その話を聞いただけで、誰がその問題を抱えてる貴族なのかもわかってしまった。
それ位にその貴族は、イルミーラ国内では有名な人物だから。
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