第34話
「あははは! 出来ちゃったねえ!!!」
やけくそ気味の僕の笑い声が、アトリエの地下二階、研究室に響く。
別に暑い訳でもないのに、冷たい汗が後から後から止まらない。
そう、これは冷や汗と言う奴である。
「ふふふふ、出来てしまいましたね! どうするんですか、それ……」
僕と似た様なテンションのディーチェも、見れば引き攣った笑顔を浮かべる頬に、汗がつぅっと流れてた。
いや本当に、今回ばかりは僕もちょっとどうしようか悩む。
培養槽の中では、ヴィールが楽しそうに僕とディーチェの事を眺めてて、その暢気さが今はとても羨ましい。
二ヵ月程前に森の巨人の素材を手に入れた僕は、それから時間を見付けてはディーチェと一緒にその研究に励んでる。
と言っても二人で同じものを研究している訳ではなくて、僕はホムンクルスの存在を維持する霊薬を、より効果の高い物へと改良する研究を。
ディーチェはホムンクルスの体内に霊薬を循環させる第二の心臓、霊核を構成する魔法合金の研究を、それぞれに行っていた。
勿論それぞれにとは言っても、互いの研究の進展は確認し合い、意見は交換しているけれども。
実は僕の研究であるより効果の高い霊薬は、比較的早めに完成していた。
まぁそれに関しては森の巨人の素材が強い生命力を得るに適した物であろうとは察しが付いていたし、そもそも元になる霊薬が存在するのだから、全く新しい何かを開発する事に比べれば難易度は低い。
何より、薬の調合は僕の得意分野でもある。
だからホムンクルスの体内を循環させる為の霊薬は早く完成したのだけれど、逆に思ったよりも早く完成してしまったので、それを元に更に何か作れないかと色んな素材を使って研究していたら、思わぬ物が出来てしまったのだ。
「どうしようね。いやでも、ディーチェの魔法合金も、それ結構やばくない?」
僕は目の前の悩み事から目を逸らす為、ディーチェが開発した、森の巨人の素材を使った新しい魔法合金に視線を送る。
いや実際に、彼女が作った魔法合金は凄い特性を持っていて、それ故にどう扱うかに関しては慎重に決めなきゃいけない代物なのだ。
「えぇ、そうですね。光を、特に太陽の光を受けると強い魔力を生成する魔法合金なんて、ローエル先生が見たらきっと心臓が止まる位に驚いちゃいますよ」
ディーチェも話題を変えたかったのだろう。
僕の誘いに素直に乗って、魔法合金の事に関して話し出す。
彼女が作り出した魔法合金は、光合成をする植物、と言うよりも僕にはソーラーパネルと言われた方がしっくりとくる物だった。
この世界における魔力は、全ての超常現象の源である力と言っても過言ではない。
自然の魔力が溜まった地では、人を惑わす霧が出たり、癒しの力を持つ泉が湧いたり、本当に色んな不可思議な事が起きる。
鉱脈に魔力が溜まれば魔法金属が生じるし、人狼が超回復する仕組みも、竜が吐くブレスだって、魔力の仕業だ。
勿論、人が扱う魔術も同じく。
故に当然だが、魔力は利用価値の高いエネルギーだ。
魔力がなければ、魔道具だって働かない。
しかしその確保はとても大変で、魔道具を働かせる魔力は素材その物が、或いは魔法金属、魔法合金が帯びた魔力を、損なわない程度に利用してるに過ぎない。
でもここに、素材自体が帯びた魔力とは別に、光を受けるだけで魔力を生み出せる物質が出来てしまった。
その価値は計り知れない物がある。
これまで理論は組み上がっていても、魔力が足りずに完成しなかった魔道具も作れてしまうし、既存の魔道具の性能を大幅に引き上げる事だって可能だった。
他にもこのディーチェが生み出した魔法合金と、他の金属のインゴットを一緒にして光の下に設置しておけば、長い年月は掛かるだろうが純度の高い魔法金属が生まれるだろう。
つまり本当に革命的で、これから先の錬金術の発展にも大きく影響しそうな代物なのだが……、残念ながら大きな欠点が一つある。
それは素材となった森の巨人が滅多に人前に姿を見せないし、そもそも姿を現したとしても討伐が非常に難しいと言う事だ。
とても優れた魔法合金ではあるけれど、素材がなければ量は作れない。
量が作れなければ、錬金術の世界に与える影響も、残念ながら限定的な物になってしまう。
尤もそれでも、この魔法合金をサンプルとして錬金術師協会に送れば大騒ぎになるだろうし、別の素材で同様の特性を再現する研究も盛んに行われる筈。
錬金術師としてのディーチェの名前は大きく上がるし、それだけの成果を出した錬金術師を、本人の意向を無視して実家に送り返すなんて真似は、決してされなくなる。
「銀を元にした魔法合金なのに、真銀とは全く真逆の性質で、驚きますよね。名前は悩んだんですが、妃銀にします。多分王金とセットで使われますし、魔力を生む魔法合金ですから」
ディーチェはどうやらこの魔法合金が、妃銀が光を受けて魔力を生む様に、女性的な物を見出したらしい。
成る程、確かにこの魔法合金は、間違いなく王金とセットにして使われる。
僕は頷き、彼女の成果を拍手で称えた。
そしてこの妃銀は、僕にとって何より重要な、ホムンクルスの為の霊核を完成しうる魔法合金だ。
光を受ける必要がある為、一部を体表に露出する必要はあるだろうが、生じた魔力を使えば霊薬を循環させるだけでなく、劣化した霊薬のろ過も可能になるだろう。
その設計も、既に僕の頭の中には大雑把にだが描かれつつある。
……では話を、そろそろあまり考えたくない所に戻そう。
ディーチェの生み出した魔法合金、妃銀の凄さは十分に伝えられたと思うが、では一体何がそれを上回る衝撃を僕らに齎したのかと言えば、
「でも、確かに妃銀は凄いんですけど、ルービットさんの作ったこれって、どう見てもエリクシールですよね」
そう、ゲーム等では完全回復薬として知られる、エリクサーと呼ばれる薬品だ。
枯れた花に一滴垂らしたら、行き成りピンと頭を持ち上げて綺麗な花をもう一度咲かせたから、ほぼ間違いない。
と言っても、ゲームで言う所のエリクサーと似た回復効果は、僕等の世界では再生のポーションが持っている。
ならば一体エリクシールとは何なのかと言えば、生体を最も優れた状態にすると、伝説に記された薬だった。
簡単に言うと、年を取った人が飲めば若返るし、僕やディーチェが飲めば多分寿命が延びるだろう。
御伽噺には幾度かその名前が登場するし、その存在を信じて再現を試みた錬金術師も大勢いたらしい。
かく言う僕も、イ・サルーテに暮らしていた時、錬金術師と言えばエリクサーだと思って、一時研究した事があった。
でもだからって、まさか今になってそれが成功するとは欠片も思わなかったのだけれど、本当にどうしようかと悩む。
もしこのエリクシールの存在が誰かにばれたら、誰もが血眼になってそれを求めるだろう。
何が拙いって、僕は同じ材料が揃ったら、問題なくもう一度作れてしまう自信がある辺り、拙い。
勿論、ディーチェの妃銀と同じく、エリクシールの材料もまず揃う事はないんだろうけれど、でも人の生への、若さへの執着は計り知れない物がある。
公表は、絶対に出来なかった。
下手をしなくても僕の命に関わる。
……まぁ、そう、ならこのエリクシールは、処分するしかない。
それとわかっても驚き戸惑い、怯えて目を逸らしていたのは、結局エリクシールを作れてしまったこの奇跡が惜しいのだ。
そんなの、当たり前の話だった。
だって伝説にのみ名を残してる究極の薬だ。
それを作れたと実証すれば、僕は伝説の錬金術師として名を残せるだろう。
僕に名声欲があった事に、自分自身で驚く。
大きく、大きく、溜息を一つ吐いて、僕は目の前のエリクシールを三つのコップに注いだ。
「ディーチェ、乾杯しようか。ヴィールも飲める筈だから。もうすぐ外に出られる筈だし、前祝に、ね」
未練は飲み干してしまおう。
流石に無駄に捨てる事は、今の僕には出来そうにもない。
ディーチェは僕の言葉に驚きに目を見張り、恐る恐るコップを手に取った。
僕はヴィールの為に一つのコップに密封の為の蓋と、中身を吸えるストローを装着する。
こうしておけば、ヴィールも培養槽の中でコップの中身を飲めるだろう。
そして準備を整えてから、僕はコップを手に取って、
「じゃあ、乾杯」
コツンとぶつけたその中身を、躊躇わずに一息に飲み干す。
初めて口にする伝説の薬は、少し甘い味だった。
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