第33話


 技術交流会。

 僕がカータクラ錬金術師店に提案したその申し出は、非常に戸惑いながらも受け入れられた。

 大陸で最も錬金術が進んだ国であるイ・サルーテでは、或いは錬金術師協会の教育機関では、本部、支部を問わずにこの手の催しは当たり前に行われてる。

 けれども言い方は悪いが地方の錬金術師達は、技術の交流には消極的だ。

 理由は至極単純で、同業者に飯のタネである技術を奪われる事を恐れるから。

 ……より正確に言えば、今は錬金術師協会によってレシピの公開等も進んでいるから、技術を奪われる事を恐れていた過去の名残である。

 要するにあまり意味はない。


 しかし技術の交流を忌避する感情は確かに地方には根深く残ってて、それでも今回の申し出をカータクラ錬金術師店が受けてくれたのは、スミロの件を負い目に思っていたからだろう。

 まぁそれに加えて、僕もディーチェも錬金術師協会の本部で学んだ錬金術師である為、一目置かれてる事も無縁ではないかも知れないけれど。


 また実際、技術交流とは言った所で、僕やディーチェが彼等に教えるだけになる可能性も皆無ではない。

 カータクラ錬金術師店に置かれている商品を見る限り、少なくともポーション類に関しては、フーフルの腕は一流に届く。

 十段階にランク付けをし、見習いクラスを一、弟子クラスを二、一人前の錬金術師が三、腕が良いとされる錬金術師を四とすれば、フーフルは一流である五に位置するだろう。

 但し更に超一流が六、七で、達人である導師クラスが八、九、伝説級を十とするなら、僕やディーチェは七、八辺りの腕を持つ錬金術師だ。

 より正確に言えば、ディーチェはポーション作成は五、魔法合金の作成は八、アイテム開発は七位の実力を持っていた。

 ディーチェが魔道具を作る所は見た事がないから、その実力はハッキリとは知らない。


 因みに僕は、ポーション作成が八、魔法合金の作成は七、魔道具の作成も七位で、アイテム開発は七……か、八位だろう。

 だから単純な実力で言えば、僕等はフーフルに確実に勝る。

 ディーチェは純粋に天才だからこそだろうけれど、僕の場合は前世の記憶のお陰、と言うよりも前世の記憶を持っていたが為に幼い頃から熱意があって、物事の理解が早かったお陰かも知れない。

 要するにインチキではあるけれど、誰に迷惑をかけた訳でもなく、錬金術の勉強も自分でちゃんとしたのだからそんなに恥じる必要はないとも思ってる。


 勿論、こんなランク付けは目安に過ぎないし、一流以上の錬金術師はどんな技術を隠し持っててもおかしくはなかった。

 錬金術師協会の本部に居る導師、ローエル師は、魔法合金の作成は九の位置付けだ。

 つまり僕やディーチェの持つ技術は、胸を張って誇っても良いが、調子に乗って威張り散らせる程じゃあない。

 錬金術は奥が深く、謙虚さを忘れれば学びはそこで止まるから。


 教わるだけになっても仕方ない。

 それでも知って欲しいのは、思い出して欲しいのは、教わっても教えても、ともに研究をしたとしても、錬金術は面白いと言う事だ。

 スミロにも、フーフルにも。

 もしもスミロが、どうしても錬金術師として僕に勝ちたいと思うなら、来るべき場所は歓楽街のアトリエじゃない。

 彼にはカータクラ錬金術師店と言う、恵まれた学ぶ場があるのだ。


「今日はよろしくお願いします」

 約束の日、カータクラ錬金術師店を訪れて頭を下げる僕達に、フーフルとその弟子達も、頭を下げて出迎えてくれる。

 そしてアトリエの代表として僕が、カータクラ錬金術師店の代表であるフーフルと握手を交わし、技術交流会は始まった。



「――のポーションを作成する際、途中で七芽草を加えるのではなく、別口で薬効を抽出しておき、最後に二つの液体を混ぜ合わせた方が効能が上がって雑味も消えるんです」

 説明しながら手際良くポーションを作成するディーチェに、カータクラ錬金術師店の面々が感嘆の息を漏らす。

 彼等が注目したのは、自分達の知らない知識か、それとも彼女の手際の良さか。

 どちらにしてもディーチェが錬金術師協会の本部で学んだ、新しい技術を伝えれば、

「こちらの咳止めを作る時は、灰碌草の若芽を使う方法が一般的には知られていますが、このイルミーラでは灰碌草の若芽が採れる時期は限られており、代用品として簾木の皮を利用する方法が伝わっています」

 弟子達の前で教わるばかりでは面目が経たぬと、フーフルはイルミーラの土地柄だからこそ生み出された素材の活用法、代用法を教えてくれる。

 それがまた実に面白い。


 ちらりと横目で確認すれば、物陰からこちらの様子を窺っていたスミロの目も、喜びと憧れに輝いている。

 幼い彼に、僕やディーチェ、フーフルの喋る言葉の内容はまだ難しい物だろう。

 しかし彼が見たかったのは立派な父親の背中であって、小難しい何かじゃない。

 僕は内心で、こっそり安堵の息を吐く。


 技術交流会は、間違いなく成功だ。

 スミロだけでなく、カータクラ錬金術師店で働く弟子達の目にも、僕達と対等に渡り合うフーフルの姿は眩しく映るだろう。

 それはフーフルの面目を大いに立たせ、また彼自身の自信にだって繋がる筈だ。

 加えて僕達も、幾つかの新しい知識を得られている。


 尤もこれで、カータクラの家が抱える問題が綺麗さっぱり解決するとは僕も思ってはいないけれど、正直それは知った事ではない。

 僕に何とか出来るのは、錬金術で解決可能な事だけだ。

 スミロが父であるフーフルの憧れを強くして、歓楽街に来ない様になれば、それが僕に出来る精一杯である。

 カータクラの家の事は、家長であるフーフルが自分で解決するしかない。


 でも僕は、それに関してもあまり心配する必要がない事を、もう知っている。

 フーフルはやるべき時はやる男で、何よりも一流の腕を持った錬金術師だった。

 先代がどうあれ、周囲がどうあれ、今のカータクラの家を支えているのはフーフルだから。

 故に彼がその気になれば、家中の掌握は容易いだろう。


 つまりはやっぱり、錬金術は面白くて偉大な技術と言う事なのだ。

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