第27話
余りメジャーではないのだけれど氷銅と呼ばれる魔法金属が存在する。
これはその名の通り、銅が魔力を帯びて変質した物なのだけれど、滅多に世間に出回る事はない。
銅は比較的鉱脈が発見され易い金属だから、それが元となった氷銅も魔法金属の中では見つかり易い方なのだけれど、採掘と加工が難しくて危険を伴うのだ。
具体的に言えば、氷銅は強い冷気を発して触れた物を凍らせるから、鉱脈の周辺もガチガチに固まっていて並の人間には掘り出せない。
また加工に関しても、鉱石が溶鉱炉の熱を下げてしまうので、不純物を取り除いて氷銅のみを取り出す事が非常に難しかった。
しかし氷銅はあまりに魅力的な金属だ。
掘り出し、加工する事さえ出来れば、その用途は無数に存在するだろう。
故に錬金術師は自分達の手で銅に魔力を付加し、氷銅の性質を再現しようと試みた。
けれどもその結果出来上がったのは、氷銅とは全く逆の性質を持つ、炎銅と名付けられた魔法合金である。
炎銅の性質は強い熱を発する事。
だがその熱の強さ故に、自身を熔かしてしまう金属。
なので固体として活用する場合は、他の金属を混ぜて本当の意味での合金とし、発する熱を下げて使用する。
特に武器として加工する際は、元々の銅自体が柔らかい金属である為、強度の高い合金に加工しなければならない。
当然ながらこの魔法合金は扱いを誤ると非常に危険で、制作者である錬金術師にも、加工者である鍛冶師にも繊細で高い技量が要求される代物だ。
でも今、このアウロタレアの町には、魔法合金の作成に長けた錬金術師と、託された炎銅を加工しうる技量の鍛冶師が揃ってる。
だから今、僕の手には白銀に輝く剣が一本握られていた。
見た目はとても銅には見えないが、刀身から発せられる周囲を焼く熱は、間違いなく炎銅の特徴だ。
「それが一本目だ。全く面倒で、実にやりがいのある仕事だぞ。残りは出来上がった分を順次守備隊に引き渡すからな」
滅多に扱えない魔法合金で武器を打てた事が嬉しいのだろう。
こんな時だと言うのに、アウロタレアの町で一番の腕を持つとされる鍛冶師、ティンダルは実に上機嫌に見える。
「あの嬢ちゃんにも、炎銅は出来上がり次第どんどん持って来るように言っといてくれ。あぁ、それから、ルービットよりも良い腕をしてるともな」
なんて風に、要らない一言を付け加える位に。
だけどそんな言葉が出る位に、ティンダルは炎銅を、それからそれを作ったディーチェを気に入ったのだろう。
鍛冶にしか、より正確には物作りにしか興味がなく、頑固なこの男にしては実に珍しい事だ。
まぁ、それはさて置き、そう、この炎銅の剣こそが、今この町に攻め寄せている魔物の中で最も厄介な、人狼への対策である。
人狼の強みは身体能力と、それにも増して不死身を思わせる程の再生能力。
戦いが始まって今日で三日目、これまでの防衛戦でも幾度となく人狼との戦いはあったが、けれども傷を負わせて追い払う事は出来ても、殆どが仕留めるまでには至っていない。
完全に殺し切れた人狼は、僅か二体しかいないと言う。
逆にこちらの被害は、それに比してあまりに多かった。
故にどうしても人狼への対策は必須で、僕はその案を守備隊に持ち込み、一部の実力者に炎銅の剣を貸与すると言う話を取り付けた。
人狼の弱点と言えば真銀の短剣等で知られているが、それは回復能力を封じるだけで一刺しで殺せると言う訳じゃない。
勿論、キチンと心臓を刺せれば一刺しで殺せるけれど、そんなのは人間であっても同じである。
そう、つまりはあの不死身とも思わせる回復能力を封じる事が大切なのだ。
真銀が人狼の回復能力を封じるのは、傷付けた魔物の魔力を払ってその能力を働かせなくするからだ。
要するに真銀はどんな魔物に対しても効果を発揮する金属なのだが、残念ながら希少過ぎて戦いに用いれる様な代物じゃなかった。
また元の金属である銀が、決して強度の高い金属ではない為、そもそも真銀では傷付けられない魔物も多い。
しかし回復能力を封じるだけなら、他にも幾つか手は存在する。
例えば致死性の猛毒を体内に入れてやれば、幾ら回復能力に長けていても死ぬか、或いは暫くは自己回復どころじゃなくなるだろう。
だがその手の毒物の取り扱いは錬金術師協会や、国の法によって厳しく制限されていた。
氾濫と言う緊急事態ではあっても、兵士や冒険者に猛毒を配ると言う事は許可されない筈。
なので採用されたのは、傷口を焼いて自己回復を防ぐと言う手段だった。
炎銅の剣の発する熱量なら、相手を傷付けると同時に、その傷口及び周辺を完全に焼いてしまう。
すると相手を失血させる事は出来なくなるが、焼け爛れた傷口は回復に掛かる手間が極端に増える。
少なくとも今までの様に、人狼の腕を切り飛ばしても、戦闘中に欠損部位が回復、再生なんて真似は不可能となるだろう。
尤も炎銅の剣は欠点の多い武器だ。
取り扱いを誤れば容易に持ち手を傷付けるし、刀身を納める鞘も熱を封じる特別製の物が必要になる。
何よりコストが高いし、生産にも時間が掛かってしまう。
だから限られた一部の実力者にのみ貸与と言う形で配り、戦いの後もそのまま使いたいと言う希望者が居れば買い取りに。
そうでなくともまた次の氾濫に備えて、領主か守備隊が買い上げてくれるとの事だった。
素材を提供した僕、炎銅を錬金したディーチェ、剣を鍛えたティンダルの三人が、少なくとも赤字になる事はない。
まぁ買い上げが多ければ大した儲けにもならないだろうが。
でもこうして人狼への対策が目に見える形で行われれば、アウロタレアを守る人間の士気は上がるし、逆に人狼はそれを警戒して動き難くなる筈だ。
援軍の到着にはあと数日。
状況は未だに厳しいが、それでも刻一刻とその時は近付いて来る。
今の調子で戦いが続いてくれるなら、どうにか守り切れるだろう。
そう、戦況に大きな変化がなかったならば。
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