第26話
「射て! 射て! 矢を惜しまずに射ち尽くせ!」
防壁の上に並んだ兵士達が、アウロタレアの町を包囲し、攻め滅ぼさんと押し寄せて来る魔物に対して矢を放つ。
まるで雨の様に矢は降り注ぐが、でも魔物の数が大きく減った様子はない。
初日は効果的だった矢の雨も、魔物達が先に死んだ同種を盾にして矢を防ぐと言う戦法を使い始めてからは、効果が激減してしまった。
普通の魔物はそんな真似は出来ないが、高い知能と自由に動く二本の腕を持つ魔人種は、人と同じ様に道具を用いる。
「登らせるな! ぶっ殺せ!!!」
垂直の防壁をよじ登り、その上に身を引き上げようとした中鬼の醜い顔に、冒険者が突き出した槍が突き刺さった。
幾らタフな中鬼であっても、無防備に頭部を貫かれれば即死は免れない。
穂先が顔から引き抜かれれば、中鬼の身体は真っ逆さまに防壁の下へと落下していく。
小鬼一万二千、中鬼六千、大鬼五百、人狼が二十かそこら程。
これが森から溢れ出した魔物の大雑把な予測数らしい。
尤もこれ以外にも、魔物の群れが切り札を隠している可能性は低くないだろう。
本来氾濫で溢れ出した魔物は、そう言った戦力の温存なんて真似はしないのだけれど、今回は別だ。
初手で人狼が門の制圧に来た事と言い、その動きには全体を指揮する者の存在がハッキリと臭った。
そうであるならば、少なくともその指揮者は、小鬼でも中鬼でも大鬼でも、恐らく人狼でもないだろう。
つまり少なくとも何か一つは、魔物側に秘匿された戦力がある。
一方、アウロタレアの町の通常戦力は、兵士が千人に冒険者が千五百人。
それから予備の戦力として換算されるのが、樵の千人だ。
圧倒的な数の魔物に比して大きく見劣りする数だけれど、そもそもアウロタレアの町の人口が一万八千程なのだから仕方がない話だろう。
戦いに携わる者のみでは、人の社会は成立しない。
但しアウロタレアの町にも、通常戦力とは分けて考える特記すべき戦力がある。
例えばそれは、領主が抱える魔術師隊や、町中で負傷者の治療にあたる回復魔術の使い手や、錬金術師達。
勿論、僕もその一人になるだろう。
一部の兵士や冒険者も魔術を使う者は居るだろうが、領主が抱える魔術師隊の実力は別格だ。
単身でも高度な魔術を扱える他、準備には多大な時間が掛かるが、複数人で行使する大規模魔術、戦術級と呼ばれる魔術を行使出来る。
更に回復魔術やポーションの存在は、本来ならば復帰に時間がかかる傷が負った者を、短時間で戦場に復帰せしめる、魔物が持たない人の強みと言えよう。
特にこうした耐える戦いでは、その効果は非常に大きかった。
またアウロタレアの町が保有する戦力ではないが、王都から来る援軍の中には、恐らく四英傑と呼ばれるイルミーラが誇る英雄の誰かが加わるだろう。
四英傑は、僕は目の当たりにした事がないけれど、人を超えた英雄と呼ばれてるそうだ。
何でも大樹海の中層を越えた、深層の魔物とすら互角に戦う程だとか。
冗談みたいな話だけれど、実際に氾濫の際には大樹海の深層から魔物がやって来る事もあって、それを四英傑が討伐したらしい。
強さを貴ぶイルミーラの極みに存在する英雄で、国民からもその人気は絶大だと言う。
尤も僕はその四英傑よりも、深層の魔物から得られる素材の方が、何倍も興味をそそられるのだけれども。
数の差は甚大であるにも拘らずアウロタレアの側が魔物を防ぎ続けていられるのは、堀と防壁のお陰である。
幾ら魔人種の魔物は知能が高く、人の様に道具を扱う器用さを持っているとは言っても、流石に攻城兵器を持ち出して来る様な事はない。
例え知能が高くとも、森の中で暮らす魔物に、それを学習する機会がないのだ。
故に魔物達は防壁を虚しく殴り付けるか、必死になってよじ登るしかなく、兵士や冒険者はその隙を突く事で容易く相手を仕留めていた。
けれどもしかし、その戦い方が通用するのは、小鬼か中鬼に限った話だ。
「クソッ、大鬼だ! 何としても食い止めろッ!」
兵士の一人が、焦りに満ちた警告を周囲に飛ばす。
本来の生息域が大樹海の中層である大鬼は、並の人間が相手を出来る範囲を些か超えてしまっている魔物だ。
森の最内層にも流れて来るとは言え、ベテランの冒険者が数人で取り囲んで漸く相手になると言った大物なのだから、決して軽く見て良い相手ではなかった。
知人の女戦士であるバルモアなら、危なげもなく大鬼を仕留めるのだろうし、人狼とだって渡り合えるだろうけれども、彼女程の腕を持つ人間はアウロタレアにもそうは居ない。
だから大鬼、人狼に勝てる数少ない人材は、交代で駆け回って何とかその脅威を防いでる。
そして僕も、その防壁の上を駆け回る一人として駆り出されていた。
防壁の上に手を掛け、グイと身体を持ち上げた大鬼の顔に、兵士や冒険者が、槍や剣を突き立てる。
けれども大鬼の硬い外皮、分厚い面の皮は鉄の槍や剣をあっさりと弾き、偶然にも良い角度で入った一部だけが掠り傷を残す。
大鬼は煩わし気に首を振って、そのまま防壁の上に登ってしまおうと足を掛けた。
でも僕がそこに辿り着いたのは、正に丁度その時だ。
「風よ、我が足に集い!」
僕は防壁の上を駆けながらも詠唱を行い、思い切り地を蹴って跳ぶ。
戦う兵士、冒険者たちの頭上を越え、
「荒れ狂う力と為れ」
見えた大鬼の顔目掛けて渾身の力を込めた跳び蹴りを放つ。
「
術の発動は、僕の蹴りが大鬼の顔に届くと同時に。
大鬼の外皮は固くて刃を受け付けず、筋肉は太くしなやかで衝撃を吸収してしまう。
だが僕のこの暴風の術は、人間一人を中空に射出する程の威力があった。
その力をまともに顔に受けたなら、流石の大鬼の首も負荷に耐え兼ねて、ゴキッと鈍く大きな音と共に圧し折れる。
そしてそのまま吹き飛んだ大鬼の身体は、防壁の下、堀を越えて押し寄せる小鬼や中鬼の上に落下し、彼等を押し潰す。
一瞬の出来事に、周囲の兵士と冒険者は静まり返って呆然としていたが、
「救援感謝する! 次っ、小鬼達が昇って来るぞ! 迎撃だ!!」
直ぐに誰かが我に返って、僕に礼を、仲間達に指示を飛ばした。
ここはもう大丈夫だろう。
僕はそう判断して、彼等に対して拳を胸に当ててから、次を目指して再び走る。
正直こんな強引な戦い方は僕の柄ではないと思うのだけれども、今は選り好みをしてる余裕がない。
アトリエでは、ディーチェが僕の代わりにポーション作成をこなしながら、頼んだ人狼対策にも取り掛かってくれているだろう。
まるで手足が倍に増えた様な、否、それ以上の頼もしさだ。
でも彼女に大きな仕事を背負わせ任せたのだから、僕は更に多く動いて働き、戦わねばならないのは道理だった。
駆けながら見張り塔に視線を向ければ、塔の上の兵士が次に僕が向かうべき場所を指で示して教えてくれる。
走り続けの身体に疲労は少しずつ蓄積して来ているが、交代の時間はまだ遠い。
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