第24話


 時間帯は既に夕暮れ時。

 とは言えまだまだ人通りの多い大通りを、僕は東門から西門を目指して駆け抜ける。


 勿論サイローとディーチェは、東門から街に入った時点で別れた。

 二人は全力で走る僕にはついて来れないし、何よりも彼等には他にやって貰う事がある。

 好奇心旺盛な孤児達を纏め上げて神殿に待機させるなんて真似はサイローにしか出来ないだろうし、ディーチェは僕が不在の間、アトリエとヴィールを守って貰わなきゃならない。


 僕が中央広場を通り過ぎた時、カーン、カーン、カーンと大きな鐘の音が町中に響く。

 どうやら町の守備隊が、森から攻め寄せる魔物の群れを発見したのだろう。

 鳴り響くこれは、市民に迫り来る街の危機を知らせる鐘の音なのだ。


「は、氾濫だ!」

 鐘の音にも負けぬ大声で、どこかの誰かがそう叫ぶ。

 その途端、人々は一斉に動き出した。

 冒険者や兵士、戦える者は武器をその手に西門を目指し、戦えぬ者は一刻も早く家族と合流し、その無事を確認しようと家へと駆ける。


 だけど不意に、鳴り響いてた鐘の音が、止んだ。

 僕は思わず舌打ちをして、ポシェットの中に手を突っ込む。

 何故なら、そう、僕の視界はもう既に西の防壁に設置された見張り塔を捉えており、そこで鐘を鳴らしていた兵士の胸を、魔物の爪が貫く所がはっきりと見えてしまったから。


「風よ」

 グッと踏み込み、僕はその言葉を唱えた。

 兵士を手に掛けた魔物の正体は、恐らくは人狼だろう。

 アウロタレアの町を覆う防壁の高さは六m。

 見張り塔はそこから更に上に六メートルの高さがあるから、そこまでの高さを登れる魔物は決して多くない。


 人狼は大樹海の中層部に生息する人型の魔物、魔人の一種だ。

 知能は小鬼や中鬼と比べてもずっと高く、独自の文化らしき物を築いて暮らしてるんだとか。

 人と殆ど変わらぬ姿と、狼頭の半獣半人の姿を自由に切り替えられるらしく、人の姿ならば武器を使うし、半獣半人の姿ならば尋常ならざる身体能力を発揮する。

 また欠損部位すら再生する程の強い自己回復能力も備えており、大樹海の中層でも比較的強者の部類に入る魔物だろう。


「我が足に集い」

 そんな強力な魔物が、先行して町に入り込んでる理由は唯一つ。

 内部から門を確保し、外から攻め込む魔物の群れを中に引き込む心算だろう。

 そうなってしまうと町を囲む防壁を利用して戦えない守備隊は、魔物の数と力の前に、あっと言う間に磨り潰される。

 その後は、逃げ遅れた人々が魔物の餌として食い殺されて、アウロタレアの町は滅亡だ。

 故に僕はそれを防ぐ為に、少しだけ無理をする。


「荒れ狂う力と為れ」

 狙いは定まった。

 覚悟だって決まってる。

 予備動作も完了し、詠唱もたった今完成した。


暴風ストーム

 そして僕は最後のキーワードと共に、足に術式を描いた魔術を行使し、思いっ切りに空へと跳ぶ。



 足元で吹き荒れた魔術の風に、僕の身体は思い切り空へと射ち出される。

 そう、射出である。

 先程発動させた暴風は、本来蹴りと共に発動させ、相手をグシャグシャに吹き飛ばすための魔術で、別に自分が空を飛ぶ為に用意した物ではない。

 だけど魔術はその発動と制御にイメージが深く関与していて、ある程度は思い描いた形で行使が可能だ。

 だから僕の身体は多少無理矢理な形ではあっても、狙う目標、見張り塔の上で兵士を刺した人狼目掛けて、真っ直ぐに矢の様に飛んで行く。


 グングンと間近に迫る見張り塔に、僕は空中で無理矢理体勢を整え、衝突の瞬間に人狼目掛けて蹴りを放つ。

 人狼が迫る僕に気付いたのは、放った蹴りがその胸に触れた瞬間だった。

 勿論、回避が出来る筈もない。

 狼の顔でも驚愕を表現出来る事を、僕はその時初めて知った。


 飛んで来た僕の運動エネルギーが、足を通して人狼の胸に全て注がれる。

 強い力の通り道になった足は、多分骨か何かが砕けたのだろう。

 非常に嫌な音がした。

 けれども僕の足以上に蹴りを喰らった人狼は悲惨で、胸を大きく陥没させながら、その身体は吹き飛ばされて防壁の向こうへと落下して行く。

 人間であれば、間違いなく胸が潰れて即死するだろう深く大きな損傷だ。


 だが僕には、その人狼の行く末を、絶命したかどうかを、確かめている余裕はない。

 手に握る、予め取り出しておいた二本の再生のポーションを、痛みとショックが襲って来て動けなくなる前に、先ずは大急ぎで自分が一本をのみ、更にもう一本を刺し貫かれて倒れていた兵士の口に流し込む。


 兵士は人狼に胸を刺し貫かれながらも、辛うじて即死はしていなかった。

 ならば後数秒、再生のポーションが効果を発動し、肉体が損傷を受ける前に戻るまで生きててくれれば、その命は助かるのだ。


 見張り塔から森を見れば、溢れ出した魔物が続々とアウロタレアの町に向かって押し寄せていた。

 地を埋め尽くす魔物の多くは、体長一m程の、緑や青色の肌をした魔人の一種である小鬼。

 確かに小鬼は個体数が多くて群れる魔物だけれど、それにしても地を埋め尽くす程の数は異常としか言いようがない。

 次に多い魔物は、中鬼と呼ばれる体長二m前後の、隆々とした筋肉をした醜貌の魔人。

 更には大量の小鬼や中鬼に紛れられない三~四mの巨体、大樹海の中層の魔人である大鬼も、ちらほらと姿が混じってる。


 それに加えて人狼が防壁の上で守備隊の兵と戦っていて、西門は森から避難して来た冒険者を収容中で、まだ閉じられていない。

 状況は非常に悪かった。


 だけど一つだけ良い報せがあるとするなら、

「うぅっ、ぁぁっ、俺は、……い、生きてるのか?」

 再生のポーションが効果を発揮し、僕の足と刺された兵士の傷を無事に復元、癒した事だ。

 血に塗れた自分の胸元を触りながら、兵士が起き上がる。

 色々と無茶をした甲斐あって、何とかギリギリ間に合ったらしい。


「再生のポーションを使いました。動けますか? 動けるなら、もう一度鐘を鳴らしてください。さっきの人狼は追い払いました。僕は冒険者の撤退支援に行きます」

 この場所を助けた兵士に任せられるなら、僕は他の応援に向かう事が出来る。

 再生のポーションを使ったと聞いた兵士は顔色が真っ青になるが、流石にこんな時に個人に代金を請求はしない。

 恐らく後で申請すれば、守備隊か、または領主の方から支払いは行われる筈。


 どうせ町の防戦が始まれば、回復や再生のポーションは守備隊による安値での買い上げ、つまりは供出が始まるのだ。

 当然、僕個人が使用する分は秘匿するにしても、店に並べたポーションは全て買い上げられるだろう。

 ここで使うも供出するも、早いか遅いかの違いでしかない。

 そしてその違いで一人の命が救えたのなら、錬金術師としては満足である。

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