第23話


「いぃぃぃぇええぇぇぇいっ!」

 裂帛の気合と共に手に持った木剣を振り下ろし、しかしそこで動きを止めずに即座に一歩引いて盾を構えて踏ん張るサイロー。

 生命力の強い魔物は、例え刃でザックリと切り裂いたとしても、息の音が止まる前に反撃を繰り出して来る事が時折あった。

 死にかけた魔物の一撃でも、否、死にかけだからこそ、その反撃は容易くこちらの命を奪い得る。

 だから僕がサイローに指示する動きは、常に攻撃と防御がワンセットだ。


 相手の攻撃を受け止めたと仮定したサイローが、大きく踏み込みながら盾を振り上げ、つまり相手を弾き、木剣を振ってトドメを刺す。

 勿論その後は即座に防御姿勢を取って、それからサイローはちらりとこちらを見て、僕の反応を窺った。


 悪くはなかったと、素直にそう思う。

 今と同じ動きが出来るなら、実戦だったとしてもゴブリン、もとい小鬼程度には殺されないだろう。

 僕が訓練を指導し始めてから僅か二ヵ月と少しでここまで動ける様になっているのは、サイローが本当に真面目に訓練に取り組んだ結果だ。

 後はこれを反復し、初陣で心が乱れた状態でも同じ動きが出来る様に、身に沁み込ませれば良い。


「良いと思うよ。小鬼相手を想定してるなら、今ので十分に相手を殺せる。だから次は、狼を相手にする動きの練習だね」

 尤も先程の動きはあくまで小鬼を相手にする事を想定した物で、森の最外層に出現するもう一つの脅威、狼の群れを相手取る場合は必要な動きが変わる。

 サイローが冒険者となるまでの短い時間で、僕に教えられるのは最外層で活動する為に、生き延びる為に必要な、最低限の技術だ。

 ある程度の自信はサイローの成長を促すだろうが、過信が出来る様な代物では決してなかった。


 例えば、小鬼は人間よりも非力だから、あんな風に踏ん張れば攻撃を受け止められるが、中鬼や猛轟猿が相手ともなれば、軽く吹き飛ばされてお終いだろう。

 膂力や体重の差をひっくり返し得る技術は、そう容易く身に付くものではない。


 だけど最低限の技術でも、森の最外層で活動が出来れば、取り敢えずは冒険者として生きて行ける。

 薬草を採取し、狼の毛皮を剥げば、食うに困りはしないだろう。

 食って生きる事が出来れば、不測の事態で大怪我でもしない限りは、少しずつでも経験を積んで、更なる技術を磨く事も可能だった。

 だからこそ今のサイローにとっては、その最低限の技術が何よりも必要な物だ。



「よし、終了。日暮れも近付いて来たから、今日は終わりにしとこう」

 それから一時間程、僕の終了の言葉に、木剣を振っていたサイローが崩れる様に地に座り込む。

 するとそれを待っていたかの様に近付いて来たディーチェが、僕とサイローに飲み物が入った水筒を差し出す。

 口を付けてグイと呷れば、水で割った果汁が喉をするりと滑り落ちて、心地の良い清涼感を与えてくれる。


 ふと横を見れば、ディーチェから飲み物を受け取るサイローの顔が僅かに赤い。

 それは動き回って疲労し、息が上がっているからと言うだけではなさそうで、僕は思わず笑みを浮かべた。

 勿論、それをからかう心算はないのだけれど、どうやら普段は年長者として気を張っているサイローは、優しくしてくれる年上の女性に弱いらしい。


 優しく心地よい風に吹かれる、穏やかな時間が流れてる。

 田畑の手入れをディーチェが手伝ってくれる様になったから、以前よりも多少ではあるがサイローの訓練を長く見る事が出来る様になった。

 そのお陰で訓練は予定よりも少し早いペースで進んでいて、この分なら剣を使っての戦い方だけじゃなくて森の採取に関しても、もう少し深い所まで教える猶予が取れそうだ。


 僕がもう一口、水筒を傾けて中身を飲みながらそんな事を考えていると、不意にゾクリと背筋が泡立つ。

 吹いていた風の中に、僅かな違和感を感じた。

「ディーチェ! サイロー!」

 咄嗟に二人の名前を呼べば、彼等は一体どうしたのかと不思議そうに首を傾げる。

 でも今は、のんびりと詳しく説明してる時間が足りない。

 何故なら僕の予想が正しければ、ここも決して安全ではないのだから。


「走って! 町に戻るよ! サイローは孤児達を集めて絶対に神殿から出さない様に。ディーチェはアトリエで回復のポーションを出来るだけ多く用意して!」

 今吹いてる風は、西からの風。

 その風に濃く含まれた木々の気配が、町から東の郊外に居るにも拘らず森の只中に……、否、まるで大樹海の中層に居るかの様な心持に僕をさせてる。

 もしもこの感覚が僕の勘違いでないのなら、そんな事が起きる現象には唯一つしか心当たりがない。


 これは多分、きっとそうだ。

「大樹海の氾濫が迫って来てる」

 走りながらも僕の言葉を耳にしたサイローの表情は緊張で青ざめ、逆にその言葉の意味が分からなかったのであろうディーチェは、やはり不思議そうな顔をしたまま。

 とは言え、彼女もすぐに悟るだろう。

 大樹海がどれ程に恐ろしい魔境であるかと、それからその脅威に抗うイルミーラと言う国の本気を。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る