第22話
僕のアトリエにディーチェが住む様になって少し。
彼女は実に素早く周囲の環境に溶け込み、また受け入れられた。
まず最初にディーチェを受け入れたのは、少し予想外だったのだけれど、歓楽街の娼婦達。
どうやら娼婦達には、幾ら錬金術師であっても男が相手では言い辛い、或いは言ったとしても理解され辛い悩みや要望があったんだとか。
アトリエに住むからには当然とばかりに僕の仕事を手伝い始めたディーチェは、そんな悩みや要望の受け口として歓迎され、また彼女自身の人当たりの柔らかさもあって、娼婦達と信頼関係を築いたらしい。
そして次に彼女と親しくなったのは、こちらは順当であろうけれども、エイローヒ神殿の孤児達。
庶子とは言え貴族家での教育を受けたディーチェの所作は美しい。
更に彼女自身も容姿が整っていて、この辺りでは殆ど見かけぬ雪人なのだから、孤児達にとってはまるで物語に出て来るお姫様の様に見えたのだろう。
だけどそんなお姫様みたいなディーチェが、自分達と一緒に田畑の手入れに勤しんでくれるのだ。
孤児達は大はしゃぎで彼女に纏わり付き、真面目に仕事をしろとサイローに叱られる。
でもそんなサイローですら、ディーチェと作業を共にする時は、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた。
尤も流石に錬金術師だけあって、田畑の手入れも孤児達に比べれば的確で早い。
特に薬草畑の手入れがディーチェのお陰で早く終わる様になり、僕はその分、サイローの剣の訓練を見る時間が増えた。
けれども彼女にも不得手はあって、冒険者とは少しばかり相性が悪い風にも見える。
ディーチェの方は冒険者の粗野な雰囲気が苦手と言うよりも、その死に近しい生き方に戸惑うのだろう。
逆に冒険者達は、明らかに育ちの良い彼女にどうして接して良いかわからないらしい。
露骨にディーチェを口説きにかかる冒険者も居るけれど、そう言うのは論外としても、少しばかり問題だ。
冒険者からの要望は、時に彼等の命に関わる為、可能ならば些細な事でも言って欲しい。
勿論、値下げの要求など、無意味で理不尽な物は無視するけれど、時には冒険者が僕の想像もしない物を必要としている場合もある。
錬金術師と冒険者の視点の違いを知る事は、アウロタレアの町で商売をするなら重要だった。
しかしこればかりは慣れも要る。
僕だって最初は、冒険者に密かに腹を立てていた。
特に回復のポーションの代金をケチって、森で死に掛けてる冒険者達に会った時なんかは、特に。
だが彼等には彼等の理屈があって、例えば良い装備を少しでも早く手に入れたくて節約してたり、借金を返すために仕方がなかったりもする場合もあった。
それで死んでしまえば何にもならないと言うのは、正論ではあっても外様の意見でしかないだろう。
まぁ中には単に娼婦に入れ込んでるだけだったり、自信過剰から来る準備不足の事もあるが、仮にそうであっても僕が口を挟む筋合いではない。
恐らくは、この町で暮らすならば何れはディーチェも理解をする。
共感は難しくとも、薄っすらとでも冒険者と言う生き物の考え方がわかる様になるのだ。
その頃にはきっと、冒険者達からもディーチェに対する壁はなくなっている筈。
但しその分、ディーチェと親しくなってから口説き落とそうと企む輩は増えるだろうけれども。
さてそんな風に環境に馴染みつつあるディーチェだが、ある日このアトリエの店舗スペースを一部貸して欲しいと言って来た。
何でも自分の作った錬金アイテムを並べて売りたいらしい。
そして売り上げの三割は、場所代として納めてくれるとも言う。
広い店舗スペースは少し持て余し気味だし、別に僕に否やはない。
寧ろ余ってるスペースを貸すだけで場所代を取るのも申し訳ない気持ちすらするのだけれど、僕とディーチェの恩師であるローエル師は、彼女に金の稼ぎ方を教えてやって欲しいと手紙に書いてた。
稼がせてやって欲しいでなく、稼ぎ方を教えてやって欲しいと。
ならば三割が妥当かどうかはさて置いて、ディーチェの思うままに品物を売って、そこから場所代を払うのも良い経験だ。
そんな風に思って僕は許可を出したのだけれど……、もしかしたら少し、否、大分と早まってしまった気もする。
「ここはこんな風に、入り口からも見える風に斜めに置くのはどうでしょうか?」
「良いと思うわ。でもこっちの棚の物は、出来ればあまり見えて欲しくないのよね。でもそうすると見栄えが……」
「ねえ、ルービット、ここの棚も動かしてもいいかしら?」
真剣に、だけどどこか楽しそうに相談してるのは、ディーチェだけでなく娼婦のビッチェラとフレシャ。
その不思議な組み合わせに、僕は思わず首を傾げる。
だってビッチェラもフレシャも、歓楽街ではTOPクラスの人気を誇る娼婦だが、だからこそ僕はこの二人が一緒に行動している所を、今まで見た事がない。
一体どう言った形で二人が繋がり、ディーチェとも繋がっているのか、少し気にはなったけれども、君子危うきに近寄らずとの言葉が脳裏に浮かんで、僕は質問をグッと飲み込む。
「別に棚位は好きに動かしてくれて良いけれど、別に商品なんてどこに何が置いてあるか、分かり易かったらそれで良いじゃない」
でも質問一つを飲み込んだ位で、危機を逃れた気分になってしまった僕が甘かったのだろう。
どうやらこのままだと自分が棚を動かす羽目になりそうで、迂闊にも、本当に迂闊にも、僕はそんな言葉を口にする。
棚や商品の配置に拘る暇があるなら、一つでも多くのポーションやアイテムを作って並べたい。
それは間違いなく僕の本音であるのだけれど……。
「そうかも知れませんけれど、折角場所を貸して貰えるなら、拘ってみたいです」
「もう、何言ってるの。そんな適当なの、駄目に決まってるじゃない」
「分かり易いって大事よ。でも思わず買いたくなる様な見た目も大事なの。その方が買い物をする方も楽しいわ」
そんな風に女性に三重奏で非難の眼差しを向けられると、もう逆らえる気が全くしない。
僕は彼女達から目を逸らし、このタイミングで誰か客でも来てくれないものかと入り口を見る。
しかし勿論、そんな都合良く助けの手はやって来ない。
元より頻繁に人が出入りする店ではないのだ。
ちらりと視線を戻せば、三人は錬金術で作れる化粧品の話で盛り上がってた。
あぁ、確かにそう言えば、イ・サルーテでは女性の錬金術師は、皆が化粧品を自作したり、レシピの交換なんかもしてた気がする。
成る程、確かにその辺りの商品は、ディーチェの方がずっと多くの種類を作れるだろう。
化粧品を選び易くする並べ方も、僕にはさっぱりわからないけれど、三人の女性達には分かるのだろう。
だったらまぁ、多少は店舗スペースのレイアウトが変わる位の事は、笑って受け入れるべきである。
何しろ今のディーチェは、ついでにビッチェラとフレシャも、とても楽しそうな良い表情をしてるから。
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