第10話
およそ80℃まで熱した湯が1200mlに、手で千切った赤薬草の葉を10g入れる。
十分間、沸騰しない様に湯の温度を保ちながら掻き混ぜ、その際にゆっくりと魔力を注ぐ。
次に塩1g加えて、再び先程までと同じ様に魔力を注ぎながら五分間掻き混ぜる。
すると赤薬草の葉から薬効が抽出され、そこに魔力が作用して変質が始まるので、不要となった葉を引き上げていく。
葉を引き上げ終わったら、変質によってポーションとなりかかった湯に、擦ってペースト状にした白蜜花の花弁を溶かす。
白蜜花の花弁を加えるとポーションへの変質が一気に加速するので、火から遠ざけて冷やす。
その状態で暫く待つと、透き通った深紅の液体が出来上がるから、上澄みの400mlのみを慎重に空き瓶へと移す。
これで服用すれば人体の回復能力を大幅に高め、即座に傷を塞いで癒す回復ポーションの完成だった。
そして回復ポーションとはしなかった残りの液体に、白蜜花の蜜、牛の乳を加えて煮詰めながら練って行くと、手荒れや吹き出物、火傷や霜焼け等に効果のある軟膏になる。
上澄み以外にも回復効果は十分にあるのだが、即効性が多少薄れてしまう為、こうして軟膏に加工するのだ。
尤もそこまでこだわって回復ポーションを作る錬金術師は少ないらしく、わざわざ上澄みを別にせずに混ぜて売ってる場合が多い。
もっと酷い場合には不要となった赤薬草の葉を取り除いてなかったり、魔力の注ぎ方が荒すぎて変質が雑だったり、温度管理が適当で苦みやえぐみが出てしまったポーションが平然と売られてたりもするので、上澄みを分けてない程度なら随分とマシな方だろう。
勿論、僕の店に置いてる品は全て自分で作っているから、そうした低品質の品は一切ない。
回復ポーションの出来は場合によっては人の命に直結するから、可能な限り品質の良い物しか売りたくはないのだ。
因みに、僕はポーション作成は得意な方である。
ポーションの作成には魔力の操作も重要だけれど、同じ位に温度管理や投入する素材の分量が正確である事も重要だった。
℃、ml、gと言った、前世の記憶があるからこそ知る細かい温度や量や重さの単位は、ポーションの作成に極めて有効な代物だ。
僕の錬金術の習得速度が早かったのは、これらの細かな単位を正確に測る事の大切さを知っていたと言う事も、理由の一つだろう。
まぁそう言った訳で、大っぴらに宣伝をしている訳ではないけれど、僕の店のポーションの売り上げは非常に良かった。
カラカラと入り口のドアに掛けてたベルが鳴り、客の入店を告げる。
「あぁ、やっと開いてたよ。久しぶりに顔を見れたね。元気にしてたかい? ルービット」
入って来たのは大柄な褐色の肌を晒した、赤い髪の若い女。
物の言い方は豪快にして、その実気遣いは繊細な、女戦士のバルモアだ。
彼女はこの店の、常連客の一人だった。
「こんにちは、バルモア。確かに少し久しぶりかな。ちょっと森に行ったりしてたからね」
相手は客だが、必要以上に謙った態度は取らない。
お客様は神様じゃなく、僕と客は対等だ。
お金を受け取るに相応しい品を置いているのだから、それ以外を求めるなら別の場所に行って欲しい。
それが僕の方針である。
実際、ポーションを買いに来る客である冒険者には荒くれ者も多いから、あまり丁寧な対応をすると舐められる事もある。
こちらを舐めて妙な要求をして来る者には相応の対処をしなくてはならなくなるから、店が下手に出るのは、双方にとって益がない。
尤も目の前のバルモアは、こちらを侮る様な真似は一切せずに、色々な商品を買ってくれる良客だからそんな心配は一切ないけれども。
高い商品に関しては言葉遊びで値切る真似をして来る事もあるけれど、商品の説明をすれば価値を認めた上で購入するか否かを検討する。
それから彼女は、確かに戦士ではあるけれど、冒険者と言う訳じゃない。
イルミーラの王都に拠点を構え、各町にも支店を持つ大きな商会、クラウレ商会と契約してる傭兵だ。
バルモアはアウロタレアを拠点に森にも潜るが、隊商の護衛でイルミーラの各町や、隣国であるツェーヌまで旅する事も多いと言う。
要するに腕の立つ女傑であった。
「二週間以上も店を閉めといて、ちょっと森にね?」
そう言って意味ありげに笑うバルモア。
彼女は僕が大樹海の中層まで行ける事を知っていて、またバルモア自身も傭兵仲間と組んでではあるが、同じ所に辿り着ける一流と呼ばれる人間の一人だ。
僕が曖昧な笑みを浮かべれば、彼女はそれ以上は追及をしない。
互いに腹を探り合っても、傷付け合うだけで何の得もない事をバルモアは良く知っている。
カラカラと笑う彼女の表情には、嫌味も妬みも全く含まれず好意的で、話をしていて心地良い。
僕はバルモアが必要としそうなポーション類を見繕い、
「まぁ、個人的に欲しい物があったから採りに行っただけだよ。それよりも今日は何が欲しいの? ポーションを作ったばかりだから軟膏もあるよ。靴の修理なら少し時間を貰うけれどね」
彼女の前に並べながら用件を問う。
ポーション類は補充したばかりだから大抵の注文には応えられるが、バルモアが愛用してる僕の作った錬金アイテム、履く疲労軽減のブーツに関しては、素材の関係もあって修繕には少し時間が必要だ。
すると僕の問い掛けにバルモアは少し表情を曇らせ、
「あぁ、今日はブーツじゃないんだ。ないんだけど、そうだね。……少し、相談させてもらって良いかい?」
歯切れ悪くそんな言葉を口にする。
バルモアにしては珍しい反応だった。
まるで藁にも縋りたいのに、期待よりも諦めが勝ってしまったかの様な、そんな表情をする彼女。
だから僕は黙って頷き、バルモアの言葉の続きを待つ。
もしかすると、二週間以上も店を閉めていた事を知っていたのは、僕を頼ろうと何度か店に足を運んだからではないだろうか。
そんな風に思いながら。
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