第11話


 事はバルモアと三人の仲間の傭兵が、魔物の素材を得る為に森の最内層に潜っている時に起きたそうだ。

 非常に運の悪い事に、中層から流れて来た魔物であるオウルベアと、最内層でも特に手強い魔物の一種であるダイアウルフの群れに、同時に襲われてしまったらしい。


 因みにオウルベアは頭が梟、身体が熊の魔物で、体長が四m程あって非常に力が強い。

 また視界が広く、首が百八十度回転して後ろを見れる等、索敵性能にも優れてる。

 ダイアウルフは馬ほどもある狼の魔物で、体長は二mから三m。

 動きは素早く、牙も鋭く、何より群れで連携の取れた狩りを行う。

 更には咆哮には魔力が込められていて、まともにそれを浴びれば身体は竦み、力が萎える。


 オウルベアだけでも、ダイアウルフの群れだけでも、バルモア達は余裕で撃退しただろう。

 それ位にクラウレ商会と契約した傭兵達は、特にバルモアは腕が立つ。

 しかしオウルベアとダイアウルフと言うのは、偶然にしては余りに噛み合い過ぎた悪意のある組み合わせだった。


 力が強く個体としての戦闘力が高いオウルベアと、素早く連携に長けたダイアウルフの群れが同時に襲い掛かって来るとなると、流石のバルモア達も無傷で捌き切る事は出来なかったそうだ。

 仲間内で最も腕の立つバルモアが単身でオウルベアを抑え、その間に残る三人がダイアウルフの群れを蹴散したのだが、数が多く素早い狼達を前衛の二人が食い止め切れず、後衛の弓手が牙を受けて指を負傷する事態となってしまう。

『幸い』千切れ掛けではあっても指はまだくっ付いていたから、弓手は回復ポーションを使用する事で傷を塞いだ。

 でも後になって考えてみれば、それがいけなかったのだろう。

 傷が塞がりこそした物の、弓手の指は動かなくなってしまった。


 弓手が使用したのは、ごく普通の身体の回復能力を高めて傷を塞ぐポーションだ。

 異常なまでの回復を見せるけれど、肉体の回復能力が増した所で治らない損傷は、やっぱり治らない。


 例えば骨折した場合にそのままの状態で回復ポーションを使うと、場合によっては曲がったままに骨がくっつき、機能が回復しない事がある。

 または完全に指や四肢が千切れ飛んでしまった場合も、回復ポーションで傷を癒した所で、傷口は塞がっても新しい指や四肢は生えて来ない。

 骨折の場合はキチンと骨を真っ直ぐな状態に戻して固定してから、回復ポーションを使わなければならないし、千切れ飛んで欠損してしまった場合は再生を可能とする別のポーションが必要だった。


「町に戻ってから回復魔術の使い手にも診せたんだけどね。この傷はもう治ってしまってるから、再生は出来ませんよ。なんて風に言うのさ」

 苛立ちを吐き捨てる様にバルモアは言うが、でもその回復魔術の使い手が言った言葉は別に間違っちゃいない。

 傷を治して日が経っていれば、既にそれが正常な状態だと身体が認識してしまっていて、改めて指を切り飛ばして再生したとしても、動かない指が生えてくる可能性が低くはなかった。

 ポーションであれ回復魔術であれ、再生を試みるには高い対価が必要となるから、気軽に一度試してみようとは言えなかったのだろう。


 回復も再生も、肉体の治癒を行う為に良く誤解されがちだが、基本的には全くの別物だ。

 何度か述べた通り、回復は身体の回復能力を脅威的に高めて治癒効果を齎す。

 だけど再生は回復とは全く違って、身体の回復能力は一切関係なく、損傷前の状態を復元する効果があった。


 両方とも同じ様に身体の治癒は行われるが、その意味合いが全く違う。

 魔術であろうとポーションであろうと、回復を上級にした物が再生と言う訳ではない。

 例えばトレーニングで起きた筋肉痛を癒す場合、回復ならば痛みは消え、トレーニングの目的である筋の増量も行われる。

 しかし再生で筋肉痛を癒した場合、トレーニングを行う前の、正常な状態に戻るのだ。


 今回のケースは身体の回復能力に頼って一度は不完全でも回復してしまった結果、再生で復元すべき損傷前の状態が不完全な物となっているのだと予測される。

 要するに処置を間違えたその弓手が悪いのだけれど、弓を扱う者にとって指は命に等しい。

 もしこのまま指が機能を取り戻さなければ、傭兵を続ける事なんて出来ないだろう。

 自己責任と言えば自己責任なのだが、仲間が怪我を負い、それを回復してしまった現場にも居合わせたバルモアが、諦め切れずに可能性を探す気持ちは、多少なりとも理解が出来た。



 だがバルモアがこうして僕に相談を持ち掛けて来たのは正解だ。

 今の話を聞く分に、弓手が傭兵を続けられる可能性がある方法は、僕が知る限りでも三つある。


 一つ目はその回復術師が忌避した、改めて損傷させてから再生を行う方法だが、損傷させる場所は指じゃない。

 再生で指が動く可能性を高めるなら手首から先を、或いは更に確実を求めて片腕を完全に切り落としてしまってから、改めて再生を行う。

 随分と滅茶苦茶な方法に思えるだろうが、より大きな損傷を受けたショックで、不完全だった指の状態を身体が、と言うよりも脳が忘れてしまうのだ。

 この時、再生を行う前に、切り落とした腕を本人の目の前で完全に焼いてしまい、機能が不完全だった腕は完全に消えたから、再生されるのは全てが元通りの腕だと暗示をかける。

 精神的に大きな衝撃を与えて、脳が覚えた不完全な状態を塗り潰し、都合の良い事実を上書きしてしまう。


 その上で再生を行ったならば、割合に大きな確率で元通りに指が動く腕が復元される筈だ。

 非常に乱暴な方法だけれど、これが一番元通りに戻る方法でもあった。

 当然ながら、この方法を取る場合は失血やショックで命を落としたりする事がないよう、僕が居る時に僕のアトリエで行わねばならない。


 二つ目は穏当に運動訓練を行う事だ。

 これは何故指が動かないかと言う原因次第なのだが、今動かなかったからと言って、未来永劫ずっと動かないかと言えばそうとは限らない。

 外側は治癒していても、中はまだゆっくりと治癒中である可能性は、実は大いにある。

 だから正しく動かす為の訓練を行う事で、指の動きや感覚が戻って来る可能性は皆無じゃなかった。

 因みにこの運動訓練には、再生ではなく回復のポーションを併用して行うと、動きの戻りも多少早くなるだろう。


 でもまぁ時間は非常に掛かるし、微細な感覚は失われたままの事が多いし、何もかも全く駄目な場合もあるのだけれど。

 流石に運動訓練は僕じゃ見切れないので、腕の良い医者を探す必要がある。


 三つ目は、もう動かない指なんか捨ててしまって新しい指に変える事。

 これは勿論最終手段だが指を切り捨てて、義肢、義手よりも小さな義指を装着……、と言うより手に完全に接合させる。

 義指の材料は王金と呼ばれる、受けた魔力を増幅する魔法合金を使用し、増幅された魔力を利用して曲げ伸ばしを行う機構を組み込む。

 扱いに熟達すれば、所持者の魔力に応じて本物の指よりも自在に、微細に動く代物だ。

 本人の魔力操作の訓練次第にはなるけれど、以前よりも素早く弓を引く事だって不可能ではないだろう。


 ただこの方法の最大の問題は、王金と呼ばれる魔法合金を用いる為、義指の価格がとんでもない物になる事だった。

 いやまぁ、幸いにも指一本で済むのなら、手や腕を義手、義肢にしてしまうのに比べれば安いのだけれども。



 滔々と治療法を語ってみれば、バルモアは少し引いていた。

 まあ指どころか腕を切り離して燃やせと言ってみたり、最高級の魔術師の杖や、魔導具の材料に使われる王金を使った義指の話をすればそれも当然かも知れない。

 錬金術師なら兎も角、幾ら腕が立つとは言え一介の傭兵には、些か刺激が強い内容だろう。

 ただ彼女の表情は、引いてはいたが先程よりもずっと明るい物だった。


「いや、大人しい顔してるルービットに、思ってたよりもずっと過激な事を言われて驚いたけれど、希望があるなら挑まない手はないだろうさ。すぐにでもラールを、弓手の野郎を連れて来るよ」

 そう言うバルモアに、僕は頷く。

 僕の顔の話にはちょっと異論があるけれどもさて置き、どの道を選ぶにしても早ければ早い方が良い。


 切り落として再生する場合でも、義指を制作する場合でも、僕にはそれなりの益がある。

 そして治癒が終わって再び森に挑むのならば、やはり回復なり再生なりのポーションを買って行って貰えれば、僕の店は儲かるだろう。

 ついでに言うならば、やはりバルモアは暗い顔より、明るく覇気のある表情をしてくれていた方が魅力的だ。


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